【BL】キスと勃起と俺と僕

秋藤てふてふ

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キスと勃起と俺と僕

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「はぁ……」
 口からため息が漏れた。
 今朝、別れた彼女から、結婚をするのだと連絡があった。
 別れたのは、一年近く経っているので、もう、とっくに気持ちの整理は済んでいる。
 そうと思っていた。
 しかし、こうしてため息を吐いて、肩を落としているということは、自分でも無意識のうちに、彼女に未練があったのだと想う。
 
「やっぱり、ショックでしたか?」

 俺と向かい合って座っている青年が気遣わしげ話かけてくる。
 彼は、鈴風樹君。
 俺の担当のカウンセラーで、結婚を報告してきた元彼女の従兄弟。
 彼のところへカウンセリングに通うように進めたのは、元彼女だ。
 そう、俺は心の病を抱えている。
 彼女と別れることになったのは、それが原因だ。

 病名はED(勃起不全)である。


 俺がEDになった原因は分かっている。
 母親だ。
 13歳の中学生のとき、家の自室でオナニーをしている俺を見た母親は、悲鳴を上げて驚いた。
「そんな気持ちの悪いことは二度とするな!」
 と、母は、俺を怒鳴りつけた。

 その日から、母は俺の購入する本や、ネットの履歴を監視するようになった。
性をかんじさせるようなもの、女性の裸などの動画・画像などは勿論、
母の主観で、性的だと判断されたものは小説や漫画も、ドラマや映画、テレビ番組も禁止され、国営放送のニュース番組しか見ることを許されなかった。
 それだけではなく、母は、毎日俺が勃起をしていないか確かめに来るようになった。
 俺が勃起をしているのを確認すると、棒で殴りかかってきた。
 
 父が単身赴任で海外に行っていたこともあり、母の俺に対する仕打ちを止めるもの居らず、半年もたたずに、俺は勃起をすることができなくなった。


 母に毎日勃起していることを確認されている。
 ということを、誰かに話すのが恥ずかしくて、俺はこのことを、誰にも相談することができなかった。

 俺は成人し、女性と付き合うも、勃起することができないので、セックスをすることが出来ず。三十を目前にしても童貞のままだった。

 今まで付き合ってきた女性にも、理由を話すことができず、自分に魅力がないせいだと落ち込ませてしまったり、逆に怒らせてしまったこともあった。

 勿論、勃起できないのは、俺の方に責任があるのだと言ってはいたが、納得できない人も、傷つけてしまった人もいたと思う。
 
 しかし、当時の俺は、自分のことでいっぱいで、そのことに気づけなかった。

 それに気づいたのは、元彼女、美幸のおかげだ。
 彼女は俺が勃起できないことを知ると、まず病院に一緒に行こうと言ってくれた。

 俺も、母親のこと以外に自分の身体に勃起ができないことの原因があれば良いと思い、病院で検査を受けた。

 結果、俺の想いも空しく、身体的には至って健康であるというお墨付きをいただいてしまうことになった。

 精神的なものが原因だと分かった彼女は、俺に何度も、心当たりはないのかと聞いてきた。

 理由を話すことができない、と言う俺に、彼女は、

「本当のことを話してくれていないことで、私がどれだけ傷ついているのか分かっているの?」

 と、瞳に涙を溜めながら、聞き返した。

 俺はそれで、やっと、自分が付き合っている相手に対して、不誠実なことをして、傷つけてしまっていると気づいたのだ。

 俺は彼女に謝った。
 過去を話そうと決意した。

 しかし、話すことが出来なかった。
 話そうとすると、苦しくなってしまい、うまく喋ることもできなかったのだ。

 全身に汗をかいて、顔を真っ青にしている俺の様子を見ていた彼女は、もう、話さなくても良いと言ってくれた。

 俺は彼女に申し訳なくて、泣いて彼女に謝った。
 彼女はそんな俺のために、一緒に泣いてくれた。

 そして、俺に心理カウンセラーの従兄弟を紹介し、彼のカウンセリングに通うことを進めてくれたのだ。

 年齢的に子供をすぐに欲しがっていた彼女とは、別れることになったが、それでも、彼女には感謝をしていたし、幸せになって欲しいと心から願っていた。

 なのに、俺は樹君が言う通り、ショックを受けていた。

「ああ、勝手な話だけど、彼女は彼女が俺のことを待っていてくれると、勝手に期待をしてしまっていたのだと思う」

 俺の言葉に、彼はこちらが罪悪巻を覚えるほどに申し訳なさそうな顔をした。
 目に涙がたまっているように見えて、俺はぎょっとして、目を見開いた。

 樹君は、元彼女と血が繋がっているためか、男性だが、彼女によく似た面差しをしていた。
 憂いをおびたように見える、けだるげに見える目の形に、透明感のあるコーヒーのような色の目。
 屋外でのランニングを日課にしている俺と違う、日焼けをしていない肌。

 出会った頃は、頭の形がよくわかるほど髪の毛を短く切っていたが、今は顔の輪郭が隠れるほど髪の毛のボリュームが増えていた。
 長さも肩につくくらいある。
 そうなると、元彼女と見間違えそうになるくらいだった。

 彼女を泣かせているような気持ちになって落ち着かない。
 この感情はきっとそうなのだと思う。 

「先生がそこまで気にすることではないよ。俺も自分では意外だったくらいだから!」
「でも、仙堂さんは、まだ美幸ちゃんのことが好きなんですよね?」
「え? いや、美幸のことはもう、好きじゃないよ! 
 本当に、俺が都合良く、美幸は俺の病気が治るまで待ってくれているんじゃないかって、思っちゃってたんだよ!」

 俺は彼の言葉に違和感を感じる間もなく、反射で返事をしていた。

 すると、樹君は、何かに気づいたように、はっと目を見開いた。
 みるみるその顔が赤く紅潮していく。

 彼は俺を見つめたまま、はくはくと口を動かして開閉している。
 どうしたのだろうか。

「あ、すみません、取り乱して……でも、僕……」
「いや、俺が落ち込んでいるのを心配してくれたんだろう? 謝ってもらうようなことじゃないよ」
 
 樹君は、きっと、俺のことを心配してくれているのだろう、と俺は考えた。
 しかし、そんな俺の予想は大外れだった。

 樹君は、俺の返事を聞いた瞬間、瞳から涙をこぼし始めた。

 なんでだ?
 俺はそんなに何か言ってはならないようなことを言ってしまったのか?
 
「せ、先生、樹君、大丈夫?」
「すみません。すみません」
 
 俺は思わず、樹君の名前を呼んだ。
 すると、樹君は、更に涙を増量させ、口から嗚咽を漏らししだしてしまった。

 結局、その日、それ以上カウンセリングを続けることはできないからと、俺は帰らされることになった。
 
 院長は、樹君を俺の担当から外して、別のカウンセラーを担当に代えるかどうか聞かれたが、俺は次回まで考えさせて欲しいと、返事を保留にさせてもらった。
 今日一日あったことくらいで、樹君に対する信頼はなくなったりしない。

 俺が彼を信頼する理由、それは、彼が、俺が、ずっと人に話すことの出来なかった。母にされた仕打ちを打ち明けることのできた、最初で、唯一の人だからだ。

 樹君と話をしていると、自分のことを知ってもらいたい、そう思うようになった。
 そうして、彼に話すことによって、自分の過去と向き合った。
 話をして、すぐにすっきりする訳でもないし、勃起ができるようになるわけでもなかったが、自分の中で、確かに、何かが前進しているという感覚があった。

 このまま、彼のカウンセリングを受け続ければ、いつか自分は勃起できるようになり、セックスをすることが出来るようになる、と思えた。
 
 しかし、今回のことで、俺と彼との距離が、近づきすぎてしまったのではないか、とも思った。

 患者と距離をつめすぎて、相手に感情移入をしすぎてしまったカウンセラーが病んでしまったという話も聞く。

 俺に同調した結果、彼が情緒不安定になってしまったら、元も子もない。
 彼の為にも、俺は担当を代えてもらった方が良いのかもしれない。
 きっと、院長が俺の担当を他のカウンセラーにしようと言ったのも、それが一つの理由なのだろう。


「仙堂さん。この間は、本当に、すみませんでした」

 次のカウンセリングのとき、樹君は俺に謝ってきた。
 
「いや、この前も言ったけど、謝ってもらうようなことじゃないから……」
「あの、院長から担当のカウンセラーを変えないかって、聞かれました?」
「ああ、考えたんだけど、担当を変えてもらおうと思ってる」

 俺は考えた結果、他のカウンセラーに担当を代わってもらうことにした。

 たぶん、その方が、俺と樹君、二人のためになると思ったのだ。

「……っ! やっぱり、俺が泣いたから……そうですよね。引かれて当たり前ですよね」
「いや、そうじゃない。樹君には本当に感謝してるよ」
「だったら、どうして……?」
「君が俺に親身になってくれるのは、嬉しい。おかげで、俺も母親のことを話すことで、昔の自分と向き合うことが出来るようになった。
 でも、この前、君が俺のために泣いてくれたところを見て、君は俺に同調しすぎているように感じたんだ。

 君が心を病んでしまっては意味がないだ」
「……」
 俺の言葉に、樹君は眉間に皺を寄せて、瞼を閉じて、俯いた。

「……そんなの、駄目ですよ。いえ、無理ですよ。仙堂さんのことを治せるのは、僕だけなんですから……」
 
 頭の下から聞こえてくる彼の声は震えていた。
 まさか、泣いているのだろうか。

 彼からしたら、親身になって相談に応じていた相手に同情して、泣いたら、他の人間に相談するからとお払い箱にされたのだ。
 ショックを感じて当然だ。
  
「樹君?」

 呼びかけると、樹君が顔を上げて、俺に顔を寄せてきた。
 彼の端麗な顔が近づいてきて、俺の視界は樹君の顔で埋められる。
 鼻先に彼の鼻が触れる。花の匂いがする。
 顔に細く長い指が頬の肉の層を掴むと、綿よりも柔らかなものが、唇に押し当てられ、俺の唇をついばんでくる。
 
「……っ!」
「っ!?」

 キスをされているのだ。樹君に。
 そのとき、俺は、自分に何が起こっているのか、分からなかった。
 下半身がむずつくような、熱を感じる感覚が急激に集まって、ペニスに痛みが走った。

 こわい!
 駄目だ!
 このままでは、殴られる!

 身体の変化に俺は恐怖を感じ、弾かれたように、俺の身体をこんな状態にする原因である樹君のことを、突き飛ばしていた。
 
 樹君の身体が後退し、簡易机に当たる。

「……」
「……あ、ごめん」
「ふふ、僕に襲われそうになったのを防ごうとしただけなのに、どうして、謝るんですか?」
 
 俺が謝ると、樹君は笑って、それから、俺を上目遣いで見上げてきた。

 何故か、笑っているのに、睨まれているような、見上げられているのに、見下げられているような、目つきだった。
 体の奥底が冷えていく。
 母勃起をしていることを咎められ、殴られるときに感じた恐怖に似ているが、それとはまた違う感じがした。
 肌がぴりつくような、体の内側が泡立つような感じは初めてだ。

「……それは……」
「お母さんのことも、こうやって突き飛ばしたことがあるんですね?」
「……っ!」

 そうだ。
 大学を卒業して、会社に就職をしても、俺が勃起をしているかどうか確認をしてくる母親に、とうとう我慢が出来なくなって、俺は母親を突き飛ばした。

 新しい環境の中で気を張る生活を送っていた疲れで、自分の感情を抑えつけることが出来なくなっていたのだと思う。

 母親ははじめて自分に抵抗してきた息子に恐怖していた。

 悲鳴を上げて、殺さないでくれと、自分は悪くない。
 父が悪いのだと、単身赴任先で不倫をして、帰って来ない父親を責めていた。
 
 それから母親は俺にしきり怯えるようになり、俺が家にいる間は、自分の部屋から出て来なくなった。
 俺は大学の先輩に頼んで部屋を借り、実家を出た。

 母は、会社に就職したとき、俺が家を出て、一人暮らしをしようとしたとき、反対していたが、もう、反対しなかった。

 というか、部屋から出て来ないから、会話のしようがなかった。
 たぶん、早く出て行って欲しかったのだと思う。



 息苦しい。
 母親のことを思い出すのは、一日仕事をした後よりも精神的な疲れが酷い。
 頭痛はしないが、頭がふらふらして、酸欠になったようだ。
 

 足元がふらつく俺を支えるようにして樹君が俺の胴に手をまわして、椅子に誘導して座らせる。

 そして、その手をまたキスをしたときと同じように、頬に添えた。
 俺に視線を合わせさせ、目の動きも逃さないように、見つめてくる。

「ねぇ、仙堂さん。今、勃起しそうになったんでしょう?」
「……たぶん」

 樹君に、嘘をつくなど、無駄なことだと思ったので、俺は素直に答えた。

「勃起しそうになって、お母さんに暴力を振るわれたときのことを思い出して、怖くなって、それで、僕のことを突き飛ばしたんでしょう?」
「……そう、だよ」
「仙堂さん。これで、分かったでしょう? 
 貴方のことを、勃起させられるのは、僕だけなんですよ」
 
 樹君は、小さい子供に言い聞かせる母親のように柔らかく、優しい口調で、俺の耳に声を吹き込んでくる。

 確かに、美幸とキスをしたとき、さっきのように、下半身やペニスが反応することはなかった。

 母親のことを話すことができたのも、彼だけだった。
 きっと、彼の言う通り、俺を勃起させることができるのは、彼だけなのだ。
   
「仙堂さん。担当を他のカウンセラーに代わってもらうのは、構いません。でも、これからも、週に一回でも良いから、僕と会ってください。
 絶対に、啓さんを、最期まで勃起させて、セックスできるようにしてあげますから」

このとき、俺は、勃起ができるようになるとか、セックスができるようになるという自分の目標のことはどうでもよくなっていた。

ここで断れば、きっと、もう、彼とキスをすることは出来なくなる。
そのことで頭がいっぱいだった。

「……分かった」
「良い子ですね」

 俺が了承して、頷くと、樹君は満足そうに瞳を細めて、俺を褒めながら、指で俺の頬を撫で、唇にキスをしてきた。
 そのとき、また下腹部が疼いたような気がした。

 結局、俺は、院長先生にカウンセラーの担当を変えてもらうのを止めた。



 次の週の土曜日、樹君は、俺のマンションへやって来た。
 前回のカウンセリングのこともあり、俺は、緊張しながら玄関の扉を開けたが、彼は、先週のことなど忘れてしまったような態度で、俺に接してきた。

「こんにちは、お邪魔しますね! 啓さん!」

 何故か、樹君のテンションが高い。目はらんらんと光を照り返していて、顔もほんのり赤く、鼻息も荒い、熱でもあるのだろうか?
 
 俺が尋ねると、彼はここまで自転車で来たからだと答えた。

 上着を脱ぐ樹くんの背中に、視線がくぎ付けになってしまう。
 肩を出すデザインの服は彼の体の線と肌を強調して見せてくる。男性であるにも関わらず、ムダ毛がなく、体の線も細い。

 思わずじっと樹君の背中を見つめていた俺は、上着を脱ぎ終わった樹君が振り返ったことに驚いてしまった。

「これ、どこかに掛けておいてください」
 
 手渡された上着からも、花のような良い匂いが香ってくる。
 体が火照ったように熱くなって。心臓が脈打つ振動が頭に響くようだ。
 下腹部がこの間、樹君とキスをしたときのように、熱を持ち始めている。

 ダメだ。
 駄目だ。
 勃起してはダメだ。

 それに気づいたのは、母親に殴られたときの恐怖が、記憶が、俺に警告してきたからだ。
 熱くなり始めていた体が一気に冷えていくような感覚に、筋肉が硬直する。

「どうしたんですか? 啓さん」
「い、いや、なんか良い匂いがして……体が……ご、ごめん。変なことを言ってるな、俺」
「いいえ、嬉しいです」
「え……?」
「啓さん僕を見て、ドキドキしてくれているんですよね?」
「あ、うん。あ、い、いや、それは、その……」
「正直に言ってください。これは治療なんですから、ちゃんと啓さんの状態を教えてくれないと、僕、困っちゃいます」
「……胸がドキドキして、ペニスがむずむずする……」

 そして、自分に警告される。
 そう言う前に、樹君が言った。

「嬉しい。僕にドキドキしてくれているんですね?」
「あ、うん」
 
 嬉しいと言われて、俺を警告する声が小さくなった。
 体が熱を取り戻し、熱くなる。それに筋肉の硬直がとけた。
 

「すっごく、ドキドキしてる……!?」
「啓さん、僕のこと、抱きしめてください」
「え? え?」
「これも勃起して、セックスできるようになるための治療、訓練ですよ」
「あ、ああ、うん」
 俺は樹君の身体に自分の腕をまわす。
 心地の良い温もりと人の肌の柔らかさに鳥肌が立つようだった。

「良く出来ました」
「……」
「啓さん。僕にされて、どういう風に感じるか、どういう気持ちになるか、言ってくださいね」
「わ、わかった」 
「あ……」

 俺が頷くと、樹君が、ご褒美のようにキスをしてくる。
 俺の唇にあたる柔らかい、樹君の唇。
 あのカウンセリングの後、樹君とのキスを思い出すたびに、自分の唇を合わせ、口の内側から歯で噛みしめて、その感触を再現しようとしていた。 

 舌を絡ませ合う。樹君の唾液を口に含むと、息が上がり、また体温が上がったような気がした。

 自分も夢中になって、舌を使って樹君におくりながら、舌を絡ませる。
 お互いに息が上がって、鼻息が入り乱れて、樹君の匂いを感じて、俺は自分から樹君に口づけようとした。

 すると、樹君が掌で俺の唇を受け止め、やめさせた。

「僕とのキスは気持ち良いですか?」
「気持ち良い。すごく……興奮している」
「素直に言えて、良い子ですね」
「……ああ」

 樹君に褒められて、俺は泣きそうになる。
 嬉しくて仕方がなかった。
 

「ご褒美が欲しいですか? 僕とキスがしたい?」
「したい、キスして」
「駄目ですよ。もっと気持ちよくなるまで、僕が良い、って、言うまでお預けです」


 言って、樹君は妖しげで、美しい微笑みを浮かべ、俺を絨毯に押し倒した。

 ちゅ、ちゅ、と音をたてながら、唇で俺の首筋をたどり、軽く歯をたてたる。
 そうしながら、俺のワイシャツのボタンを外した。

「ふわっ」

 掌で胸の溝をたどるようにして、撫で上げられる。
 ぞくぞくと背筋を神経が震えるような感覚に、体が震えた。
 一緒にインナーを持ち上げられて、そのまま、その下の胸にも唇が落とされる。
 乳首を噛まれた瞬間、顎が震えるような感覚に俺は体をのけ反らせて、声を上げた。

「あぁっ!」
「可愛い。可愛いですよ。啓さん」
「あ、ああ、樹君……キスを」
「まだ駄目、気持ちよくなってないでしょう?」
「気持ち良い。もう、十分気持ち良いよ」
 
 乳首を噛まれて、女性のような反応をしているのだから、もう、十分に気持ちよくなったいるのではないだろうか。
 実家を出て、自分で勃起できるようになろうと、少しでも興奮して勃起できればと、アダルト動画のサイトを見たりした。
 そのビデオの中の女性の反応と俺の反応は似ていたと思う。

「駄目です。どう、気持ちが良いんですか? もっと詳細に、感じたことも、きちんとお話してください」
「……樹君に、褒めてもらうと、とても嬉しくて、泣きたいくらい幸せになる。
 体を吸われて、噛まれて、撫でられると、君とキスがしたくてしょうがなくなるんだ」

 
「ああ、もう、本当に可愛い人ですね! そんなこと言われたら、キスしたくなっちゃうじゃないですか!
 でも、まだ駄目、駄目ですからね」

「だって、もっと気持ちよくなるには、ここを、気持ちよくしてあげないと……」
「だ、ダメだ!?」

 樹君はそう言いながら、俺の股間を手でまさぐってきた。
 その瞬間、俺は反射で声をあげて、樹君の肩に手をやっていた。
 この間のときのように、体が勝手に樹君を自分の体から離そうとする。
 
 駄目だ。これ以上、気持ちよくなったら、彼に触られたら、勃起してしまう。
 駄目だ。と、記憶が俺に訴えかける。
 
 体の中が寒いのに、熱い、異常な体の状態に、立ち眩みを起こしたような感覚に、俺は目をまわしそうになっていた。

「啓さん。大丈夫、貴方は何も悪くないです。言ったでしょう? 気持ちよくなるまで、キスはお預けだって、気持ちよくなった、ご褒美にキスをあげるんです。

 ご褒美は良いことをした人にあげるものです。分かるでしょう? 貴方は気持ちよくなって良いんです」

 樹君の言葉に、俺の腕から、手から力が抜けていった。
 俺は樹君をじっと見つめていた。
 俺も、樹君を見つめていた。
 樹君の頬はほんのりと赤くなっていて、そして、とても優しい目で俺を見て、それから、視線を股間へ向けた。

 もう、俺を警告する声は聞こえなくなっていた。
 俺の腕の力が抜けたのが分かると、樹君は、そっと、俺のズボンに手をかけ、ズボンのチャックを下ろし、下着をずらして俺のペニスを取り出した。
 弾力のない太い魚肉ソーセージのようなそれに、樹君の指がからんで、へたりと曲がりそうになるのを支えてくれる。

 それが視界に映ると、ずんずんと下腹部の奥が疼いている。ペニスに痛いほどの刺激が走る。まるで、神経に電気を流されているような感覚だった。

「ああ……」
「すごい、まだ勃起してないのに、すごい大きいじゃないですか、それに、ちょっとぴくぴくしていますね? ふふ、感じているみたいですね。良い子良い子」
「あ、……ああっ!」

 樹君は体をかがめて、俺のペニスを褒める。それで、俺の下腹部と、ペニスの疼きは頂点になった。その瞬間をを見計らったように樹君は俺のペニスを一気に口にほおばった。

「あ、ああ、あああああっ!」

 ペニスの亀頭から竿の先端が暖かく、やわらかい粘膜と肉に包み込まれる。
 表皮から伝わってくるその感触は、俺に今まで感じたことのない感覚と衝撃を与えた。
 まるでペニスが爆発したような感覚だった。
 痛いと感じるほどの、しかし、腰が震えそうになる、なんとも言えない浮遊感。
 それが快楽なのだと、記憶が蘇ってくる。

 この感覚は、中学のときに、自分の下腹部に感じた違和感と、そして、初めてオナニーをしようと、自分のペニスを握って擦ったときに体験したものだ。
 それよりも、ずっと刺激が強いが。

「気持ち良いですか? 啓さん」 
「あぁっ、んんっ、き、気持ち良い……ああっ!」

 ペニスの先端を口にほおばったまま、樹君が俺に尋ねてくる。
 俺はうまく返事をすることも出来ず、こくこくと樹君の言葉に頷いていた。

 体がもっと快楽を得ようと、勝手に腰を揺らす。樹君の喉奥を突いてしまい、樹君はむせこんでしまった。
 一瞬、大変なことをしてしまったと青ざめかけた俺に、樹君はペニスを口から離して、微笑んだ。

「大丈夫、啓さん。見て下さい。ちゃんと勃起できましたね」
「あ……」

 樹君が俺のペニスを指さす。
 俺のペニスは何にも支えられることなく、天を仰いで反り返っていた。
 俺のペニスは勃起していた。

 記憶の中にある、中学生の時に見たものと大きさは比べ物にならないが、同じものが自分の股間にそそり立っている。

「あ、ああ……」
「良い子。良い子ですね、偉い偉い」
「うわあああ」

 俺は、俺の頭を撫でる、樹君を抱きしめていた。
 胸から出てくる温かい感情が瞳からこぼれて落ちる。
 歓喜の涙を流す俺を、樹君は優しく抱きしめ返してくれた。
 
「啓さん。これで終わりじゃないですよ。勃起不全の治療は、ここからですからね」
「え? 樹君?」

 樹君は抱擁を解くと、勃起した俺のペニスを口へ、更に喉奥まで招き入れた。
「あぉおぅう!?」

 ペニスの中頃までが温かい粘膜と肉に包まれる感覚に、俺は犬の遠吠えのような声を上げた。
 樹君は喉を震わせ、俺を見る。

 その柔らかい笑顔に、俺の胸は、どきりとはねたようだった。
 樹君が体を動かして、俺のペニスを口と喉を使って、扱いてくる。
 ぬちゅぬちゅぐぽぐぽと、体液がペニスによって空気と攪拌される音が響く。
 ペニスから与えられる快感が腰から、頭へ駆けのぼった瞬間、俺の頭は真っ白になっていた。

「ああ、あ、あああん!」

 ペニスから何かが出ている。
 尿道を、何かが渦をかくようにして排出されていく快楽の感覚に、俺は腰を揺らしていた。

 人生はじめての射精だった。

 最後まで精液を出し切ると、樹君は中に残っていた精液を吸い上げた。
 その感覚に俺は悲鳴のような声をあげた。

「啓さん見て……。ふふ、いっぱい出ましたね? もしかして、射精をしたのも、初めて?」
「う、うん……」

 樹君は俺に向かって、口を開くと、舌の上に盛った白い粘液を見せる。

 俺の精液は十数年間ため続けてきたためか、なんだかみょうにもっこりしているというか、ゼリーのようにふるふるとしている気がした。
 というか、俺の精液を舌の上にのせて、微笑む樹君の姿に、俺はなぜか面白くないという感情を覚えていた。

「早く吐き出しちゃいなよ。汚いだろう?」
「何言っているんですか、汚いわけがないでしょう?」
「え、ああ……!」

 樹君が桃色の唇を閉じる。緩やかなカーブを描く喉仏が動いた。俺の精液を飲んでしまったのだ。

「ああ、ずるい!」

 俺は自分が言った言葉を一瞬理解できなかった。

「……啓さん。もしかして、自分の精液飲みたかったんですか?」
「違う! 違う! 違う!」

 樹君が複雑な表情で、俺を見つめてくる。
 違う、誤解だ。そんなつもりで言ったんじゃない。
 俺は慌てて、弁解のために口を開いた。

「気持ちよくなったら、俺がキスする筈だったのに、精子が先に君とキスをしたことが面白くなかったんだ!」

 何を言っているんだ俺は。
 俺は頭を抱えた。

 こんな意味不明なことを自分が口走るとは思っていなかった。
 でも、この、面白くないという感情は、俺が今言った言葉が一番合っている。

 そうだ。俺は精液に嫉妬したのだ。
 そうなる理由は分かる。29年間生きてきて、童貞だが、恋をしなかった訳ではないのだ。
 まさか、もしかしなくても、俺は、彼が好きなのだ。

「すみません。啓さん。ご褒美のキスしましょう?」

 俺はおかしそうに笑う樹君に口づけ、深く舌を絡ませた。
 自分の精液のにおいと味が面白くなくて、俺は唾液を大量に出して、舌で樹君の舌や歯、口腔を洗いだした。
 
 

 僕は鈴風樹。カウンセラーだ。
 僕は、仙童 啓という男性に片思いをしている。

 仙堂さんのことを知ったのは、父方の従妹の美幸ちゃんに彼氏だとスマホの写真を見せてもらったとき。
 僕は一目で啓さんのことが好きになった。

 むっちゃタイプだった。がっしりしたスポーツマン的な鍛え上げられた体も、精悍な顔つきも、ちょっと日に焼けた肌も、ドストライクだった。
 しかし、彼は美幸ちゃんの彼氏、僕の恋は始まる前から終わっていた。

 だが、そんな僕に、転機が訪れる。
 美幸ちゃんが、啓さんと別れたのだ。
 原因は仙堂さんの心因性によるところの勃起不全。

 年齢のことを考えて、早く子供の欲しかった美幸ちゃんは、泣く泣く啓さんと別れた。

 しかし、仙堂さんのことを心配して、彼に僕を紹介し、僕の務めるクリニックに、啓さんは通うことになった。
 美幸ちゃんには申し訳ないけれど、嬉しかった。

 初めて出会ったとき、僕は全身に電気が走り抜けていくような衝撃を感じた。
 この人のことが好きだと、改めて実感した。

 それから、僕は啓さんに心を開いてもらおうと、彼を徹底的に調べ上げ、そして、彼の自分の知識を更に深め、啓さんの信用を勝ち取った。

 そして、啓さんから過去、母親に虐待を受けたことが原因で勃起できなくなったことを知った。

 僕は反省した。
 精神科のクリニックに通うくらいだから、何かあることを分かっていたはずなのに、僕は啓さんの苦しみをちっとも考えていなかった。
 どうやって、僕の気持ちを啓さんに伝えよう、僕を受け入れてもらおうと考えるばかりだったのだ。

 僕は、償いとして、たとえ、自分の気持ちが受け入れられなくても、カウンセラーとして、必ず啓さんを勃起させることを誓った。
 
 はずだったのだ。
 それなのに、僕は、美幸ちゃんが結婚するという報告を聞いて、落ち込む啓さんの姿にショックを受けた。

 更に、啓さんは、僕を恋愛対象とすら見ていないことを思い知らされて、僕は思わず泣いてしまった。
 院長に啓さんに入れ込みすぎていると指摘され、注意を受けた。
 もし、この調子が続くようなら、担当をやめるべきだとも言われた。

 違う、僕は自分のことしか考えていなかったのだ。

 啓さんを必ず救う、勃起させてみせると思いながら、僕は結局自分が啓さんのことを好きな気持ちの優先順位を一番上にしていた。
 それを思い知り、僕は、開き直った。

 だって、もう、調子を戻すことなど、出来そうにないから。

 だって、僕は、何を考えようと啓さんが好きなのだから。
 だから、自分勝手に、自分の気持ちを啓さんに押し付けることにした。

 啓さんの初めての男になろう、童貞をもらうおう、と決めた。
 啓さんの初めての男になれれば、たとえ拒絶され、失恋しても、その心の痛みをやわらげられると思った。
 
 僕でなければ、啓さんを勃起できないと思うように誘導し、僕を啓さんの部屋へ招き入れるようにした。
 そして、今までかき集めてきたすべての知識をフルに使い、啓さんが”褒められることに安心感を覚えることを見抜き、
 それを使って、啓さんのを勃起に対する不安を消し、安心して勃起させることに成功したのだ。

 後は、啓さんに最期の治療だと言って、挿入させてもらうだけ。
 それで、僕の目的は達成される。
 
 でも……僕は……。
 
「啓さん……あの、最後までさせてもらっても、良いですか?」
「樹君……ダメだよ。今更かもしれないけれど、いくらなんでも、恋人でもない君に、そこまでしてもらうことなんて、出来ない」
「して欲しいんです。僕、貴方のことが好きなんです」
「え?」

 僕は、そうは出来なかった。
 だって、僕は、啓さんが好きだから。

「本当は、僕、貴方のこと好きで、啓さんがまだ美幸ちゃんのことを好きなのかと思ったとき、すっごく悲しかったんです。
 それで、そのとき、僕の気持ちが貴方に分かってしまったんじゃないかって、おそれていました。
 でも、貴方にとって、僕は恋愛対象にすらなっていない、なんでもない存在だっ分かって、それが、本当に悲しくて……」
「樹君……」

 仙堂さんが僕の名前を呼ぶ、でも、僕は仙堂さんに視線を合わせることができなかった。
 キスをするために、抱き合った姿勢で、仙堂さんの肩に頬をつけながら、僕は自分の気持ちを話し続ける。

「このままお別れになるくらいなら、貴方の初めての男になってやるって決めたんです。貴方が初めて抱いた相手が自分なら、お別れしても、辛い気持ちを慰められると思って……」
「でも、そうしないでくれたんだね? キスをさせてくれるって言えば、俺はきっと君のことを抱いていた。君はそれを分かっていながら、僕に聞いてくれたんでしょう?」
「だって、僕、啓さんのことが好きなんです。本当に好きなんです。啓さんに僕のことを好きになって、それで、身も心もつながりたい。そう思ってしまったから……」

 啓さんが僕の頬を掌で挟んで、僕と視線を合わせさせる。
 僕の頬に唇を寄せて、優しく吸い付いた。
 僕は、涙を流していたようで、啓さんがそれをぬぐってくれたのだ。

「……ありがとう。すごく嬉しいよ。付き合おう……」
「……っ! 良いんですか?」

 僕がかすれた声で尋ねると、啓さんは笑って頷いた。

「うん、俺も、君が好きだよ。だって、そうじゃなかったら、君にキスして欲しいと思うわけがない。勃起するはずもないじゃない、ましてや、自分の精液に嫉妬するわけがない」

「嬉しい。本当に嬉しいです……っ!」

 僕は嬉しくて、啓さんの唇に自分の唇を重ねる。
 啓さんも僕のキスに答えて唇をはみあわせ始めた。
 僕たちは繋がりあった愛と喜びの言葉を交わしあう代わりにキスをしていた。

 そうしているうちに、僕は自分の太ももにあたる温かい肉棒の感触に気づいた。
 先ほど出したばかりなのに、啓さんのペニスは再び勃起復活していた。

「もう、こんなに大きくなっちゃたんですか?」
「樹君とのキスが、気持ち良すぎるせいだよ」

 驚く僕に啓さんは恥ずかしげもなく、いい笑顔を浮かべて言った。
 僕は笑ってしまった。

「ふふ、正直に言えて偉いですね。そうしたら、またキスをしてあげなくちゃいけないですね。
「ちゃんと準備してきましたから、挿れて大丈夫ですよ。どうやって挿れたいですか?」

 コンドームを啓さんのペニスに装着してあげながら、僕が聞くと、啓さんは、またキスを、今度は僕の額にした。
 啓さんはキスが好きだ。

「キス、しながらしたい」
「本当にキスが好きですね。わかりました……この体勢で、挿れますね」

 僕は履いていたボトムスとインナーを脱いで、絨毯の上に座った啓さんと向き合うようにして、太ももを跨ぐようにして、しゃがんだ。
 お尻にコンドームを着せてあげた啓さんのペニスが当たっている。
 そのペニスの先端をそっと自分のアナルの入り口へ押し当てた。

「樹君、好きだよ」 
「僕はもっと好きですよ」
「そのうち追い抜かすさ」
「せいぜい遅れないようにしてくださいね」

 ちゅっ、と音をたてて啓さんとキスをする。
 僕はノをかくようにして、腰を落とし、啓さんのペニスを一気にアナルの奥へ導いた。

 啓さんのペニスは僕の指四本分はあろうかと思うほどのとんでもない極太のビックサイズだったが、
 僕の前準備と、アナルに仕込んだローションとコンドームに塗布されたローションの潤滑ジェルに助けられて、挿入はスムーズにいった。
 みっちりと後孔が押し広げられ、性感帯が腸越しに刺激されて、粘膜をこすり上げられる。

 ああ、すごい、挿れただけなのに、達っちゃいそう……。
 
 ずっと片想いをしていた相手と、両想いになった喜びと、その人のはじめてをもらえたことで、僕は最高の気分だった。
 僕は嬌声をあげながら、啓さんの名前を呼んだ。
 
「あ、あああん。啓さん」
「はぁっ、ああ、あ、ごめん。樹君、大丈夫?」

 啓さんも初めての挿入に、いや、僕の体に、感じてくれているようだった。
 最初、挿入したとき、腰がゆれていた。
 僕を気遣うために、それを止めてくれたのだ。
 初めてセックスをして、余裕なんてない筈なのに。

 僕は嬉しくて、愛しくて、啓さんにキスをする。
 唇に軽くするだけだったのに、啓さんはそれでは足りないと、また舌を絡ませ合う。
 そして、どちらともなく、唇を離した。つぅっととろけた透明な光の橋が二人の唇にかかった。
  
「ふあ……大丈夫です。啓さん、僕の中、気持ちが良いですか?」
「ああ、もう、射精をしてしまいそうだ」
「ふふふ、もっと我慢した方が気持ちよく射精できますよ。さぁ、動いてください」

 僕が啓さんに向かって頷くと、啓さんは止めていた腰を動かし出した。
 僕も、啓さんの動きに合わせて腰を揺らす。
 ぱちゅぱちゅと肉と肉がぶつかり合う音をたてながら、啓さんのペニスが僕の中で暴れまわる。
 僕の体の中は、啓さんのペニスの動きを抑え込むようにして、きゅうと窄まった。

「あっ! あっ! 樹君! 樹君!」
「っ……はぁっ! 啓さん。好き! 好きぃっ!」
「樹君、俺も好きだよ。もっと……言って!」
「良いんですか? 言っていたら、キスできませんよ?」
「キスもして」
「ふふ、素直な良い子には、ご褒美をあげないといけませんでしたね」

 僕たちはまた笑い合って、キスをした。
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