おんがえし

悪魔ベリアル

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太陽はすっかりと頭上へ昇っていた。
澄んだ空気も陽によって暖まり、伸彦は足取りも重く山道を下っていた。
山下伸彦、猟師歴約2年。
日が昇る頃から山に入り、今日の戦果はゼロであった。
意気消沈している彼を余所目に、山の緑は青々とし、そびえる様に高い木々が枝葉を揺らす。
そして、その隙間から見える遠方には、白い残雪が黒い山肌へ流れる様に残っているのが望めた。
人気がなく、シンと静まり返った山林の奥底。
そんな光景を眺め、伸彦は世界に自分独りだけ取り残された様な感覚を噛みしめて、
重くかさばるライフルを担ぎ、家路へと緩やかな下る尾根筋を歩いている。
延々と続く下りの山道が終わり、森に食い込む様に段々畑が見える地域へと辿り着いた。
帰宅したら、道具を片付けて
夕飯と晩酌の買い出しへ行かないと...。
そんな事をつらつらと考えながら歩いていると、山道の斜面から物音が聞こえた。
何か大きな鳥でも羽ばたいている様な音が、斜面の下、鬱蒼とした茂みから聞こえてくる。
"何だろう…?"
伸彦は肩に担いだ銃を担ぎ直し、山道から斜面の下、音が聞こえる方へと目を凝らした。
茂みの奥で何か白く大きな鳥が暴れているのが、茂みの隙間から微かに見える。
山道を少し下り、斜面が緩やかになっている箇所から、
転倒に注意しつつ、伸彦は斜面をゆっくりと下りた。
枯れた枝や背の高い草、それが織り込まれた茂みの中へと歩を進める。
その奥へと掻き分けると、そこには白い大きな白鳥が羽を広げて暴れていた。
「何だ?どうした…?」
伸彦は白鳥へ声をかけつつ、状況を把握しようとゆっくりと近づいた。
人間の出現に驚愕した白鳥は、さらに大きく全身を使って暴れるが、
その身は、その場に固定されている様に動かない。
見ると白鳥の片足をギッチリと、トラバサミが挟んでいるのが見て取れた。
「うわぁっ…、こんな罠…。」
「誰だ?こんな凶悪な罠を仕掛けたヤツは…?」
トラバサミは、すでに使用禁止扱いになった罠だ、
白鳥を捕らえているトラバサミは、金属製で獲物を待ち構えている状態では、リング形状をしている。
そのリングの中央にある、トリガーに動物の脚などが触れると、罠が動作する。
トラバサミは、リング形状を半分の半円状へ折りたたみ、それで獲物を挟んで捕らえる。
獲物を捕まえるリングの端には、ギザギザの歯があり、
それが、挟んだ獲物に食い込む事で確実に捕らえる様に出来ている。
この機構が無差別に獲物を傷つけ、苦痛を与えるという事で、使用禁止になった罠だ。
そんなトラバサミに捕まり、白鳥が逃げようと七転八倒している。
伸彦は、肩に担いでいた銃を地面に下ろし
背中のリュックから、縄を取り出す。
「こらっ!!暴れるなっ…!!」
伸彦の動きを察知した白鳥は、強引に身を羽ばたかせて逃げようと試みる。
だが、トラバサミで行動を制限され、更に鬱蒼とした茂みが障壁となって、白鳥の羽ばたきを阻害した。
白鳥に絡んだ全ての茂みや蔦を外す為、そんな障害を伸彦は素手で取り払う。
伸彦は白鳥を軽々と抱え込み、持っていた縄で白鳥を軽く捕縛した。
暴れていた白鳥は、身を縛られて巨大な蚕の様に身をバタつかせる。
その間に伸彦は、白鳥の脚に負ったケガの度合いを確認した。
幸運にもトラバサミの動作機構は、錆びついて動きが悪かったせいか、白鳥の脚を強く挟んではいなかった。
暴れた時についた多少の擦り傷はあったが、骨折などの重症には至って居な様子だ。
「ほらっ、大人しくしろ…っ!!」
「今、外してやるから…。」
白鳥の脚に嵌まった、トラバサミを伸彦は外そうと試みる。
各部の動作機構からは、錆が滲んでおりそれが抵抗となって全体の動きを悪くしていた。
「こりゃ…、錆びてるなぁ…」
「不法投棄された罠か…?」
何度か中央のトリガーを押し、罠の解除を試みる。
だが、トリガーは強く押しても硬く固着して微動だにしない。
白鳥の脚を挟んでいるリングの部位へナイフを滑り込ませ、テコの原理を使いこじあける。
少しトラバサミが動き、その少しの隙間から強引に白鳥は、自ら脚を引き抜いた。
「あっ!?無理くり抜くな…っ!!」
「…おいおい…、大丈夫か…??」
多少は片脚を引きずっていたが、自由になった白鳥は、数回羽を大きく羽ばたかせる。
そのまま、伸彦から逃げる様に距離をとり、鬱蒼とした茂みの囲いから開けた場所へ逃げ出た。
そして、伸彦の方を振り返りもせず、激しく翼を羽ばたかせ、するすると宙へと舞い上がる。
そうして、高く空へと飛び去った白鳥は、ゆったりと翼を動かしつつ、伸彦の視界から消えてしまった。
「……。」
「ふぅ…、礼も無しかぁ…。」
「まぁ、相手は白鳥だしなぁ~…。」
「これが、昔話ならば、今夜にでも恩返しに来るんだろうが…。」
「さすがにそんな事は無いかぁ…っ。」
あっという間に飛び去った白鳥を伸彦は見送る。
今日は狩猟の収穫はゼロだったが、最後に良い事をしたので気分は悪くなかった。
彼は立ち上がり、身体にまとわりついた草や葉を払い落とす。
そして、残された錆びついたトラバサミを拾い上げる。
「此処に放置しておく訳にもいかないな…。」
錆びついて赤黒くなっているトラバサミは、持ち帰って不燃ごみとして出すしかないだろう。
伸彦は白鳥を助け出す時、散乱してしまった自分の装備を拾い集めた。
そして、装備を整え、トラバサミを小脇に抱える。
「今日の収穫は、コイツだけかぁ~…。」
そうして、伸彦はトラバサミを手にして山を下り、家路へとついた。

帰り道にショッピングモールで、伸彦は夕食を兼ねた晩酌のツマミと酒を購入した。
貸家の一軒家である自宅へ帰宅し、そそくさと簡素な夕飯と酒を準備して。
少し早い夕飯を摂ろうと、和室のちゃぶ台へ料理を並べ、その前に座した。
すると、何者かが玄関のドアチャイムを鳴らす。
すでに夕方も過ぎ、夜が始まる時間。
こんな田舎で、そんな時間に来訪する人なんて、
何か差し迫った事情のある人物しかいない。
もしかしたら、熊などの害獣駆除の要請かも…。
そう思い、伸彦は急いで玄関のドアを開いた。

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