あの人と。

Haru.

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本編

141 side.リディア

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 両陛下が考案・計画し、私に託されたユキ様とダグラスの新婚旅行。本当に幸せそうなユキ様が見られて、両陛下には感謝しかございません。

 ユキ様は本当にわがままを口になさいませんからね……私も可愛いわがままを聞きたいのですが、ユキ様は迷惑だと思われてしまうのでしょう。ユキ様に関わっている者は全てユキ様の頼みならなんだって叶えて差し上げたいと思っているのに。まぁ、熱が下がった直後の庭に出たいなどのお願いは聞けませんが。


 嬉しそうにキラキラとした目ではしゃぐユキ様の可愛さといったらもう……ユキ様に恋愛感情は持っていないはずなのにダグラスが羨ましくなってしまうほどです。
 あまりにユキ様が幸せそうなものですから、冷たい海につけた足がかなり冷たくなっていても叱るに叱れなかったのも致し方ありません……幸せな気持ちに水を差すような真似はしたくないのです。体調を崩されないよう、より一層こちらが気をつければいいだけのことでしょう。

 さて、そんなユキ様ですが、初日にダグラスと出かけた際にガラス細工のお店の店主に身分が露見してしまわれたと聞いた際は正直焦りました。せっかくユキ様が楽しんでいるのに取りやめになってしまうのではないかと。

 しかし、そんな心配も無用だったようで、店主が言い触らすようなことはなさそうです。現に水曜の現在、“街に神子様が来ている”という噂は出回っていませんしね。

 一般人に扮した騎士が口止めに向かったと聞いていますが、念のため今夜私も行って来るつもりです。ユキ様から託されたお礼のお手紙とお礼の品を店主の元へ届けに行くついでです。
 まさか魔法具を2つ、それも効きの良いものを贈られるとは……どんな店主なのかものすごく気になります。






 夜、私は調べた店主の自宅へ参りました。数回ドアをノックして応答を待ちますと、少ししてからドアは開きました。

「なんだぁ……? ……誰だ?」

「夜分遅く失礼します。私、こういうものなのですが……」

 そっとお城勤めの神官長である証を見せました。

 あ、私こう見えて神官長の位を頂いております。神殿長の1つ下の役職です。厳密に言えば神官長の中に副神殿長を兼任する者がいますので実質3番目の役職と行ったところでしょうか。

「……あぁ、お前さんか! よく来たな! 入れ入れ」

 僅かばかり大きめの声でそう言った店主。知人だと周りの住人へアピールしているのでしょう。なかなかに演技が上手いです。こちらとしても身分がバレず助かりました。


「……で、どうしてこんなボロ屋にお城の神官様が?」

「先に自己紹介をさせていただきましょう。私、神子様専属のお世話役を任されている者です」

「……ま、そうでしょうね」

「ああ、敬語は必要ありません。普通にしていただいて結構です」

「そりゃ助かるが……口止めに来たんだろうが、俺は言い触らすつもりなんざねぇよ」

 ボリボリと頭を掻きながらそう言う店主。どうやらこちらの目的が分かっていたようです。まぁ、こちらの目的はそれだけではありませんがね。

「それはこちらも分かっています。失礼ながら、昨日今日と貴方の行動を騎士に監視させました。貴方はユキ様の素性を言い触らすことはしなかった。言い触らすつもりがあるのならとっくに言い触らしているでしょう」

「まぁ、そうだな。俺は確かにあの坊ちゃんが神子様だって分かったが、俺は可哀想で言い触らすなんざできねぇよ……」

「ほぉ……可哀想、と思われた理由を伺っても?」

 ユキ様は少なくとも悲しそうな顔は見せなかったはず。それなのに可哀想、と形容した理由がとても気になります。

「……坊ちゃん、あまり外に出れねぇだろ。あの坊ちゃんはどうやら遠慮深そうだしなぁ……わがままとか言わねぇんじゃねぇか? ここに来てるのは新婚旅行だろう? せっかく外に出れたのに俺が言い触らして帰る羽目になっちゃう可哀想すぎんだろ……」

 まさかここまで見抜いていたとは……この店主、なかなかに観察眼が鋭いですねぇ……

「ええ、今回のご旅行も両陛下がわがままを言わないユキ様のために計画なさったものです。ユキ様が今回までに城外に出たのは2回。その内の1度はお披露目の為だった為に街におりることは叶いませんでした」

「ってことは今回が実質2回目、か……監禁されてるわけじゃねぇんだろ?」

「それはもちろんです。お城の中で伸び伸びと過ごされていらっしゃいます。ただ、遠慮深い性分のようでわがままを仰らないのです」

 監禁するなどとんでもない。あんなに可愛くお優しいユキ様を監禁して苦しませるなど誰が考えましょう。油断するとご無理をされることを除けば危険なこともなさりませんし、監禁する必要など元からございませんしね。まぁ、体調を崩されたら行動を制限させていただきますが。

「だよなぁ。あの坊ちゃんはそう見えた。だからまぁ……俺としては今回くらい大いに楽しんで欲しいわけだ。それに水を差すなんざしねぇよ」

「貴方がそのような方で安心しました。私たちとしましても、ユキ様にはご旅行を楽しんでいただきたいのです」

「ま、そうだよな。安心してくれ、坊ちゃんが帰ってもここに来てたってことは言わないからよ!」

「ではその言葉を信用いたしましょう」

「おう!」

 観察眼の鋭いと自負する私もこの方が嘘をついているようには見えませんし、信じても問題はないでしょう。これが全て演技だったなら逆に賞賛ものですよ。

「では本題に移りましょう」

「は? 今のが本題だろ?」

「本題はこちらです」

 言いつつ数本のボトルとユキ様の手紙を机に並べます。

「これ、は……! ゴルドン酒! こっちはビザック!? ……どういうことだ?」

「お礼の品です。ユキ様へ貴方は魔法具を贈られたでしょう。ユキ様がそれに対してお礼をと申しましたので、そちらのお酒を贈ります。こちらの手紙はユキ様からです。神子という文字を入れないよう申しましたので、所持していても問題ありません」

 ゴルドン酒にビザックというのはこの国の有名なお酒のことです。出回る本数が少なく、かつ値段も高い為になかなか手に入らない代物です。調べたところお酒がお好きだったようなので用意しましたが、随分と気に入られた様子。お礼にはなったようです。

「魔法具だって気づいたかぁ……ま、そうだよな。そういうことならこれは受け取っとく。ありがとな。こっちは坊ちゃんからか……今読んでもいいか?」

「ええ、もちろんです」

 いそいそとお手紙を開く店主。ユキ様からのお手紙が羨ましいだなんて思っていませんからね……!

 店主がユキ様のお手紙を読んでいる間、少しばかり部屋の中を見渡してみれば、奥の方に1つの棚が。ガラス張りの棚には色んな色のペンダントがかけられています。ユキ様に贈られたものと似た見た目であることから魔法具であることは間違いなさそうです。あれだけの数の魔法具が……いったいどれだけの価値があることでしょう。


「ふぅ……坊ちゃん、いい子だなぁ……喜んでくれたみたいで何よりだ。旦那とも仲が良いようだしな!」

「ええ、ユキ様とその結婚相手のダグラスは大変に仲がよろしく見ているこちらは蜂蜜を飲まされている気分です」

「ハハハ!!! そりゃいい。仲が良いのは良いことだ!」

 まぁ、そうなのですがね……

「あの、あちらにかかっているものは全て魔法具ですよね? あちらはお売りにならないのですか?」

「あー……売るつもりはねぇな。俺はお貴族様の面倒な注文を聞くのが嫌でな。なら売らなきゃ良いかと。作るのは俺の趣味みてぇなもんだしあんな風に溜まる一方なんだ」

「貴方の作る魔法具は随分と効きが良いようですからかなりの値段にはなると思いますが?」

「それでもだよ。売ったら俺が利用されることだってあるだろ。俺はそんな面倒は絶対嫌なんでね」

「ならばお城で働かないかという誘いもお受けして貰えませんね……残念です」

 誘いをかける程度なら私の判断でできます。連れて帰るとなれば別ですが。店主の返事を聞き、お城へ戻ってから陛下へ伺おうと思っていましたが無理そうですね。

「あー、すまんな。俺は細々とガラス細工で店やってくのが性に合ってるんだら」

「なら無理には言いません。ユキ様にも無理矢理は駄目だと言われてしまいましたし」

「はは、坊ちゃんなら言いそうだ」

「では私は本題も終わりましたし、これで失礼させていただきます。夜分遅く失礼しました」

「構わねぇよ。坊ちゃんによろしくな」

「ええ。では、失礼します」

 席を立ち、店主の家を後にしてお屋敷までの道を歩きます。そこそこの距離がありますがこれくらいどうということもありません。

 それよりも……

「なんだかあの店主の話し方、あの人に似ていましたね……」

 まぁそう珍しい話し方ではないのですが、間の置き方や空気感があの人に似ていました。あの人は今頃……お酒でも飲んでいるんですかね。今日はユキ様のお陰でお土産も買えましたし、お城に帰ってから時間を見つけて会いに行きましょう。
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