悪党になろうー殺され続けた者の開き直り人生ー

四つ目

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第5話、歓迎

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「ずずっ・・・美味い」
『ねー、妹、僕にも! 僕にも飲ませて』

 美味しいお茶に舌鼓を打ち、カップの中に飛び込もうとした精霊を投げ捨てる。
 あれだけ全力で投げ飛ばしたのに、すぐに戻ってきやがって。どうしたら良いんだこいつ。

 ・・・突然服の中から現れた事を考えると、嫌な予想が一つ立てられてしまう。
 嫌な予想だから考えない様にしておこう。確定したら嫌過ぎる。
 考えるのを意図的にやめて、お茶うけに出された菓子に手を伸ばした。

「・・・うん、舌は、普通の感覚だな」

 自分が人間じゃない化け物という事で、人とは違う可能性も考えていた。
 けれど実際に飲み食いをしてみれば、普通の人間だった頃とさして変わらない。
 違いがあるとすれば、感覚が鋭敏になっている事ぐらいだろうか。

 しかし、茶は美味かったが、菓子は味が余りしないな。
 素材の味というか、甘みが余り無いと言うか。
 この世界の様子を考えれば、これでも上等な菓子なのかもしれないが。

 街道に並んでいる人間達、街の外壁に門番、街中の建物や街人。
 どう見ても文明レベルが高いようには見えない。
 俺としては好都合だ。文明は低い方が動き易い。低過ぎない事も必要だが。

『お-いしー!』

 精霊はこの菓子でも良いらしい。ご機嫌にポリポリと食べている。
 皿の上に乗ってご機嫌に食べ進める様は、見た目だけなら可愛らしいか。

「・・・物足りないな」

 そのまま暫くポリポリと食べ薦め、気が付いたら皿が空になってしまった。
 だと言うのに腹が鳴る。もっと食べたいと体が訴えている。
 食べる前まで何ともなかったのに、唐突に空腹感が強くなってきて気持ち悪い。

「普通に食事が必要か・・・いや、むしろ少し多めに必要なのか・・・?」

 空腹感の気持ち悪さで、思わずテーブルに突っ伏してしまう。
 俺は自分の身体に何が必要なのか、まだまだ分かっていない事が多い。

 とはいえベースが人体な事を考えれば、これは当然の事だったか。
 少々自分の体のスペックを見誤っていた。余り食わなくて平気な体だと。
 何せ街までの道中で、空腹を感じずに歩き続けられたからな。

『い、妹よー! 死ぬなー! 兄が付いてるぞー!』

 空腹で死ぬか。後耳元で騒ぐな煩い。ぺチペチ頬を叩くな。
 また精霊を掴んでポイした所で、コンコンとノックの音が響いた。
 俺が無視しているともう一度コンコンと響き、また無視していると扉が開いた。

「・・・失礼する・・・寝ているのか?」

 扉に後頭部を向けて突っ伏しているから、寝ていると判断したらしい。
 いや、無視したのも理由か。声は一人だったが、足音は5人か。
 5人はそのまま部屋の中に入ると、俺の近くまで寄って来た。

「実際に目で見ると、報告を信じられなくなるな。本当にこんなに小さな娘が、あの魔獣を倒したのか? それに騎士を容易くあしらったというのも・・・」
「信じられないかもしれませんが、事実です父上」

 今のはあの『若様』と呼ばれていた男の声だな。

 俺はあの男に屋敷に来て欲しいと誘われ、この部屋に案内された。
 街の中ではひときわ大きな屋敷で、明らかに高い身分な事が解る。
 その父親という事は、恐らくは領主だろう。

「これは好機です。我々が来ても気が付かぬほど無防備に寝ている。なら今の内に殺すべきです。この娘は危険です」

 ・・・今の声は聞き覚えが有るな。少々籠った声になっているが、アイツだ。
 俺に槍を突きつけてイラつかせたので、鼻を砕いた男の声だ。
 ふん、そうか、あれだけやってもそういう判断か、お前は。

「何が危険だと言うのか」
「この娘は我々を何とも思っていません。若様にも敬意を払わなかった。ならばきっと領主である旦那様にもです。万が一この小娘が目を覚ましたと同時に暴れたら・・・!」
「自分の失態を隠そうとするな。それはお前が先に武器を向けたからだろう。相手がどんな事を成した人間なのか、どういう態度で接するべきか、見極められなかったお前の落ち度だ」
「うっ・・・!」

 ほう、良いじゃないか領主殿。そうだ、悪党相手には相応の態度がある。
 力を持つ相手には、自分達の規則を押し付ける事など出来やしない。
 俺はそれを良く知っている。規則など悪党どもには何の効果も無かったと。

「どうやらここの領主は、モノを良く理解している様だ」
「っ、貴様、起きていたのか!」
「起きていたら都合が悪かった様だな。どうやら鼻一つでは足りなかったらしい」
「グっ、貴様ぁ・・・!」
「俺を殺したいならやれば良い。相手になってやる」

 ゆらりと立ち上がり、おもむろに騎士に近づいていく。
 鼻は治療がされたのか、ガーゼが付けられていた。
 無理やり鼻の形に固定している形跡が見られるな。

 そういえば、魔法、魔術の類が在るなら、医療は文明に比べて高そうだ。
 こういう所が文明の進化の進まない大きな理由だと思う。
 科学技術を進めなくても、大体魔術で何とかなってしまうからな。

 民衆の生活は変わらなくとも、特権階級が金で力のある者を囲い込む。
 結果上の人間だけ優雅な生活が出来、舌の者達は搾取される生活を送る。
 まあ、文明の肯定がどれ程だろうと、関係性自体は何時もの事だが。

「止めよ! お前は何度失態を繰り返せば気が済むつもりだ! もう下がっていろ!」
「わ、若様、しかし!」
「下がれと言った」
「っ・・・失礼、致します」

 男は憎々し気に俺を一瞥した後、頭を軽く下げて部屋を去って行った。
 残っているのは4人。領主と若様と、使用人ともう一人の騎士か。
 恐らくこの騎士は領主の護衛で、あちらは若様の護衛という事だろう。

「すまない、我が家の者が君に失礼をした。心から謝罪を申し上げる」

 使用人が扉を閉めると同時に、領主がソファに座りつつそう告げた。

 若と呼ばれる男の時も思ったが、謝罪で頭は下げないのか。
 首を垂れる文化があるなら、謝罪も頭を下げるものかと思ったが。
 いや、単純に言葉で告げた場合は、他の行動は要らない文化か?

「謝罪などいらん。俺の望みを叶えてくれるならそれで良い」
「勿論だ。魔核ならば、解体が終わればすぐに持ってこよう」
「なら良い」

 俺がここに居るのはこれが理由だ。若と呼ばれた男に提案されてここに居る。
 魔核の取り出し方が解らないのであれば、こちらで解体して渡そうかと言われて。
 ついでに皮や肉、残っている下あごや飛び散った牙などの買取もすると。

 悪党らしく強気に対応したおかげか、随分とこちらに都合の良い提案だと思う。
 やはり良いな。この世界に生を受けてまだ短いが、やはり悪党は良い。
 これがもし悪党でなければ、どれだけ俺が強くても奴らの態度は違っただろう。

「さて、自己紹介が遅れてしまったが、名乗らせて頂こう。もう既に解っているとは思うが、私はこの街の領主。名をバルブルヌ・フレックという」
「息子のライグレッズ・フレックだ。宜しく」

 名乗られても興味など無いが・・・まあ良いか。バルとライで覚えておこう。

「君の名を聞かせて貰えないか」
「俺の名・・・俺の名か」

 実験体39号。それが俺の名と言えば俺の名だろう。
 ただ名を聞かれて、毎回そう答えるのも面倒くさいな。

「ミクだ」

 39でミク。単純だが、今の俺にとって名前なんて意味が無い。
 短くて言いやすければそれで良い。

『僕ヴァイドー!』

 ・・・お前名があったのか。しかもなんだその名は。
 余りに似合ってない。まあ名を知った所で、精霊と呼ぶだけだが。
 あとこいつらに名乗った所で、お前の姿は見えてないぞ。

「成程。ミク殿はどこからこの街に、何用で来たのか聞いても良いか?」
「別に、ただ近くに街が無いかを探し、辿り着いたのがこの街だっただけだ。それ以上の理由も目的も無い」
「門を壊したのは、どういう理由で?」
「ただの気分だ。魔獣を殴り飛ばしたかったが門が邪魔だった。それだけだ」

 気分。そう、気分と言うしかない。あの時俺は、苛ついていた。
 何に苛ついていたのか、自分でも正直明確には言葉にできない。
 けれど確かに腹を立てていて、そして魔獣を倒したいと感じていた。

「ふむ・・・」

 俺の答えに対し、領主は顎をさすりながら考えるそぶりを見せる。

「私は貴殿が門を壊した事に関しては、不問にしようと思っている。どの道あの大きさの魔獣を相手にしていれば、壊れていた可能性が在るからな。完全な破壊で無くとも、修理が必要な程度には。ならば人的被害が無かった事を幸いと思う事にしたい」
「そうか」

 許されようが許されまいが、それこそ俺にはどうでも良い事だ。
 もし許されないと言われた所で、だからどうしたと言うだけだからな。
 茶を飲み干し、ポットから追加を入れてまた口にする。

「我が家の茶は口に合ったかな?」
「茶は美味い。茶菓子はそこまでだな」
「これは失礼した。次に出す物は気を付けよう」
「次?」
「巨体の解体には時間がかかる。ならば我が家に泊ってはどうかと思ったんだが。それとも既に泊る所を決めているのかね。余計なお世話だったかな」
「泊る所は無い。見ての通りな」

 思わず鼻で笑ってしまった。こんな姿の子供に泊る所があると思っているのか。
 古着の類を見にいくつもりだったが、それすら出来ていない布のままの小娘に。

「ならば良かった。夕食は豪勢にしよう」

 夕食。その言葉を聞いた俺は盛大に腹を鳴らしてしまった。

「・・・今すぐ、何か食べるかね?」
「頂けるなら頂こう」
「解った。おい、客人に食事を」

 指示された使用人は、畏まりましたと告げて部屋を去って行った。
 料理人に頼みにでも行ったか。

「ミク殿、我々は一度失礼しよう。この部屋は自由に使ってくれ。食事が足りなければ、使用人に言って追加を告げてくれれば構わん。好きなだけ食べてくれ」
「そうか。感謝はしておく」
「それは良かった」

 良かった? 一瞬その言葉に疑問を覚えたが、どうでも良いかと考えを捨てる。
 大体の予想は出来なくはないが、もうそう言った事を考えるのも面倒くさい。
 俺は好きに生きる。その為以外に思考を回す必要もない。

「では、ゆっくりして行ってくれ」
『ゆっくりしたまえー!』

 領主達が去って行き・・・何故か精霊も一緒に去っていくのを見届けた。
 どこ行くんだあいつ。そのまま帰ってこないでくれ。
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