1 / 35
1.婚約破棄
しおりを挟む
「ソフィア、お前との婚約を破棄する」
蔑むような目で私を見ながら王太子であるジョセフ様はそう言った。
それは、王太子様のお誕生日を祝うパーティーでのこと。
私はローレンス公爵家の長女で、王太子様の婚約者だ。
社交場が苦手だからと言って行かないわけにいかない。
メイドたちになんとか準備をしてもらって、私は王宮へ赴いた。
「お誕生日おめでとうございます。王太子殿下」
お父様が深々と頭を下げる。
私たち一家に向かって階段を降りてきた王太子様は、途中で歩みを止めた。
ジョセフ様は私を見つめながらわなわなと拳を震わせている。
「王太子殿下?」
お父様が顔を覗き込もうとすると、ジョセフ様は私を指差して叫んだ。
「ソフィア! また太って……、お前は人間ではなく、豚か」
顔が恥ずかしさで赤くなる。私は自分の体を見た。
ドレスが破れんばかりの二の腕に、ぎりぎりまで緩めたせいでほどけそうな背中の紐。
社交場を避けていたのでジョセフ様に会うのは半年ぶりくらいかしら。
その時に比べてもまた太ってしまった気はしていたけれど……。
「僕は! お前なんかと皆の前に出たくない!」
ジョセフ様は子どものように地面を踏み鳴らして、冒頭の言葉を叫んだ。
「婚約破棄だ!」と。
「王太子殿下、落ち着いてください。確かにソフィアは……」
お父様は私をちらりと見てため息を吐いて「何というか」とごにょごにょと口ごもった。そのため息が全ての答えだ。
わかってるわよ。私だって自分のことを醜いって思っているもの。ここにいるみんながそう思ってることなんてわかってる。
「嫌だ嫌だ。どうして僕の婚約者はソフィアなんだ。お前が美しいアリスとの姉だなんて誰が信じるんだ」
「まぁ、美しいだなんて、ジョセフ様」とまんざらでもない様子で頬を押さえて照れているのは、社交場で美をつかさどる「愛情の女神の化身」なんて呼ばれているらしい、妹のアリス。
だけど実際――アリスは、どこからどう見ても美しい。
金色の髪の毛はキラキラ光っていて、まるで本物の金細工みたいだし。青い瞳は宝石みたいだし。白い肌は陶器みたいにツルツルだし。女神様を描いた絵の中から出てきたみたいな姿をしている。
焦げ茶色の土みたいな色の髪と瞳で、それこそ土浴びをしている動物みたいな私と血が繋がっているのが嘘みたいだ。
そもそも私がジョセフ様の婚約者なのは、私がアリスよりも1年先に生まれたからというだけで……。
私はジョセフ様を見つめると、言った。
「わかりました。婚約破棄で結構です。私は帰りますので」
私はそう言うと後ろを向いて歩き出した。
家に帰りたい。家に帰って、うちの料理人のグレゴリーが焼いてくれた美味しい林檎パイでも食べたいわ。良い香りの紅茶を飲みながら。
甘くて美味しいものを口に含めば、嫌なことは全部忘れられるもの。
後ろではジョセフ様と家族の会話が聞こえる。
「ローレンス公爵、ソフィアではなく、アリスと僕を婚約させて欲しい」
「申し訳ございません、王太子殿下。アリスは隣国ルーべニアの第3王子との婚約の話が出ておりますので……」
「お気持ちは大変嬉しいのですが、ジョセフ様……」
「美しいアリス、僕の方が君を幸せにできるよ。君だって、隣国なんかに行くより、この国にいた方が良いだろう」
「そんな……、私には決められませんわ……」
アリスの全然困ってなさそうな浮ついた声色に思わず顔をしかめる。
隣国ルーべニアは、魔法の研究が盛んな大国だ。
お父様もお母様も、この国の王太子に嫁がせるよりも、アリスを隣国の王家に嫁がせたいと考えている。アリスは綺麗だから、お見合い話が山のようにある。
後ろで繰り広げられる会話に私の居場所はない。
誰も私を追いかけてこようともしなかった。
蔑むような目で私を見ながら王太子であるジョセフ様はそう言った。
それは、王太子様のお誕生日を祝うパーティーでのこと。
私はローレンス公爵家の長女で、王太子様の婚約者だ。
社交場が苦手だからと言って行かないわけにいかない。
メイドたちになんとか準備をしてもらって、私は王宮へ赴いた。
「お誕生日おめでとうございます。王太子殿下」
お父様が深々と頭を下げる。
私たち一家に向かって階段を降りてきた王太子様は、途中で歩みを止めた。
ジョセフ様は私を見つめながらわなわなと拳を震わせている。
「王太子殿下?」
お父様が顔を覗き込もうとすると、ジョセフ様は私を指差して叫んだ。
「ソフィア! また太って……、お前は人間ではなく、豚か」
顔が恥ずかしさで赤くなる。私は自分の体を見た。
ドレスが破れんばかりの二の腕に、ぎりぎりまで緩めたせいでほどけそうな背中の紐。
社交場を避けていたのでジョセフ様に会うのは半年ぶりくらいかしら。
その時に比べてもまた太ってしまった気はしていたけれど……。
「僕は! お前なんかと皆の前に出たくない!」
ジョセフ様は子どものように地面を踏み鳴らして、冒頭の言葉を叫んだ。
「婚約破棄だ!」と。
「王太子殿下、落ち着いてください。確かにソフィアは……」
お父様は私をちらりと見てため息を吐いて「何というか」とごにょごにょと口ごもった。そのため息が全ての答えだ。
わかってるわよ。私だって自分のことを醜いって思っているもの。ここにいるみんながそう思ってることなんてわかってる。
「嫌だ嫌だ。どうして僕の婚約者はソフィアなんだ。お前が美しいアリスとの姉だなんて誰が信じるんだ」
「まぁ、美しいだなんて、ジョセフ様」とまんざらでもない様子で頬を押さえて照れているのは、社交場で美をつかさどる「愛情の女神の化身」なんて呼ばれているらしい、妹のアリス。
だけど実際――アリスは、どこからどう見ても美しい。
金色の髪の毛はキラキラ光っていて、まるで本物の金細工みたいだし。青い瞳は宝石みたいだし。白い肌は陶器みたいにツルツルだし。女神様を描いた絵の中から出てきたみたいな姿をしている。
焦げ茶色の土みたいな色の髪と瞳で、それこそ土浴びをしている動物みたいな私と血が繋がっているのが嘘みたいだ。
そもそも私がジョセフ様の婚約者なのは、私がアリスよりも1年先に生まれたからというだけで……。
私はジョセフ様を見つめると、言った。
「わかりました。婚約破棄で結構です。私は帰りますので」
私はそう言うと後ろを向いて歩き出した。
家に帰りたい。家に帰って、うちの料理人のグレゴリーが焼いてくれた美味しい林檎パイでも食べたいわ。良い香りの紅茶を飲みながら。
甘くて美味しいものを口に含めば、嫌なことは全部忘れられるもの。
後ろではジョセフ様と家族の会話が聞こえる。
「ローレンス公爵、ソフィアではなく、アリスと僕を婚約させて欲しい」
「申し訳ございません、王太子殿下。アリスは隣国ルーべニアの第3王子との婚約の話が出ておりますので……」
「お気持ちは大変嬉しいのですが、ジョセフ様……」
「美しいアリス、僕の方が君を幸せにできるよ。君だって、隣国なんかに行くより、この国にいた方が良いだろう」
「そんな……、私には決められませんわ……」
アリスの全然困ってなさそうな浮ついた声色に思わず顔をしかめる。
隣国ルーべニアは、魔法の研究が盛んな大国だ。
お父様もお母様も、この国の王太子に嫁がせるよりも、アリスを隣国の王家に嫁がせたいと考えている。アリスは綺麗だから、お見合い話が山のようにある。
後ろで繰り広げられる会話に私の居場所はない。
誰も私を追いかけてこようともしなかった。
24
あなたにおすすめの小説
【完結】魔力の見えない公爵令嬢は、王国最強の魔術師でした
er
恋愛
「魔力がない」と婚約破棄された公爵令嬢リーナ。だが真実は逆だった――純粋魔力を持つ規格外の天才魔術師! 王立試験で元婚約者を圧倒し首席合格、宮廷魔術師団長すら降参させる。王宮を救う活躍で副団長に昇進、イケメン公爵様からの求愛も!? 一方、元婚約者は没落し後悔の日々……。見る目のなかった男たちへの完全勝利と、新たな恋の物語。
お飾りの婚約者で結構です! 殿下のことは興味ありませんので、お構いなく!
にのまえ
恋愛
すでに寵愛する人がいる、殿下の婚約候補決めの舞踏会を開くと、王家の勅命がドーリング公爵家に届くも、姉のミミリアは嫌がった。
公爵家から一人娘という言葉に、舞踏会に参加することになった、ドーリング公爵家の次女・ミーシャ。
家族の中で“役立たず”と蔑まれ、姉の身代わりとして差し出された彼女の唯一の望みは――「舞踏会で、美味しい料理を食べること」。
だが、そんな慎ましい願いとは裏腹に、
舞踏会の夜、思いもよらぬ出来事が起こりミーシャは前世、読んでいた小説の世界だと気付く。
婚約破棄を突き付けてきた貴方なんか助けたくないのですが
夢呼
恋愛
エリーゼ・ミレー侯爵令嬢はこの国の第三王子レオナルドと婚約関係にあったが、当の二人は犬猿の仲。
ある日、とうとうエリーゼはレオナルドから婚約破棄を突き付けられる。
「婚約破棄上等!」
エリーゼは喜んで受け入れるが、その翌日、レオナルドは行方をくらました!
殿下は一体どこに?!
・・・どういうわけか、レオナルドはエリーゼのもとにいた。なぜか二歳児の姿で。
王宮の権力争いに巻き込まれ、謎の薬を飲まされてしまい、幼児になってしまったレオナルドを、既に他人になったはずのエリーゼが保護する羽目になってしまった。
殿下、どうして私があなたなんか助けなきゃいけないんですか?
本当に迷惑なんですけど。
拗らせ王子と毒舌令嬢のお話です。
※世界観は非常×2にゆるいです。
文字数が多くなりましたので、短編から長編へ変更しました。申し訳ありません。
カクヨム様にも投稿しております。
レオナルド目線の回は*を付けました。
虐げられた令嬢は、姉の代わりに王子へ嫁ぐ――たとえお飾りの妃だとしても
千堂みくま
恋愛
「この卑しい娘め、おまえはただの身代わりだろうが!」 ケルホーン伯爵家に生まれたシーナは、ある理由から義理の家族に虐げられていた。シーナは姉のルターナと瓜二つの顔を持ち、背格好もよく似ている。姉は病弱なため、義父はシーナに「ルターナの代わりに、婚約者のレクオン王子と面会しろ」と強要してきた。二人はなんとか支えあって生きてきたが、とうとうある冬の日にルターナは帰らぬ人となってしまう。「このお金を持って、逃げて――」ルターナは最後の力で屋敷から妹を逃がし、シーナは名前を捨てて別人として暮らしはじめたが、レクオン王子が迎えにやってきて……。○第15回恋愛小説大賞に参加しています。もしよろしければ応援お願いいたします。
魔の森に捨てられた伯爵令嬢は、幸福になって復讐を果たす
三谷朱花
恋愛
ルーナ・メソフィスは、あの冷たく悲しい日のことを忘れはしない。
ルーナの信じてきた世界そのものが否定された日。
伯爵令嬢としての身分も、温かい我が家も奪われた。そして信じていた人たちも、それが幻想だったのだと知った。
そして、告げられた両親の死の真相。
家督を継ぐために父の異母弟である叔父が、両親の死に関わっていた。そして、メソフィス家の財産を独占するために、ルーナの存在を不要とした。
絶望しかなかった。
涙すら出なかった。人間は本当の絶望の前では涙がでないのだとルーナは初めて知った。
雪が積もる冷たい森の中で、この命が果ててしまった方がよほど幸福だとすら感じていた。
そもそも魔の森と呼ばれ恐れられている森だ。誰の助けも期待はできないし、ここに放置した人間たちは、見たこともない魔獣にルーナが食い殺されるのを期待していた。
ルーナは死を待つしか他になかった。
途切れそうになる意識の中で、ルーナは温かい温もりに包まれた夢を見ていた。
そして、ルーナがその温もりを感じた日。
ルーナ・メソフィス伯爵令嬢は亡くなったと公式に発表された。
婚約破棄された令嬢、気づけば宰相副官の最愛でした
藤原遊
恋愛
新興貴族の令嬢セラフィーナは、国外の王子との政略婚を陰謀によって破談にされ、宮廷で居場所を失う。
結婚に頼らず生きることを選んだ彼女は、文官として働き始め、やがて語学と教養を買われて外交補佐官に抜擢された。
そこで出会ったのは、宰相直属の副官クリストファー。
誰にでも優しい笑顔を向ける彼は、宮廷で「仮面の副官」と呼ばれていた。
その裏には冷徹な判断力と、過去の喪失に由来する孤独が隠されている。
国内の派閥抗争、国外の駆け引き。
婚約を切った王子との再会、婚姻に縛られるライバル令嬢。
陰謀と策略が錯綜する宮廷の只中で、セラフィーナは「結婚ではなく自分の力で立つ道」を選び取る。
そして彼女にだけ仮面を外した副官から、「最愛」と呼ばれる存在となっていく。
婚約破棄から始まる、宮廷陰謀と溺愛ラブロマンス。
辺境の侯爵令嬢、婚約破棄された夜に最強薬師スキルでざまぁします。
コテット
恋愛
侯爵令嬢リーナは、王子からの婚約破棄と義妹の策略により、社交界での地位も誇りも奪われた。
だが、彼女には誰も知らない“前世の記憶”がある。現代薬剤師として培った知識と、辺境で拾った“魔草”の力。
それらを駆使して、貴族社会の裏を暴き、裏切った者たちに“真実の薬”を処方する。
ざまぁの宴の先に待つのは、異国の王子との出会い、平穏な薬草庵の日々、そして新たな愛。
これは、捨てられた令嬢が世界を変える、痛快で甘くてスカッとする逆転恋愛譚。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる