鷹の翼

那月

文字の大きさ
上 下
299 / 386
一夜限りの

6P

しおりを挟む

 一体どんな言葉が交わされたのか、折れた土方は渋々、彼女の付き添いもとい監視のもとで全ての恋文に目を通したのだと。

 悪党の親玉である黒鷹や城の主である白鴇の時もそうであったように。彼女はたとえ相手がどんな身分の人でも物怖じせず自分を貫く。

 その心の強さが、強くまっすぐな瞳が桜鬼は好きだった。今も好きなんだ。

「今頃土方さん、くしゃみしてんな。あぁ、紅花ちゃんといえば。近藤さんも複雑そうだったよな。紅花ちゃんは死んだことになっているうえに、本当は黒鷹の嫁さんだもんなぁ」

「でも父親は夜鷹様だよ?それに育ての親って言っても、新選組にいた頃のほとんどは土方さんのそばにいたんでしょ?」

 今度は近藤か。かわいそうに、お上の前で盛大なくしゃみを披露していることだろう。

「まぁそうだけどさ。何かこう、近藤さんが紅花ちゃんを見る時の目が違って……って、土方さんみたいに熱っぽいってことじゃないぞ?わかんねぇけど、大事そうで悲しそうで、深い想いを感じたんだ」

「お、新八さんのくせに格好いいこと言うねぇー。てぇーんしゅーぅ、熱燗もう1本くれー!」

「店主、俺も枝豆を山盛りでもう2かごくれ!それで最後にする。ふぅん、深い想い、ねぇ……」

 永倉が「出さなくていいっ!」と叫ぶも飲んだくれ隊長の注文は通ってしまった。というのも、気前のいい店主が鍋の中の熱燗を手に待機していた。

 湯気が立ち上る熱燗が1本と、ゆでたて熱々の枝豆がもっさり乗ったかごが2つ3人の机に運ばれる。

 目にも留まらぬ速さで原田の手が熱燗を手繰り寄せ、そのまま直に口をつけるかと思いきや。そこはこだわりがあるのか、ちゃんと盃に注いでグイッと飲み干す。

 いい飲みっぷりだ。明日、激しい二日酔いにやられて動けなくなるのは間違いない。特大の雷が新選組の屯所に落ちるな。

 その様子を見て永倉も諦めたな。冷たくせせら笑って、両手に持った枝豆を次々と器用に口の中へ放り込んでいる桜鬼に目を向ける。こっちはこっちで。

「相変わらず、すげー食うな。畑一面分くらいは食ったんじゃないか?」

 桜鬼専用、顔より大きな大きなかごに大量のゆでた枝豆が盛られた枝豆の特盛。その、さらに大盛りのかごが永倉と桜鬼の間に2つ。

 まるで山だ。大盛り過ぎてお互いの顔が見えない。けれど、山がどんどん低くなっていく。

しおりを挟む

処理中です...