【幸福な偶像】-ネットに沈む女神の偶像とその虚構について-

悪魔ベリアル

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■17.第6幕.第1場■

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「イエスをあなたがたに引き渡せば、いくらくださいますか」
すると、彼らは銀貨30枚をユダに支払った。
(マタイによる福音書 26:15)

■17.第6幕.第1場■

カメラマンがビデオカメラをセッティングしている。
照らす位置を微調整されている、太鼓の様な寸胴な照明。
そこからの光を反射するレフ板を掲げる男。
皆、慌ただしく撮影準備を整えている。

そこから、少し離れた場所。
テーブルとソファのリクライニング。
そこにチナツとユメカは座って、準備が終わるのを待っていた。

「…はい、これっ。」
チナツは数枚の書類束をテーブルの上、ユメカの前へと置いた。

「ん~っ?これって、なぁに?」
ユメカは清涼飲料を飲む様に、せき止めシロップを飲んでいる。
ストレス過多なのか、最近のユメカは以前よりもせき止めシロップを多用していた。
チナツはソレを咎めず、無言で書類をズイッと突き出す。

「今回する仕事の契約書よ。いいから、早くサインしてっ。」
契約書類の上へ、ボールペンを置く。

「ん~っ、でもぉ~…っ。」
「いーから、サインしてっ!お金が必要なのっ、わかるでしょ?」
「近々にアタシのオーディションもあるし…、研修レッスンとか…、色々と資金が入り用なのよっ。」
「ネッ★アタシの為にも、協力してよ…っ、ユメカぁ。」
書類の上へ置いたボールペンをチナツは手に取り、強引にユメカへ握らせる。
その手をチナツは、自分の手で包むように握った。

「チナツの役には立ちたい…と、思ってるよ。アタシも…っ。」
「じゃあ、書類にサインしてちょうだいっ。」

「チナツさーんっ、どうですかぁ?」
黒縁メガネの男性が、少し離れた位置からチナツとユメカの様子を伺う。

「そろそろ、カメラテストしたいんですけどぉ~っ。」
「はーい、ちょっと待ってくださいっ♪」
男に対してチナツは腰を浮かせ、中腰になって応える。

「ほら、撮影準備も終わるし、後はユメカのサインだけよ。」
中腰になった体勢で、顔だけをユメカへ向けて、サインを急かす。
だが、ユメカは飲んでいたストローだけを口に咥え、何か不服そうな表情をしている。

「なぁに?何か不満があるの?ユメカ?」
「ううん…、別にぃ~っ。」
「もうっ、もう仕事は始まってるの、ユメカはどうしたいの…?」
互いに長い付き合いだ、ユメカが腹の内に何事かを隠している事は、何となく想像がついた。

「じゃあ、チナツ…んっ!!」
ユメカは座ったまま、チナツに向かって両手を拡げる。
それは、幼児が母親に抱っこをせがむゼスチャーだ。

「なに?あぁ、ハグすればいいのね?」
チナツはユメカを事務的に抱きしめた。
そのまま、ソファから立ち上がらせる。

「ほら、立ってっ。行くわよ、ユメカ。」
チナツの言葉を無視して、ユメカは抱擁に力を込める。

「ほらぁ、いい加減にして、離してユメカ」
「…やだ…もう少しだけ…。」
タダを捏ねるのは、ユメカが緊張しているからだろう。
チナツは観念して、ユメカを抱き締めたままで動きを止めた。

すると、ユメカはグッと顔を近づけてくる。
吐息がかかる程に接近し、ユメカはジイッとチナツを見つめた。
美しい青い瞳はアクアマリンの様で、チナツの視線が吸い込まれる。
周囲の撮影現場の雑踏も遠くに聞こえ、鼻同士が触れそうな位の距離には、チナツとユメカだけになる。

「…チナツ…、キスしていぃ…?」
「はぁ?何いってんの?女同士よ、アタシ達。」
ポツリと呟く様なユメカの告白。
それをチナツは冗談と受け取り、素っ気なく応える。

チナツにとって、ユメカを撮影に参加させる事。
それが最重要項目だ。
撮影現場の準備も終わり、もう後には引けない。

これ以上、ゴタつかせて面倒事になるのもイヤだ。
チナツはユメカの要求と、撮影仕事を天秤にかけ、答えを出す。
そして、ソッと重ねる様に唇をユメカと触れ合わせた。

軽く、ただ唇を触れ合わせるキス。
すぐに唇を離す、だが、その後をユメカが追う。
今度はユメカからチナツへ、キスをする。
甘く、柔らかく、求める様なキス。 

互いの体を抱き締め合い。
キュッと唇を密着させ、感触を確かめ合う。

「もう、準備出来ましたかね…?」
二人の時間と空間を黒縁メガネの男が割り込む。
慌てて現実に還ったチナツは、ユメカから唇と体を離す。

「もう…っ!!これでいい?」
「うん、お仕事頑張るよっ♪」
周囲のスタッフに見られてしたキス。
それが恥ずかしいのか、チナツはカッカッと耳まで熱くなった。
対してユメカは、満足そうに微笑む。
上機嫌で、ボールペンを走らせ書類へサインする。
そして、サインした契約書をチナツへと差し出す。

チナツはそのまま中身を確認せず、右から左に黒縁メガネの男へ手渡す。
彼は契約書に書かれたユメカのサインを確認すると、大きく頷いた。
「はいはい★、確かにちょうだいしました♪」
軽い調子でそう告げ、書類を持って男は立ち去る。

「ほら、サッサと行ってっ!!みんな、ユメカ待ちなんだからっ」
「はーいっ♪」
手をバイバイと振りつつ、ユメカはチナツから離れ撮影現場へと歩き出した。

にこやかで上機嫌なユメカ。
彼女の姿を見ていると、チナツの胸は何故だか少し苦しくなる。
彼女を送り出したし、この撮影現場から早く退出したかった。

ユメカと入れ替わりで、黒縁メガネの男がチナツへ近付く。
茶封筒を両手で持ち、チナツへと差し出した。
「はいっ、じゃあコレ、出演料です。」

「ありがとうございます。」
サッと素早い動きで、チナツは茶封筒を受け取る。
軽く一礼すると、撮影現場から退出しようと急ぎ足でドアへ向かった。
ふと、照明に照らされ、カメラの前に立つユメカと目が合う。
艷やかで、相手を惹きつける視線。

そこに親しみと愛情が滲み、チナツを見つめ返す。
カメラの前では、ユメカは美しく、可憐で正にアイドルだった。
かたや自分は彼女を生贄にして、日銭を得ている。

撮影現場、明るい照明。
その光を避け、逃げる様な自分。
その光の下、アイドルの様なユメカ。

でも、今回の仕事はアイドルなんかじゃない。
アイドルから遠く、汚い仕事。
でも、ユメカが立つ場所は綺羅びやかに見え、
自分の位置の方が、
暗く、汚く感じた。

チナツは引きちぎる様にして、ユメカの視線から身を離す。
そうして、振り返らずに撮影現場から退出した。

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