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邂逅
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しおりを挟む桜鬼は手を緩めない。むしろ、口と鼻を押さえる手には力が加わり、顔にはおぞましいほどの笑顔が張り付いている。
小紅は桜鬼のすぐ後ろにいるのに、手を伸ばせば助けられるのに。できない。今の桜鬼が、怖い。
「そのくらいで勘弁しておいてやれ、桜鬼。昔の顔に戻ってきておるぞ」
松原が桜鬼の腕をグイッと引き、高遠から離れさせた。ドサッと地面に這いつくばり激しく咳き込む高遠の傍ら、桜鬼は我に返って松原、高遠、小紅、そしてまた松原へと目を向ける。
「すみません。自重するようにはしているんですが、どうにも昔の癖のようなもので……」
「自覚がある、反省するだけまだマシだな。何も知らぬ、純真無垢な彼女の前では気を付けるようにの」
不思議な光景だ。新選組の松原が、敵対する鷹の翼の桜鬼の頭をポンポンしているなんて。いくらなんでも親しすぎるじゃないか。
松原は昔の桜鬼を知っているようだし、突然の桜鬼の変貌ぶりにも松原は表情を変えなかった。その様子には咳き込みがだいぶ落ち着いてきた高遠も不審そうだ。
ということは、松原が言う“昔の桜鬼”とは少なくとも鷹の翼に加入するよりも前のことか?
桜鬼がまだある武家の家の末っ子だった頃か、そのあと捨てられて1人で暮らしていた頃のことか。どちらにせよ、昔の彼のことは高遠も知らないらしい。
「さて。そろそろ私は行くぞ。今日の夕餉の当番なのでな、すっぽかせば特大の雷が落ちる。じゃあ、小紅ちゃんも、またな」
「あ、はい。また、です……あっ!す、すみません……」
優しく律儀すぎる小紅は立ち去る松原に別れを告げ、高遠のキツい視線に気づきハッと失敗を自覚。両手で自分の口を塞いだ。
彼らに“また”はあってはならない。次会う時は命を奪い合うことになるのだろうから。
松原が言った特大の雷というのは、新選組側の和鷹のことだろう。和鷹のような人間が、新選組にも1人いるのだ。
大変神経質で正義感が強く、長の次という立場でよく胃を痛めている苦労人が。あぁ、本当に和鷹によく似ている性格だ。今頃、それぞれが大きなくしゃみをしていることだろう。
小紅は悩んだ。思っていた鷹の翼とは全然違う、予想以上に新選組の隊士と親しいことに。
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