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知らぬが仏
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しおりを挟む主にうるさい高遠のせいでキレる寸前。準備が出来たらさっさと食べる、それが鉄則のようだ。
爆発して、せっかくの朝餉がメチャクチャにされては残念な結果に終わる。朝から血圧が高い高遠は空腹、素直に食べることを選んでスゥっと座布団に座り手を合わせる。
「いただきます」
ようやく食べ始めた。魚の骨からとった出汁に浸っているおにぎりをくずし、口へと運ぶ。
完全に混ざっていない、ご飯の部分と味噌の部分がそれぞれ美味しい。味噌が美味しい。塩辛すぎず甘すぎず、魚の味も残っていて酒の肴にもなりそうだ。
汁椀に口をつけて、今度は出汁も一緒にすすってみる。口の中でご飯がほぐれ、味噌が解けて混ざって味噌汁みたいだ。
それに大葉が加われば。口の中はさっぱりして、とても食べやすくなる。朝餉にはちょうどいい。
味噌が濃いのに出汁が優しく包み込むようで、温かく、暖かい。ホッと一息つくと自然と体の力が抜けて笑みがこぼれる。
「それ、いいね」
初めての味にホワァっと心奪われていると、隣からの声にハッと我に返る。黒鷹がジッと小紅を見つめていた。
「紅ちゃんの自然な笑顔、僕は好きだよ」
そう言うと視線を外し、端が切れていなくて繋がってしまっている大根の糠漬けをかじる黒鷹。これも愛嬌か。
意味深な言葉に、自分をまっすぐ見つめる青い瞳に、優しい表情に胸の奥が熱く軋んだ。痛い。ただの痛み。
黒鷹の優しさは小紅を苦しめる。黒鷹の温かな想いは小紅の心を締め付ける。冷たくなった心はやがて「ありがとうございます」という無機質な言葉を生み出し闇を見つめる。
すぐ隣で黙々と箸と口を動かし続けている和鷹には聞こえていたのかいなかったのか。黒鷹の言葉は、あまりにも自然すぎて小紅の心の隅にひっそりと留まるだけとなった。
心に響かなかった。ただ笑顔を誉められたというだけで、その言葉の真意には気づかなかっただけ。
今、黒鷹は、小紅は何を思って朝餉を口にしているのだろう?和鷹や他の人達もそうだ。昨日突然やってきて夜鷹の娘だと名乗る、密偵かもしれない女が共に朝餉を食べているなんて。
まだまだ怪しさ満点の小紅を、認め始めた?それとも、油断させておいて一気に全員で襲いかかる?
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