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しおりを挟む「いただきます」
手を合わせてからおにぎりを口に運ぶ秋斗の顔を眺めながら、注がれた紅茶を啜る。先日、‘私専用’として秋斗が購入したマグカップはこんな形で使うことになるのかと心の中でひとりごちた。
紅茶の葉っぱがあったことにも驚いたけれど、『この間、沙耶の部屋で見かけたのと同じ絵柄の缶を見つけたから買っただけ』とのことだった。
「沙耶、食べないの?」
ローテーブルの正面から、はい、と差し出されたおにぎりの具は鮭。私が小さい頃から1番好きな具で、思わず感心してしまう。
黙ってそれを受け取って袋を開けると、秋斗は満足そうに笑ってから尋ねた。
「そういえば、昨日、どうしてあんなに飲んだの?」
「へ?」
「いや、自分でお酒に弱いってわかってたんだろ?それなのにあんなべろべろになるまで飲むなんて普通じゃないなって思って」
「それは…」
‘あなたについて知らないことがたくさんあるから’
‘あなたが急にいなくなることが不安になったから‘
昨日は『何気なく聞いてみればいい』なんて思っていたけれど、今考えてみると、別に付き合っているわけでもないのに恥ずかしくて聞けない。
——いや、でも秋斗は私のことを好きなんだよね…?
それならちゃんと答えてもらえるはず。
急に黙ってしまった私を見つめる瞳は心配そうで、なんだか申し訳なくなり、どんどん顔が俯いていく。
適当なことを言って流してしまおうかと考えてから、はっとした。
——今言わなければ、あの怪我のときのように、言わなかったことが、言えないままになってしまうかもしれない。
「あの…」
「ん?」
「秋斗はもう、突然いなくなったり、しないよね?」
「え?」
‘突然帰って来た幼馴染み’は、‘いつでも優しい微笑みをくれる大切な存在’に変わったということを、自分で認めないといけない。
「私、秋斗のことを、もっとちゃんと知っておきたくて」
恥ずかしさを振り払い、顔を上げると、ぽかんとした彼と目が合う。
まずいことを言ってしまったかもしれないと、手に力が入りそうになったところで、秋斗が私の持っていたおにぎりを取り上げた。
「沙耶、こっちおいで」
ローテーブルの向こうから手を引かれて、ずりずりと移動させられる。
秋斗の足の間にすっぽりとはまるように優しく抱きとめられて、背中に回された腕が緩く締められた。秋斗は私の頭の上に顎をのせて、髪を梳くように頭を撫でる。
「どんな顔して話したらいいかわからないから、そのまま聞いて」
「う、うん…」
「俺は沙耶の側から、離れないよ。たとえ、離れてって言われてもね」
髪をつんと引っ張られるような感覚。
どうやら秋斗は、指で私の髪を弄びながら話しているようだけど、その声音から表情は読み取れない。
「毎日、沙耶のことを考えてる。それこそ、気持ち悪いくらいに」
自嘲的にも聞こえる響き。
黙って聞くことしかできない代わりに、私も秋斗の背中に自分の手を回すと、嬉しそうな気配が降ってきた。
「好きで好きで仕方がなくて、抱き締めたいし、いつだって触れたいし、それ以上のこともしたいけど、がっつくと怖がらせちゃいそうだからこらえてる」
紡がれる言葉の意味に、体温が上がる。
そこまで言われ、ゆっくり体を起こされた。真剣な瞳が揺れる。
「沙耶のことを、不安にさせたくない。大好きだから、離れない」
どちらからともなく額を合わせると、秋斗は苦笑いを浮かべた。
このまま目線を少しでも上げたら確実に視線がぶつかる至近距離。
「不安には、もうさせたみたいだけど……ごめん」
「そ、そんなことない!」
一方的に抱いたもやもやした気持ちに、こんな熱い想いをぶつけられると思わなかった。
でも、おかげで自分の心の中に芽吹いていた想いがますます大きく育ったような気がする。
——この人が好きだ。
気持ちが一気に溢れて、胸が熱くなる。
…と、額を離した秋斗が、私の顔を見るなり目を丸くした。
それから、口の端を上げてにやっと笑う。その笑顔はいつもの柔らかい笑顔とは違った。
「というわけなんだけど、沙耶は?俺のことどう思ってるの?」
「へっ?」
「聞きたい」
突然、期待に満ちた眼差しを向けられて、言葉に詰まる。
「…す、好き?」
「俺に聞かないでよ」
秋斗が私の肩に顔を埋めておかしそうに笑った、恥ずかしくなる。むきになった私はその肩を力いっぱい押し返して、半ば叫ぶように言った。
「すっ、好き!私も秋斗が好っ…んんっ」
最後まで言い切れなかったのは、噛み付くようなキスに口を塞がれたから。
その唇は柔らかくて熱い。息を吸い込もうと口を開けると、まるでタイミングを狙っていたかのように差し込まれた舌に歯列をなぞられた。頭を抑えられているせいで、私から顔を離すことができない。
口内を蹂躙するような激しさに息苦しさを覚えて、胸をぐいぐいと押すと、その動きは少し和らいだけれど、今度は逆に食むように重なる唇に、頭がぼぅっとしてくる。
「はぁっ…ん…」
唇を合わせたまま、まるで愛おしさを伝えるようにゆっくりと背中を撫でられて、思わず漏れた吐息の甘さに、誰よりも自分が一番驚く。
頭を押さえていた手はいつの間にか頬に添えられ、鎖骨から肩、腕と下りていき、指を絡められて、それだけでもぞくぞくしてくる感覚に、自分で自分が怖くなった。
「まっ…て…!」
キスの合間に必死で上げた私の制止の声を聞いて、ゆっくりと唇を離した秋斗は不思議そうな顔をする。その表情は思わず小さな怒りが浮かんでしまうほど余裕に満ちていた。
「何?」
「まだ、話、終わってない!」
「え、もっと嬉しいこと言ってくれるの?」
「そっ、そういうことじゃなくて!」
秋斗のきょとんとした顔を見て、力が抜けた瞬間。
部屋に響き渡ったお腹の音は、今度は私のものだった。
それを聞いて彼が盛大に吹き出したのは言うまでもない。
真っ赤になる私をぎゅぅっと強く抱き締めたまま、涙が出るまで笑っていた。
* * *
「1、2年で必要な単位はほとんど全部とっちゃったから、しばらくは大学には行かなくていいんだ」
二つ目のおにぎりを頬張りながら、秋斗は言う。
確かに3年ともなると少しずつ大学に行く機会も減っていくけれど、だから居住を移しても大丈夫なんて、随分思い切ったことをするなぁとちょっと驚いてしまう。
「それから、中学、高校は男子校。彼女もいなかったから心配しないで」
「べ、別に心配なんかしてないよ…」
「あ、そう。それならいいんだけど」
さっきと同じ余裕たっぷりな様子にちょっとむくれると、秋斗はくすくすと笑ってから、「拗ねるなよ」と、私の頬をつんつんとつついた。
自分のことながら、あまりのバカップルぶりに眩暈がしてきて、おにぎりを片手に何かを思い出したように立ち上がった秋斗のことも胡乱な目つきで見てしまう。
壁に置かれた棚の小物入れのようなところをごそごそとしてから、手に何か握り締めて戻ってきた。
「で、思ったんだ…はい、手出して」
「…何?」
「いいから、ほら」
無理矢理開かされた掌に置かれたのは、銀色の…。
「これって…」
「鍵だよ」
「それはわかるけど、なんの?」
それを聞いてひととき、秋斗がまた笑いを堪えられずにげらげらと笑った。
「俺が渡すんだから、この部屋の鍵に決まってるだろ」
「どうしてこれを…」
「沙耶には、持っててほしいから」
上からぎゅっと手を握られて、手の中の鍵の形と質量をより感じる。
それは、鍵を渡されたというより、踏み込むことを許されたような感覚で、なんだか緊張してくる。
「い、いいの…?」
「何が?」
「何がって言われると困るけど…」
「沙耶が俺の部屋に来ることがなかっただけで、俺はいつ来てもらっても大歓迎だったし。あとはまあ、俺の覚悟ってとこかな。だから、むしろ持っててくれると嬉しいんだけど」
いい?と顔を覗き込まれて、鼓動が速くなる。
さっきからわざとどきどきさせられているような気がしてきて、そっぽを向いてから頷くと、秋斗は嬉しそうに私の頭をわしゃわしゃと撫でた。
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