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第十六話 幸せ②
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最寄り駅からマンションまでは、歩いて10分。走れば5分の距離だ。
荷物は重いが、体は軽い。改札を出てから歩き始めたが、気付くとどんどん歩幅が広くなり、まるで小走りしているような状態になる。
——早く会いたい。
マンションが見えて来るころには、やや息が上がっていた。2階の角部屋。あかりが灯っているのが、下から見上げてすぐにわかる。
エレベーターは使わずに階段を駆け上がって、鍵は持っているけれどあえてインターホンを押した。すると、少ししてから開錠音がして、扉がゆっくり開いた。
「おかえりなさい」
半分しか開いていなかった扉に手をかけ、思い切り開けてから荷物をフローリングの床に投げるように置く。靴が並んだちょっと狭い玄関に入ると、ばたんと音を立てて扉が閉まった。
「合鍵、初めて使っちゃった」と照れたように笑う美緒さんの手を引っ張って、抱き締める。
心臓がぎゅっと掴まれたような、それなのに心から安堵するような不思議な感覚だった。
「矢野くん、外の匂いがする」
急いで出てきてくれたのか、部屋に続くドアが半分開いているせいで、暖められていた室内の空気が廊下に流れてきた。美緒さんは「外寒いのに、どうして汗掻いてるの?」と笑いながら背中を優しくさすってくる。
その時、自分でも想定していなかった言葉が溢れた。
「……ねぇ、美緒さん」
「ん?」
「結婚してくれませんか、俺と」
自分はまだ靴を履いたまま、美緒さんはエプロン姿だ。
夜景の見えるお洒落な有名スポットとか、100本の薔薇の花束を用意するとか、聞いたことがあるようなシチュエーションには1ミリも結びつかない。何より指輪の準備もしていない。
——でも、言わずにはいられなかった。
告白したときもそうだったのを思い出す。なんだか込み上げてくるものがあって、思わず口をついて出てしまったような状態だった。
さすがにプロポーズまでこんなことではカッコがつかない。現に美緒さんは黙ったままだ。
でももう止まらない。抱き締めたまま続ける。
「ずっと、ずっと一緒にいてほしいんです。俺も美緒さんを『おかえり』って迎えたいし、美緒さんにもこうして迎えてもらえたら、それ以上の幸せはないと思ってます」
「そ、れは…」
「美緒さんがいない毎日なんて、もう考えられない。誰よりも大切に、幸せにする。だから、どうか俺と…」
「…ちょ、ちょっと待って!」
とにかく思いを全部伝えなくてはいけないと必死で話していた俺から、腕を突っ張って美緒さんは体を離す。そのまま両手で頬をむにっと挟まれた。触れた手が温かい。
「……それは、ちゃんと顔見て言って…?」
その瞳はうっすらと涙に覆われていて。
初めて見たけど、やっぱり泣いてる顔も好きだなあと妙に冷静に思ってしまう。
でも、もう一度深呼吸をして、今度はじっと目を合わせて言った。
「……俺と、結婚してください。絶対幸せにするから」
「………うん」
小さな返事の後、美緒さんは俺の肩に手を置いて「私も矢野くんを幸せにする」と目に涙をいっぱい溜めながら顔を綻ばせるから。
あまりに幸せで、眩暈がした。
しかし我にかえって、もうちょっと何が出来たらよかったのではないかと思い、その涙を拭いながら言う。
「…ごめんなさい。指輪、ないんです」
「え、一緒に選びに行こうよ」
「…薔薇の花束もないし」
「私は薔薇よりもひまわりの方が好きだよ」
「…場所も俺の部屋だし」
「私がここで待ってたんだからそりゃそうでしょ」
変なこと言うね、とくすくす笑う。
——眩しい。
「ほんと、美緒さんには敵わないです」
目を細め、俺は愛しい人の頬にそっと唇を寄せた。
荷物は重いが、体は軽い。改札を出てから歩き始めたが、気付くとどんどん歩幅が広くなり、まるで小走りしているような状態になる。
——早く会いたい。
マンションが見えて来るころには、やや息が上がっていた。2階の角部屋。あかりが灯っているのが、下から見上げてすぐにわかる。
エレベーターは使わずに階段を駆け上がって、鍵は持っているけれどあえてインターホンを押した。すると、少ししてから開錠音がして、扉がゆっくり開いた。
「おかえりなさい」
半分しか開いていなかった扉に手をかけ、思い切り開けてから荷物をフローリングの床に投げるように置く。靴が並んだちょっと狭い玄関に入ると、ばたんと音を立てて扉が閉まった。
「合鍵、初めて使っちゃった」と照れたように笑う美緒さんの手を引っ張って、抱き締める。
心臓がぎゅっと掴まれたような、それなのに心から安堵するような不思議な感覚だった。
「矢野くん、外の匂いがする」
急いで出てきてくれたのか、部屋に続くドアが半分開いているせいで、暖められていた室内の空気が廊下に流れてきた。美緒さんは「外寒いのに、どうして汗掻いてるの?」と笑いながら背中を優しくさすってくる。
その時、自分でも想定していなかった言葉が溢れた。
「……ねぇ、美緒さん」
「ん?」
「結婚してくれませんか、俺と」
自分はまだ靴を履いたまま、美緒さんはエプロン姿だ。
夜景の見えるお洒落な有名スポットとか、100本の薔薇の花束を用意するとか、聞いたことがあるようなシチュエーションには1ミリも結びつかない。何より指輪の準備もしていない。
——でも、言わずにはいられなかった。
告白したときもそうだったのを思い出す。なんだか込み上げてくるものがあって、思わず口をついて出てしまったような状態だった。
さすがにプロポーズまでこんなことではカッコがつかない。現に美緒さんは黙ったままだ。
でももう止まらない。抱き締めたまま続ける。
「ずっと、ずっと一緒にいてほしいんです。俺も美緒さんを『おかえり』って迎えたいし、美緒さんにもこうして迎えてもらえたら、それ以上の幸せはないと思ってます」
「そ、れは…」
「美緒さんがいない毎日なんて、もう考えられない。誰よりも大切に、幸せにする。だから、どうか俺と…」
「…ちょ、ちょっと待って!」
とにかく思いを全部伝えなくてはいけないと必死で話していた俺から、腕を突っ張って美緒さんは体を離す。そのまま両手で頬をむにっと挟まれた。触れた手が温かい。
「……それは、ちゃんと顔見て言って…?」
その瞳はうっすらと涙に覆われていて。
初めて見たけど、やっぱり泣いてる顔も好きだなあと妙に冷静に思ってしまう。
でも、もう一度深呼吸をして、今度はじっと目を合わせて言った。
「……俺と、結婚してください。絶対幸せにするから」
「………うん」
小さな返事の後、美緒さんは俺の肩に手を置いて「私も矢野くんを幸せにする」と目に涙をいっぱい溜めながら顔を綻ばせるから。
あまりに幸せで、眩暈がした。
しかし我にかえって、もうちょっと何が出来たらよかったのではないかと思い、その涙を拭いながら言う。
「…ごめんなさい。指輪、ないんです」
「え、一緒に選びに行こうよ」
「…薔薇の花束もないし」
「私は薔薇よりもひまわりの方が好きだよ」
「…場所も俺の部屋だし」
「私がここで待ってたんだからそりゃそうでしょ」
変なこと言うね、とくすくす笑う。
——眩しい。
「ほんと、美緒さんには敵わないです」
目を細め、俺は愛しい人の頬にそっと唇を寄せた。
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