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知らぬが仏
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しおりを挟むそうか焼き味噌か。焼きながら細かく切っていたネギも加えられた香ばしい香りの焼き味噌は完成で一旦放置。とても食欲をそそるいい匂いが、勝手場を満たす。
匂いにつられてか、眠そうに大あくびをしながらよだれを垂らしている高遠がやってきた。小紅の姿を見て目を大きく見開き、早速吠える。一気に眠気が覚めただろう。
「何っでてめぇがここにいんだよ、こんな朝っぱらから!頭領、毒でも盛られたらどーすんだよっ!?」
さっそく殴りかかろうとした高遠の鼻先に、包丁の先端がキラリと光る。黒鷹は並べられたご飯を見つめながら、高遠には顔も向けずに包丁を突き付けていた。
「有り得ないさ。そんなそぶりを見せようものならすでに、紅ちゃんの首がそこら辺に転がっているだろうね。あぁ高遠、ナスと大根の糠漬けを切ってよ」
「くっ…………チッ……わぁったよ。チッ、手が糠臭くなりやがるじゃねーか……」
目は鉄瓶を見つめているし、口元には笑みが見える。なのに黒鷹の体からはほんのわずかに殺気が立ち上り、その言葉は高遠を黙らせ小紅を震え上がらせた。
作業をしながらも、背を向けながらも小紅を見ていた。怪しいそぶりを見せれば言葉通り、彼女の首は黒鷹の足元に転がっていただろう。
その言葉が、声が、雰囲気が、彼の本気さを示している。容赦はしない。躊躇うことも、ない。
狭い勝手場では愛刀を帯刀はしていない。しかしいつも、黒鷹のすぐ手の届くところに包丁があった。
自分がいつ殺されてもおかしくない状況だったのに、全く警戒していなかった。言われて初めて気がついて、動揺を隠せない。
また、気の弱い小紅の体は震え始める。恐怖と、自分のふがいなさに身動きが取れない。息を吸うばかりで上手く呼吸ができない。心臓の音が大きくなる。
「べーーーーにちゃん。おにぎり握って?中にこれを入れて、綺麗な三角がいいなぁ?」
だから、急に明るく声をかけられてビクッと肩が跳ねた。ニッコリ無邪気に笑う黒鷹は、さきほど小紅が入れたご飯が入った汁椀を差し出し、焼き味噌を指さした。
「皆に、僕にどう思われようと、紅ちゃんが僕達の敵でないのなら普通にしていればいいよ。気にしないで、堂々とここにいればいい、ね?」
「あ…………はい。ありがとうございます」
後ろめたいことがなければそれでいい。もしも後ろめたいことがあれば、小紅は黒鷹を前に隠し通すことなんてできない。
彼の殺気でそれを実感した。そして小紅は、後者だ。
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