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桜鬼と桜樹
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しおりを挟む「――大丈夫。ありがとう」
外は真っ暗だ。真夜中。どうしても寝られなくて、こうして眠たくなるように縁側に座って夜空を見上げている。
何度も溜め息を吐いては「大丈夫。ありがとう」と呟く。誰かに言った言葉ではない、自分の心に向けた言葉。小さくても声に出しただけでホッとする。
半刻くらいそうしていたか。夜着のままで体が冷えてきたのでそろそろ部屋に戻ろうと立ち上がった時。遠くで何か音が聞こえた。
シュンッヒュンッと風を切る音。それに合わせて「ふっ、はっ」と気合いの息遣いもわずかに聞こえる。
小紅以外にも誰かいるのか?やっと近寄ってきた眠気がどこかに去っていってしまった小紅は恐る恐る、音が聞こえる方へと向かった。
「桜鬼さん……?こんな時間に鍛錬なんて。もしかして桜鬼さんも眠れないのですか?」
星々の光が届かない、暗い影で彼は素振りをしていた。木刀や真剣ではなく両手にはめられた3本の鉤爪。小紅が声をかけると、振り上げた状態で肩をビクンッと震わせ身構える。
「こ、小紅ちゃん。よりによって君が…………全然気配がなかったんだけど。びっくりしたぁ……」
足音を立てないようにしていた。気配も消してはいたが、普段の彼なら感じ取っていたはず。気づかないほどに集中していたか。
声の主が小紅だとわかると構えを解き、慌てて鉤爪を外す。それから苦笑いを浮かべながらジリッと、1歩後退。
結構長い時間素振りをしていたのか、手拭いで何度も汗を拭っている。暗くて顔色はわからないが、まだ調子は悪そうだ。
「昼間はずっと寝ていたからね、目が覚めちゃって。ふがいないよ。もう治ったと思ったのに、まさか君で反応するなんて……」
「ごめんなさい。よくわからないけど、私のせいで倒れたのだとお聞きしました。近寄りすぎないよう気を付けますので、ご迷惑をおかけしました」
「いやいや、小紅ちゃんのせいじゃないよ。僕の心が弱いからだし。って。これ以上は体が冷えるから、僕は着替えてから寝るよ。小紅ちゃんも布団に入って目を閉じること、いい?」
「あ、はい。おやすみなさい桜鬼さん」
汗が夜風で冷たくなって体を震わせた。桜鬼は微笑を浮かべながらやや早口にそう言い終わらないうちに、背を向けてあっという間に立ち去って見えなくなってしまった。
まるで逃げるように。小紅の赤黒い瞳にはそう映った。町ではあんなに近くにいたのに。ずっと手を、握っていてくれたのに。
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