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着物の色
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しおりを挟む「あれ、黙り込んじゃってどうしたの?僕の昔の話に引いちゃった?あの頃は僕も若かったとはいえまさか大まで漏らしてしまうとは、反省しているよ」
「あ……っ……あの……」
「ん?あぁ、そうか。そっちに引っかかっちゃったか。気にしなくていいよ。昔の、あの頃の僕はどうかしていたんだから」
どうして素直に「笑わないでください」と「ごめんなさい」と言えなかったのだろう。
喉まで出かかった言葉が詰まって引っ込んだ。そんな小紅が何を言わんとしているのかを悟った桜鬼はニコッと笑って、明るく「さ、もうそろそろ帰ろうか」と足を屋敷へと向けた。
「ま、待っ――」
「僕のことは知る必要ないよ」
もう1度、桜鬼の着物の袖をつかんで引き留めようとした。けれど、小紅の右手は着物に触れることなく宙をさまよう。
振り向くこともなく、足を止めることもなく彼女の言葉を遮ってそう言った桜鬼は、それから屋敷に帰るまで一切言葉を発することはなかった。
温厚で優しい、お人好し過ぎる桜鬼でも、そう簡単に小紅に自分の過去を打ち明けることはしない。
優しい口調、声の大きさだってからかっていた時と同じ。なのに、その言葉は小紅の前に厚く高い壁となって立ちふさがった。
強い力のこもった言葉。小紅を拒絶する言葉。これ以上踏み込んでくることは許さないと、線を引く。威嚇だ。
顔が見えなかったこともあってすっかり委縮してしまった小紅は、スタスタと歩いて行ってしまう彼の背中を見つめるばかりで足を動かせない。
もう、桜鬼は立ち止まってはくれない。振り返って「早くおいで」と声をかけてはくれない。
道の真ん中で立ちすくんでしまって、通行人が小紅を避けていく。肩がぶつかっても「ごめんなさい」の言葉が出ずに「あっ」と、小さな情けない声が漏れるだけ。
結局、桜鬼の背中が小さくなって見失う寸前にやっと1歩踏み出せた。そのまま早足に追いかける。
何をしているんだろう。こんな、いちいちビクビク怯えていたらいつまでたっても誰とも仲良くなんてなれないのに。
頭ではわかっていても、行動に移せない。言葉をかけられない。まだ来たばかりだからなんて、言い訳にもできない。
少し距離を空けて口を閉ざした彼の後ろを、うつむき何もしゃべらないでついていくことしかできなかった。
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