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桜樹と桜鬼
3P
しおりを挟む桜樹の右腕を押さえている大きな影――鳶が、なおも動こうとする右腕をひねり上げる。
桜樹の左腕を押さえている小さな影――猫丸は足で挟むようにして踏みつけて、そのうえ猫達に噛みつかせている。
ということは、背後の3人は高遠と雪と和鷹だな。一際強い殺気を放ちながら黒鷹の肩越しに刀を突きつけているのは和鷹か。
胴体を仰向けに押し潰され、両手を拘束されている桜樹はそろった面子を睨み付け、小紅に目を向けると「チッ」と悔しそうに顔をゆがめた。
悔しさの奥にある寂しさに気付いたのは小紅だけだったのか。気づいた時には小紅は、敗北を悟った桜樹の傍らに座り肩に触れていた。
「私、あなたが怖くありませんよ。突然のことに大変驚きましたが、あなたも、優しい桜鬼さんも同じ“おうきさん”ですから。あなたはもう誰も殺さない。どんなに酷いことをしても、謝ってくれるって信じています」
それは小紅の本心。もう、手は震えていない。しっかりとした口調で、はっきり聞こえる声で、まっすぐ桜樹の赤い瞳を見つめながらそう言った。
この場にいる小紅以外が同時に息をのんだ。そんな近くにいては、触れてしまえば桜樹が暴れる。鳶と猫丸を振り払い小紅に襲いかかる。そう思ったのだろう。
しかし桜樹は大きく目を見開きポカンと口を開けただけで、時が止まってしまったかのように動かない。瞬きさえしない。
恐怖のあまり狂ったのか、恐れ知らずな小紅の行動に度肝を抜かれ黒鷹さえも彼女を下がらせようとしないでいる。
そうして少しの時間が流れ、やがて、力のない笑い声が響いた。
「あっはははははは………………そうかそうか。君、面白い子だとは思っていたけど、まさかこれほどまでに面白くて八つ裂きにしてやりたいほど可愛いとは思わなかったよ!」
「私は可愛くなんかありません。だから、可愛くない私は可愛い方が好きな桜樹さんに殺されません」
「えぇー、そういうところが憎たらしくて可愛いんだよ。はぁ……」
笑った。全身の力を抜き、何かを見つけた赤い目を閉じた桜樹は笑って、深呼吸をした。それはまるで、全ての終わりを迎えた時のような穏やかな微笑みだった。
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