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一夜限りの
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しおりを挟む「おかえり。おいで?」
音もなく帰宅。一度は寝ていた黒鷹は彼女の気配を感じ取り出迎えると、目を合わせようとしない彼女の腕を引いて抱きしめる。
何も言わない、何も抵抗しないのを良いことにさっさと夜着に着替えさせてしまった。
というよりむしろ、彼女の方から抱き着いていた。顔を隠すように、黒鷹の胸に顔をうずめて。無言で、ギューッと力一杯抱き着く。
短い間でも世話になった礼として最後の別れを告げた。正直、辛い。だから黒鷹に慰めてほしかった。彼女なりの、精一杯の甘え。
時間も時間なわけで、黒鷹の布団の中に一緒に潜り込んだ彼女はまだ抱き着く。
「泣く?すっきりするよ」
優しく頭を撫でる彼はそう言うが、小紅は顔を隠したまま首を横に振る。温かい。すっかり冷えた小紅の体が、黒鷹の熱でじんわり温まっていく。
息を吸い込めば大好きな黒鷹の匂いが肺を満たして、安心する。徐々に眠くもなってきた。
このまま眠るのか?いや、けれどどこか小紅の様子がおかしい。何も言わない、ずっと顔を隠しているし、耳がものすごく赤い。
なのに黒鷹は黙って彼女を撫でるばかり。シーンと静まり返る。虫の音も聞こえないし、静かすぎて彼が腕を動かすたびに布団が擦れる音がやけに大きく聞こえる。
黒鷹としては寝かしつけようとしているのか?まぁ、小紅は精神的な負担もあるだろうし。
でも黒鷹本人の方が重傷だろう。つい先日、白鴇と戦ってかなり負傷したのだから。そのうえ、病も悪化。体も、そして精神も疲弊している。
休んでほしい。もう眠ってほしい。小紅はそう思っていることだろう。だがそれ以上に違う想いもある。
明日の晩、夜明けにでも新選組がやってくるかもしれない。お上からの命令で、黒鷹達鷹の翼を召し捕りに。
そうなってしまえばもう2度と、こうして同じ布団で寝ることはできない。抱きしめることも、手をつなぐことも、触れることも、言葉を交わすことも。だから、その前に――
「……だ……ふ、触れてくれないのですか?」
ついに長い沈黙を破った。妙に緊張した、小紅の震える声。彼の夜着の胸元をつかむ手に力がこもる。
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