うわさ話は恋の種

篠宮華

文字の大きさ
3 / 22

第三話 仲の良い友人が言うことには

しおりを挟む
「いやいや、その空気感で‘付き合ってません’はちょっと信じられない」

 同期で、今年から別の課に異動した中野沙織なかのさおりに「久しぶりに一緒にご飯食べよ♪」と可愛く言われた昼休み。その美しい顔に、あんまり可愛くない呆れたような表情を浮かべて、彼女は言った。

「私は元々男女の友情なんて成立しないと思ってるタイプだけど、共通の趣味の聖地巡りして、次の約束もしてるんでしょ」

 フォークにパスタをくるくると巻きつけながら、「何もない方がおかしい」と首を捻りながら言われて、詳細を話すとややこしいことになりそうだと思い、自分も黙ってオムライスを口に運ぶ。
 確かにあの日、随分距離感が近いなと思う瞬間はあった。でもまあ仲のいい後輩だしこんなものなのかと思っていたけれど、やっぱり違うのか。
 うーん…と考え込んでしまった私を見ながら、沙織はちょっと意味ありげに微笑んでから、パスタを口に放り込んだ。

「ま、いい感じの人がいるっていうのは日々に潤いを与えてくれるよ。推し的な?あ、そういえば理央先輩、お見合いうまくいったらしいよ」
「え!そうなんだ」
「うん。なんかもう、運命みたいな感じだったって。だから、すぐ婚約して、多分その流れで入籍もしちゃうって。そういうのもあるんだよね」

 「どっかに運命の出会いないかなー」と、溜め息をつく沙織は美人なのに、恋愛となると‘なんか違ったんだよね’が口癖になっているくらい長続きしない。その‘なんか’が何なのかは、私にはわからない。でもきっと、大事なことなんだろうと思う。
 理央先輩というのは、かつて私と沙織の指導係としていろいろ面倒を見てくれた先輩だ。沙織と同じ課に配属されていることもあり、今でも時々話を聞く。

「あ、でもね、そのお相手の方が『西園寺さん』って言うんだって。理央先輩、今の苗字が‘田中’じゃない?だから、急に珍しくてカッコいい苗字になっちゃうから慣れないかもって言ってた」
「確かに!それわかる…」
「美緒も‘田中’だもんね」

 あははと楽しそうに笑って、沙織は言った。

「ま、恋愛なんかどっからどうなるかわからないってことだよね。あっという間に進んでっちゃうかもしれないし」

―あっという間に。
 なんだかあんまり想像がつかない。
 水を口に含んだところで、スマホが通知を知らせた。画面に表示されたのは、矢野くんの名前。ちらっと画面が見えたのか、沙織がはっとする。

「えー?何何?例の後輩くん?なんて?」
「今日、ご飯行きませんかって」
「ほらー!やっぱり、絶対美緒に気があるよ!」

 きゃあきゃあ言っている沙織を横目に、ちょっと不安になる。
 いつもだったら、彼のお気に入りのスタンプが一緒に送られてくるのに、今日はスタンプどころか絵文字もない一言だったから。体調でも悪いのだろうか。

「でもさ、美緒はどうなの?正直、その後輩くんと付き合うとかなったら」
「んー…よくわかんない」

 ちょっとぶっきらぼうなところはあるけれど、仲良くなると意外と可愛くて、礼儀正しい後輩。最近は‘デキる社員’感が強くなったけれど、話す度に、指導係として関わっていた時と何も変わらないと感じる。話をするのも楽しい。結構モテるらしいという噂も聞くけれど、それを自分の恋愛と結びつけようとすると、なんだかイメージが沸かない。

「美緒って、今まで誰かと付き合ったことないんだっけ」
「…ない。だから、うーん…」

 私の煮え切らない様子を見た沙織は、ずいっと体を私の方に乗り出した。

「じゃあさ、チューできると思う?その後輩くんと」
「え」
「ほら、生理的に無理だったら付き合うとかないじゃん?だから、チューできるかって」
「そ、そんなの考えたこともないよ!」
「できないわけではないのね。なるほどなるほど」

 スマホで昼休みの終わり時刻を確認しながら、沙織は「試してみたらいいんじゃない」と笑った。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

嘘をつく唇に優しいキスを

松本ユミ
恋愛
いつだって私は本音を隠して嘘をつくーーー。 桜井麻里奈は優しい同期の新庄湊に恋をした。 だけど、湊には学生時代から付き合っている彼女がいることを知りショックを受ける。 麻里奈はこの恋心が叶わないなら自分の気持ちに嘘をつくからせめて同期として隣で笑い合うことだけは許してほしいと密かに思っていた。 そんなある日、湊が『結婚する』という話を聞いてしまい……。

残業帰りのカフェで──止まった恋と、動き出した身体と心

yukataka
恋愛
終電に追われる夜、いつものカフェで彼と目が合った。 止まっていた何かが、また動き始める予感がした。 これは、34歳の広告代理店勤務の女性・高梨亜季が、残業帰りに立ち寄ったカフェで常連客の佐久間悠斗と出会い、止まっていた恋心が再び動き出す物語です。 仕事に追われる日々の中で忘れかけていた「誰かを想う気持ち」。後輩からの好意に揺れながらも、悠斗との距離が少しずつ縮まっていく。雨の夜、二人は心と体で確かめ合い、やがて訪れる別れの選択。 仕事と恋愛の狭間で揺れながらも、自分の幸せを選び取る勇気を持つまでの、大人の純愛を描きます。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

氷の上司に、好きがバレたら終わりや

naomikoryo
恋愛
──地方から本社に異動してきた29歳独身OL・舞子。 お調子者で明るく、ちょっとおせっかいな彼女の前に現れたのは、 “氷のように冷たい”と社内で噂される40歳のイケメン上司・本庄誠。 最初は「怖い」としか思えなかったはずのその人が、 実は誰よりもまっすぐで、優しくて、不器用な人だと知ったとき―― 舞子の中で、恋が芽生えはじめる。 でも、彼には誰も知らない過去があった。 そして舞子は、自分の恋心を隠しながら、ゆっくりとその心の氷を溶かしていく。 ◆恋って、“バレたら終わり”なんやろか? ◆それとも、“言わな、始まらへん”んやろか? そんな揺れる想いを抱えながら、仕事も恋も全力投球。 笑って、泣いて、つまずいて――それでも、前を向く彼女の姿に、きっとあなたも自分を重ねたくなる。 関西出身のヒロイン×無口な年上上司の、20話で完結するライト文芸ラブストーリー。 仕事に恋に揺れるすべてのOLさんたちへ。 「この恋、うちのことかも」と思わず呟きたくなる、等身大の恋を、ぜひ読んでみてください。

遠回りな恋〜私の恋心を弄ぶ悪い男〜

小田恒子
恋愛
瀬川真冬は、高校時代の同級生である一ノ瀬玲央が好きだった。 でも玲央の彼女となる女の子は、いつだって真冬の友人で、真冬は選ばれない。 就活で内定を決めた本命の会社を蹴って、最終的には玲央の父が経営する会社へ就職をする。 そこには玲央がいる。 それなのに、私は玲央に選ばれない…… そんなある日、玲央の出張に付き合うことになり、二人の恋が動き出す。 瀬川真冬 25歳 一ノ瀬玲央 25歳 ベリーズカフェからの作品転載分を若干修正しております。 表紙は簡単表紙メーカーにて作成。 アルファポリス公開日 2024/10/21 作品の無断転載はご遠慮ください。

冷たい彼と熱い私のルーティーン

希花 紀歩
恋愛
✨2021 集英社文庫 ナツイチ小説大賞 恋愛短編部門 最終候補選出作品✨ 冷たくて苦手なあの人と、毎日手を繋ぐことに・・・!? ツンデレなオフィスラブ💕 🌸春野 颯晴(はるの そうせい) 27歳 管理部IT課 冷たい男 ❄️柊 羽雪 (ひいらぎ はゆき) 26歳 営業企画部広報課 熱い女

〜仕事も恋愛もハードモード!?〜 ON/OFF♡オフィスワーカー

i.q
恋愛
切り替えギャップ鬼上司に翻弄されちゃうオフィスラブ☆ 最悪な失恋をした主人公とONとOFFの切り替えが激しい鬼上司のオフィスラブストーリー♡ バリバリのキャリアウーマン街道一直線の爽やか属性女子【川瀬 陸】。そんな陸は突然彼氏から呼び出される。出向いた先には……彼氏と見知らぬ女が!? 酷い失恋をした陸。しかし、同じ職場の鬼課長の【榊】は失恋なんてお構いなし。傷が乾かぬうちに仕事はスーパーハードモード。その上、この鬼課長は————。 数年前に執筆して他サイトに投稿してあったお話(別タイトル。本文軽い修正あり)

処理中です...