【完結】あいつと彼女の「嫌なところリスト」を書こうとした日

夏灯みかん

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(後)あいつと彼女の「嫌なところリスト」を書こうとした日。

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「藤村さんと付き合うことになった」

 そう爽太から聞いたのは、年明けに家族と一緒に近所の神社に初詣に行った時だった。
 爽太も家族と一緒に神社に来ていて、顔を合わせた僕らは、屋台の焼きそばを食べながら話をした。

「連絡先聞かれたじゃん。あれから、何回か遊んで、クリスマスの時に告られた」

 と爽太は「今日はいい天気だ」と同じ温度で話した。

「大人しそうな子だなって思ってたけど、意外と積極的なの、ぐっとくるよなぁ」

 藤村さんは、決して『大人しい子』ではない。
 彼女は、意思の強い子だ。自分の決めた方向へ、ずんずん進んでいく。
 彼女の向かう方向には爽太がいて、僕は、それを後ろから見ることしかできなかった。
 焼きそばの味がしなかったが、僕はうなずいた。

「そっか」

 藤村さんからは、年明けの部活の時に話を聞いた。

「爽太くんと付き合い始めたんだ」

 また二人で部室で残業して絵を描いている時。他の部員が帰るとすぐに、ワクワクするような、遠足の前日の小学生みたいに藤村さんは僕に言った。
 
「――言ったのは、橘くんが初めてだけど。爽太くんはね、あんまり周りに言いたくないみたいで」

 少し視線が落ちていた。確かに爽太と藤村さんは、一見親しくなる接点がない。
 二人がどういう経緯で付き合うことになったのかは、それなりに関心ごとになるかもしれない。爽太の元彼女の佐々木さんは、爽太と同じクラスだし、わいわいとした雰囲気にならないよう、気を遣ったのかもしれない。

 キャンバスに描いていた空想の花壇の花をうっかり緑で塗ってしまったけれど、僕は「良かったね」とうなずいた。――それから、言葉を付け加えた。

「爽太は、言いたくないとか、そういうのじゃないと思うよ」

 藤村さんは「そうだね」とうなずいた。

 ◇

 藤村さんと爽太の付き合いは順調なようだ。
 爽太は藤村さんを「綾」と呼ぶようになった。
 藤村さんのフルネームは「藤村 綾」という。綺麗な名前だ。
 
 「伊東くんと美術部の藤村さんって、付き合ってるってほんと?」とあまり話したことのないクラスの女子に聞かれた。二人が付き合っていることは、自然な感じで浸透してきていた。

 爽太はすごい。藤村さんと付き合っているのに、舞い上がっていない。彼女も二人目になるとそういうものなのだろうか。1人目の佐々木さんのときも爽太は別に舞い上がってなかったけど。僕だったら、藤村さんと付き合ったら、睡眠不足になったり、わけのわからないことを口走ったり確実に挙動不審になると思うけど。

 爽太と話すときに顔を赤くして早口になる藤村さんを見て、僕は少し冷めた気持ちになった。それは、僕が想像する、藤村さんと付き合えたとした僕の姿のようで、少し滑稽に思えたからだ。

 僕は相変わらず、藤村さんが予備校が休みの日に部活に残って絵を描くのに付き合った。そうすると、爽太が帰りに寄るようになった。僕らは3人で帰る。――そして、乗り換え駅で、藤村さんと爽太と別れる。二人はこの時間に、ゆっくり二人きりで過ごすことに決めたみたいだった。

 春休みも目前に迫った3月。僕はまた藤村さんと美術室に残っていたけれど、今日は爽太が来なかった。

「あれ、今日は、爽太は?」

 そう聞くと、藤村さんは視線を落としてつぶやいた。

「――今日は、来ないと思う。ちょっと、喧嘩しちゃって」

「喧嘩?」

「……うん。爽太くん、最近、あんまり私と話さなくなっちゃって……、なんか、私ばっかり話してる感じになっちゃってるなって思って……」

 藤村さんは筆を置くと、下を向いてしまった。

「……私と話してても、つまんないのかなって思って……、『あんまり話さないよね』って、問い詰めちゃった……」

 その光景が目に浮かんで、僕は瞬きをした。
 背中を丸める彼女に声をかけようとして、言葉を飲み込む。
 一瞬頭に、良からぬ考えが浮かんだ。
――“これは、チャンスじゃないか?”と。

「こんなこと、言われても困るよね。ごめん」

 藤村さんはそう言って無理に笑うと、また筆を握った。
 僕らは無言で絵を描いた。
 その日は結局、爽太は部室に来なかった。

 ◇

 僕は家に帰ると、自分の部屋で机に座って肘をつき、背中を丸めてうつむく藤村さんの姿を思い出した。

 爽太と元彼女の佐々木さんが別れた原因も、藤村さんが言っていたようなことだったと記憶している。爽太から聞いた話だ。爽太は佐々木さんに「私のこと好きじゃないんでしょ」と急に言われてフラれたと言っていた。推測だけれど、佐々木さんも藤村さんと同じようなことに怒ったんじゃないだろうか。


 僕の心の中で、黒い部分がささやいた。

 爽太の悪いところを、藤村さんに、伝えて、背中を押したら。
 ――別れるんじゃないか?

 僕はノートを1ページやぶって、ペンをとった。左上に「爽太」と書く。
 爽太の悪いところをノートに書きだしてみた。

 ・声がでかい ・扉を大きな音で開ける ・説明の語彙力がない
 ・足が速い
 ・体力がある
 ・気を遣って疲れていることが多い
 ・周りをよく見ている

「……あれ」

 僕は頭を抱えた。前半はともかく、後半は悪口になっていない気がする。
 爽太について、僕が知っている特徴を書き並べた。

 ・実はそんなに喋らない
 ・考え込むタイプ
 ・部活頑張ってる

「……」

 僕はシャーペンを強く握りしめた。唇を噛む。
 
 ――爽太は、いいやつなんだ――

 僕は爽太についてのリストの横に「藤村さん」と書いた。

 ならば。藤村さんの嫌なところを、爽太に伝えたら。
 藤村さんについて、僕が思う特徴を書き並べてみた。

 ・目標をちゃんと決めていて偉い。
 ・絵がうまい。
 ・線が正確。
 ・何でも自分から動けててすごい。
 ・仲良くなるとすごく話す。

「……」
 
 藤村さんにいたっては、悪いことを紙に書けなかった。
 だって僕は――彼女のことが好きなんだから。

「う……」

 思わず嗚咽が漏れた。
 気がつくと、ぽたりと、紙の上に水滴が落ちていた。
 僕は顔を片手で押さえると、机から隣のベッドへ崩れ落ちるように転がった。

 自分が情けなかった。
 僕は藤村さんのことが好きだ。そして、爽太のことも嫌いになどなれない。
 二人が別れればなどと考えた自分自身に嫌気がさした。
 爽太と別れても、藤村さんはこんな僕と付き合うことはないだろう。
 
 行き場のない思いが出口を求めて頭をぐるぐる回って、目から涙になってあふれてきた。
 ――どうしようも、できなかった。

 ◇

 それからしばらくの間、僕は藤村さんや爽太に会うのを避けて学校生活を送った。
 幸い二人ともクラスが違う。美術室に行かず、授業が終われば即帰宅すれば顔を合わせなくて済む。

 そんな日々を過ごしていたけれど、僕の心はずっと曇ったままだった。
 授業が終わって即帰宅の学校生活は、自分でも驚くくらい人と話さなくて済むことに気づいた。口を動かさないと、声が出なくなる。クラスメイトに「目が死んでないか」と心配されたが、「あ……うん」と妙な返答しかできず、怪訝な顔をされた。

 ――その日も、最後の授業のチャイムと同時に荷物をまとめて、廊下に出ようとした――その時。

「浩人」「橘くん」

 廊下の両方向から呼び止められた。
 左手方向に爽太、右手方向に藤村さん。

「……え?」

 僕は驚いてきょろきょろと二人を見た。

「いや、なんか、最近、顔が死んでるって噂を聞いて……」

「部活に来てないから、どうしてるかなって……」

 二人はそれぞれの方向から、僕に近づいてきた。
 どうやら、それぞれが別々に僕を訪ねてきたみたいだった。

「う……わあああ」

 僕は頭がごちゃごちゃになり、変な声を上げると、駆け足で階段のある左手方向に向かって爽太の横を通り過ぎようとした――が、

「浩人、どうしたんだ!?」

 爽太が僕の腕をつかんだ。そして、その拍子に、バッグが床に落ちた。
 そして、床に落ちたバッグの開いた口から、二つ折りのノートの切れ端が飛び出した。
 教室を出ようと急いでいた僕は、バッグのチャックを閉めていなかったんだ。
 そして、飛び出したノートの切れ端は、あろうことか、僕が家で二人のことを書き並べたあのノートだった。

「なんだこれ……?」

 拾い上げた爽太が、首を傾げて僕を見つめる。

「俺と……綾の名前?」

 どうしてそれが。
 ああ、どこかに隠したくて、バッグにつめこんだんだ、僕が。
 なんて馬鹿なことを。

「うわああああ」

 事態を一瞬で理解した僕は、混乱状態のまま、バッグを爽太のもとに残して身一つで早歩きで階段へと向かった。

「浩人っ」「橘くん!」

 爽太に加えて、藤村さんの声まで追いかけてくる。
 周囲の帰宅しようとしていた生徒たちが、何事かと僕を見た。
 
 ――恥ずかしい。そもそも、バッグがないと帰れないじゃないか。
 
 僕は早歩きで、下の階の空いている多目的室に入った。
 そして、ひと息ついたところで、そこに爽太と藤村さんも入ってきた。
  
「浩人……バッグ忘れてるぞ……」

 爽太が僕にバッグを手渡した。

「……あ、ありがとう」

 僕はそれを受けとると、咳ばらいをした。
 爽太は呆気にとられた顔で息を呑んでから、僕にあの破ったノートを見せた。
 藤村さんもノートに視線を向け、驚いたように目を見開いて僕を見た。 
 心臓がどくんと鳴った。
 
「浩人、これは……」

「……それはですね」

 僕は息を整えて二人を見た。
 ばくばくと心音が頭に響く。

「二人の、……特徴をまとめたものです」

「特徴……俺……声でかい……足が速い……って、まあ……そうだけど」

 爽太は不可解な顔でつぶやいた。

「何で、ですます調なんだ」

 僕は爽太の言葉はスルーして、早口で続けた。
 とにかく場を収めて、逃げ出したい一心で、口が勝手に動いた。

「そう。爽太は声がでかいし、大雑把でやかましい奴に見えるけど、実際はめっちゃ気を遣うタイプなんですよ、藤村さん」

「は、はい」

 僕に名前を呼ばれた藤村さんは目をぱちくりさせた。

「藤村さんから、『爽太があんまり話さなくて、自分といてつまらないんじゃないかと思う』というような話を聞きまして、僕は、二人の特徴を書いてみたわけです」

 僕は必死に取り繕った。

「爽太は実際、無口なタイプなんですよ、藤村さん」

「……」

「普段やかましいのは、外面そとづらというやつです。――そして、爽太」

「――お、おう」

「藤村さんは、結構はっきりしたタイプの人なわけです。なので、お前は、口数が減るのは一緒にいて楽だからだとか、そういうことをきちんと言う必要があると思われます」

 僕は下を向いて、つぶやいた。

「以上です――」

 そう言って、驚いた様子の爽太の手から紙を受け取ると多目的教室を出た。
 
「浩人」「橘くん」

 僕の名前を呼ぶ二人を振り返ると、僕は手を挙げた。

「それじゃ! よく話し合ってくれ!」

 そして、後ろを振り返らずに小走りで部屋を去った。
 涙腺が緩んできて、視界がぼやけてきた。
 そのまま玄関に向かわずに、美術室に向かう。

 今日は部活のない日だ。誰もいないはず。
 このまま帰宅する生徒がたくさんいる玄関に行って、電車に乗って帰宅したくなかった。
 美術室が一番落ち着く。いったん避難したい。

 僕は美術室に駆け込むと、内側から鍵をかけた。
 そして、椅子に座ると、目元をぬぐった。

 壁際に描きかけのままになっていた僕の絵を見つけた。僕はそれを持ってきて、筆と絵の具の準備をした。――とにかく、気を紛らわせたかった。

 花が咲く、空想の庭園の絵。
 僕は筆をとると、そこに、黒い髪の女の子を描いた。
 藤村さんを思い浮かべながら筆を動かした。
 首元にホクロを足す。

 一気に彼女を完成させて、僕は目元をぬぐった。

 その絵の中の女の子横に、少年を描く。
 
 ――できることなら、僕は、藤村さんの横に立ちたかった。
 けれど、彼女が好きだったのは、爽太で。
 そして、僕は、爽太のことも好きだ。

 筆を動かす。行き場のない僕の気持ちは、このキャンバスに閉じ込めてしまおう。
 僕は、この気持ちを、どこかにやってしまわないといけない。

 だんだんと日が暮れてきた。
 途中、顧問が「今日は休み……」と鍵を開けて美術室を覗き込んできたけれど、涙目で絵を描き続ける僕を見て、一瞬黙って「19時までだぞ」とつぶやいて去って行った。

 僕は、18時45分に絵を描き上げ、美術室を出た。
 キャンバスには、庭園で花を見る少女と、それを見つめる少年が描かれていた。
 自分でも、よく描けたと思った。

 暗い通学路をひとりで歩いて帰る。
 涙は乾いていた。

 腹が空いていたので、最寄り駅でコンビニに入ると、肉まんを買った。
 今日はカフェラテではなく、ブラックコーヒーにした。
 コーヒーの苦みが喉を通り抜けていく。

 ――翌日、爽太と藤村さんからお菓子の詰め合わせをもらった。

「仲直りしました」
「巻き込んで、悪かったな」

 爽太と藤村さんは顔を見合わせて笑った。

 僕は「良かった」とうなずいて、また帰り道のコンビニでコーヒーを飲んだ。
 苦みを飲み下し、それをおいしく思う自分が誇らしかった。
 ——きっと、これが僕の初恋の終わり方で、正しかったんだと思う。
 この苦さも、いつか懐かしくなる日が来るのだろう。
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