悪逆の魔法使い

こんぶ2

文字の大きさ
上 下
2 / 18
異界召喚編

第一話 出生

しおりを挟む
世界は腐っている、という人がいる。
あらゆる幸福は、あらゆる不幸の上に立っている、というものがいる。
人間が腐っていると言う人がいる。人だけではない。腐っているのは人間だけではない。モンスターや、天使、悪魔だと言う人もいる……。

少なくとも、彼が見てきた者は皆、腐っていた者ばかりだった。

麻薬密売人。陵辱癖のある男。拷問好きな女。殺人鬼。窃盗犯。反魔道士。反騎士。強姦魔……

無論、犯罪自慢等をしている訳ではない、と彼は語る。

犯罪など自慢したところで何も、自慢になどになりはしない、とも言う。

彼が言うには、悪とは意識的なものでなく、無意識的なものであるとも言う。

「あぁ、まぁ要は、この世にはあるんだよ。が」

ブラッド・リ・ディアベルは足組みをしてそう語る──







朝日が王都を覆った。
明るい日は、大きな宮殿を照らし、下にある小さな街街を照らしていた。

恵みの日光である。

王都の名は、ラディア。

ラディア国。
ラディア国は過去二千年の歴史がある、由緒ある国だ。
その宮殿内にて。

「ふむ、して、姫騎士はどこにおるかの?」

国王、ラーディール•イリヴァ。

「さぁ、わたくしも見ていませんわ」

姫、ラーディール•アロヴァ。

「…ふむ、彼女がおらんとのう」

彼女、とは、この国随一の騎士のことである。
かの大戦で大活躍した、英雄的存在だ。

その戦力は、他国としばしば争うラディア国にとっては、非常に大きなものであった。

ラディア国では、過去最強。
騎士戦においては、常に優勝。

姫騎士、アラエル•リ•ディアベル。

その戦力は、他国からは化け物と称され、魔物間では人の魔王と呼ばれる程であった。

「彼女には、自由を与えておる。あの戦力じゃし、いつでもここに駆けつけられるということを思ってな…しかし…」

ここ最近、国王はアラエルの姿を見ていなかった。

それは、異様な事態であった。

何故なら、彼女は、どんな大戦の最中でも、必ず一月に一度は国王のもとへ戻ってきていたのだ。しかし。

「むむぅ…」

「…帰って、きませんわね…」

姫、アロヴァとも、姫騎士アラエルは仲が良かった。

女性同士だから気があったのだろうか。

兎にも角にも、アロヴァもアラエルのことが心配だった。

「とにかく、わしらの兵士を以てして…」

そこで、急ぎの兵士が、門扉を開けて、国王の部屋へ、入ってきた。

それは、緊急、非常事態であった。

何故ならそんなことは、本来死刑になってもおかしくはないこと。

つまり、それほどの緊急事態、内容ということだ。

「…なんじゃ」

「あ、アラエル様が…!あの…アラエル様が…!」



それは、無残な姿であった。

残虐極まりない。

服は破れ、殆どない。
特に、女性としての性的部分。

そこが重点的に引きちぎられている。

体は殴打されて跡が残っている。が、殆どないようなものだ。

この国で彼女に傷をつけることが出来る人間はそうそういない。

そして、何より、その目が、

「生気が…ない」

死んでいる訳ではない。

しかし、目は死んでいた。




そこは。

スラム街の真ん中であった。





姫騎士アラエルは、その日非番であった。

「ふーむ」

この国は、貧富の差が他国よりも小さい。
とはいえ、もちろんスラム街が存在する。とても小さいが。

「そうだ」

アラエルは、そこへ行き、スラム街で無償の食料配給でもしようと考えた。

国王からは自由を与えられている。

つまり、この国で彼女は最も自由なのだ。

「…よしよし…と」

食料を袋へ詰め、アラエルは彼女はスラム街へと足を進めた。

「…ん、ん」

歩を進め、スラム街にて。
最も人口が多い場所へ来る。

「みなさんー、食料配給ですよー!」

アラエルは伝える。

そうして、その声から、縋るようにぞろぞろと人が集まってくる。

そうして、温かいスープなどを配給する。

「…ありがとう…ありがとう嬢ちゃん…」

涙を流し、崇拝する者さえいた。

少なくとも、そこにいた者はみな彼女のことをよく思った。

そうして、気付けば。

夜になっていた。


このとき、それは起こった。

まず、不運なことが一つ。

彼女は見た目が非常に麗しく、美人であり、スタイルも良かったため、襲われやすかった。

しかし、普通スラム街の人々でもそんなことを白昼堂々はしない。

夜であり、視界が暗くどのような人か認識がつけづらかった。

これが大きいだろう。

二つ目に、アラエルは非常に優しかった。
その優しさは、度を過ぎていた。

戦場においては不敗。
たしかに敵に対しては強いかもしれない。

しかし、自国の民には優しくなる。それがアラエル。


その夜。

暗黒の中、彼女は攫われ、そして…


「…子を身ごもった!?」

国王は驚きを隠すとか、隠さないとか、そういうことではなくて、純粋に、驚いた。不自然であり、違和感を感じもした。

そして、アラエルはそれにより、誰ともわからぬ者の子を授かった。

中絶という手もあるだろう。

だがしかし、
アラエル自身がそれを拒んだ。

「この子には…なんの罪もない…だから…せめて」

幸せに生きて、と。
国王は、アラエルを退職させた。

それは、彼女を気遣ったからかもしれない。

これから一人で子を育てていかなければいけない。

彼女は隠居し、遥か遠くへ住むだろう。

それは茨の道だろうが、しかし。

「ラディア最強の騎士ならば…」

精神的ダメージは大きくても、大丈夫だろう、と。

そうして、子供は生まれた。

男の子だった。

名前を、つけた。

「…私の、苗字だと…名前は血筋がバレてしまうから…そうね…全く変えてしまいましょう…」

姫騎士アラエルは、その子に名前をつけた。

「ブラッド…ブラッドなんていいわね…」

そうして、ここに、赤子ブラッドが誕生した。




「──とまぁ、ここまで聞いてきたと思うんだが、ちょっと変だろ?」

「変?」

「あぁ。なんで、最強、誰にも負けないような女が少し攫われたくらいで犯されるんだ?不自然極まりないだろ。というか、有り得ない」

「まぁ、確かに」

「だから、俺はこれが意図的だったと思うんだ」

「意図的?しかし何のためにですか…?」

「あ?そりゃー……」



姫騎士アラエルは、じつはひっそりと恋をしていた。

が、彼女とその男、つまりはブラッドの父親とは、身分差があった。

それ故に、アラエルはそのようなフリをして子を身篭ったのだ。

ブラッドの父親の名は、ヴァイス・ルドアリア。

後の、天上人ヴァイスの父親である。
しおりを挟む

処理中です...