【完結】死の運命を変えたい吸血鬼令嬢は、幸せな結末をあきらめない

夏芽みかん

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【3】背後にいる存在

55.背後にいる“何か”の存在

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 お父様と連れ立って屋敷に帰ると、玄関に灯りを持った女が、幽霊のように立っていた。ぼんやりとした光に金髪の髪が照らされる。

「グレッグ……目を覚ましたらあなたがいなくて……、一体どこに行っていたの」

 彼女はグローリアだった。彼女の表情は、今まで見たことがないような弱弱しい、何かにすがるような表情だった。でも、私に気づくとすぐに、いつものきつい目つきに戻った。

「グウェンとカミラと、少し話し合いに行っていたよ」

「お母様と? 何について?」

「今後のことについてだ」

「私、何も聞いていないわ!」

 こちらに駆け出してきたグローリアの身体がぐらりと倒れる。お父様はそれを受け止め、彼女を抱き上げると、子どもに諭すように言った。

「――寝ていなさい、と言っただろう」

「私は平気だわ。もう血を飲んでも大丈夫よ」

 彼女はお父様の首に手を回すと、抱きつきながら呟く。

 ――グローリア体調悪いの? 舞踏会の時以来、姿を見ていないとは思ったけど。

 元々彼女はそんなに私たちの前に姿を現さないから、わからなかった。

「もう夜だよ。君は寝ないと」

「嫌よ、グレッグ。貴方がいないと」

 その駄々っ子のような口調に私は顔をしかめた。私や――周りに向ける態度と余りに違い過ぎて。

「私も行くから」

 お父様は私に目配せすると、グローリアを抱き上げたまま階段を上って行く。
 
 ――ナタリーの記憶を継いで、代々お父様に好意を抱くのだとして――そんな気持ちが何世代も累積していくとどうなるのかしら。

 ぞわっとした感覚を覚えた。ナタリー、ミカエラ、リーシャ、グウェン、グローリア、代々の彼女たちの姿を思い出す。いくら感情を引き継ぐっていったって、それぞれ別の人間だ。思う感情は様々だろう。一方で、お父様はずっと変わらずにそこにいる。変化する感情は変わらないものを相手に、世代を越えて累積して――どうなるの?

『――ルシアをさらって強制的に吸血鬼にして、俺たちに協力させたいとして、それをやりたいのは誰だろう。ルシアが鍵になるって知っていて、この体制を続けたいのは?』

 いつかのエリオットの言葉を思い出す。

「……ナタリー?」

 私は、もうこの世にいない初代女王の名前を呟いた。魔女の一族と周辺領主に故郷を燃やされ、嫁ぎ先で魔女として告発され、子どもを犠牲にし、何とか生き延びた可哀そうな女性。私たちと一緒に今のアラスティシアを作り、また娘を産み、人間としての生を全うし死んだ彼女は、今も形を変えて、継承される記憶という形で娘たちの中に存在している。

 人狼や吸血鬼が存在するように、この世には人ならざる存在があるのだから、例えば幽霊やそんなものもいたっておかしくはないはずだ。リアーナをおかしくしたのは、同族――吸血鬼――だとばかり思い込んでいたけれど。もっと別の存在ってことはない?

 冷たい夜風が頬をなでて、私は周りを見回した。

「カミラ?」

 エリオットが奥から顔を見せた。私は考え込んだまま、聞いた。

「エリオット、あなた、幽霊を見たことある?」

「何だよ、急に」

 急な質問に狐につままれたような顔をしている。

「――俺たちみたいな存在がいるんだから、そういうのも、いるんじゃないか」

「見たことある?」

「ないけど」

 ――そうよね。私も見たことないわ。大体ゲームにも、ナタリーの幽霊なんて出てこなかったし。

 ゲームの中で吸血鬼側の明らかな悪役は私、カミラだ。ルシアを私たちの生活を脅かす存在として殺そうとする。彼女の幼馴染の少年や少女を吸血鬼に変えて襲わせたり……。

「そんな遠回りなことする必要ある?」
 
 私は思わず大きな声を出した。エリオットがびっくりしている。

「何がだよ」

「私がルシアを殺す気だったら、簡単に殺せるもの」

 そう。たかが16歳の人間の少女だ。爪で切り裂くなり、首を噛みちぎるなりすれば、簡単に殺せる。あえて周りの人間を吸血鬼に変えて襲わせる必要なんてある?

 ――まあ、物語の演出としては盛り上がるわよ。彼女を襲えないと幼馴染が自我と葛藤する場面は。だけど、演出なんて実際の私たちには関係ないじゃない。

 人を1人吸血鬼にするのは大変だ。相当量の血を与えないといけないので、血を与えた吸血鬼も動けないくらい消耗する。ただでさえ、お祭り用に血を抜いて貧血状態のカミラがそんなことするかしら。自分で襲った方がよっぽど早いわ。

「……何を、物騒なことを言ってるんだ」

 エリオットが怖い顔をしている。

「だから、私には殺す気はなかったんじゃない? ルシアを吸血鬼にしたいなら、いったん別の吸血鬼に血を抜かせないと、できないから。彼女は≪聖血≫の持ち主だから、血をいったん抜かないと、吸血鬼の血を与えても効果が消されてしまうわ。でも、自分で血を抜こうとすると、たくさん吸い過ぎても操られちゃうでしょう。私みたいに、自分の意志でやる場合は別だけど、≪聖血≫の持ち主を吸血鬼にしたいなら、吸血鬼が2人はいないと」

 そう、私も吸血鬼になった時、あの男にかなり血を抜かれた状態で、自分の意志で彼を操り吸血鬼の血を入れさせたから、なれたんだわ。
 
 つまりは、ゲーム内でルシアを襲ったカミラも、もしかしたら、ナタリーの亡霊かわからないけれど、その『何か』に操られていた……ということは、あり得ないかしら?

「わかるように説明してくれよ」

 エリオットが私の肩を揺さぶった。

「――リアーナをおかしくしたのは、吸血鬼じゃなくて、ナタリーの霊的な何かじゃないかしら……って思ってしまって」

「ナタリー? 彼女は、死んでるだろ」

「彼女自身ではないかもしれないわ。――でも、グウェンやグローリアの中に蓄積した、ナタリーの記憶か何かが、そうしたのかも。だって、誰よりも『このまま』を続けたいのは、彼女だもの」

「……それは霊なのか?」

「それを霊って言っていいのかわからないけど。何か、そんな感じの存在が――後ろにいるんじゃないかしら」

 私たちは顔を見合わせた。エリオットが唸った。

「そういうものが、もし、いたとして……それは、目に見えるものなのか?」

 そこなのよ。何となく、後ろにある『何か』に思い当たったものの、それはあまりにもぼんやりとしていて形がなかった。何をどうすればいいのか、見当がつかない。

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