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2.屋敷の料理人
しおりを挟む「お嬢様、お一人でお帰りですか?」
馬車に戻ると、従者は怪訝そうな顔をした。
「そうよ。戻るわ」
私はそう言って、馬車に自分で乗り込んだ。勢いよく座るとどしんと馬車が揺れて、馬が身体をブルブルと振るった。振り返った従者は少し含み笑いを浮かべているように見えた。
――嫌ね、本当に嫌。
私は綺麗な布地を破らんばかりの肩や二の腕を隠すように腕馬車に置いておいた黒いショールを羽織った。
こんな醜いドレス姿なんか誰にも見せたくない。
馬車が屋敷に着くと、そのまま厨房へ向かった。
「あれ、お嬢様、今日はパーティーじゃないんですかい」
厨房のテーブルに腰掛けて、奥さんのスザンナと一緒に食事をしていた料理人のグレゴリーは夫婦で顔を見合わせて首を傾げた。
「パーティーなんか行かない。私が行くところじゃないもの。ねえ、お腹が減ったわ」
私はお腹を押さえて二人を見つめた。
とってもお腹が空いていた。
今だったら何でも食べれる気がする。
「グレゴリーが焼いてくれた林檎のパイが食べたいわ。クッキーとマフィンも」
言いながらぽろぽろ涙が頬を伝うのがわかった。
「お腹が減ったの……」
そう呟いてその場に座り込むと、「まぁまぁ」とスザンナが駆け寄ってきて背中をさすってくれた。
「デザートは食後にしましょうね。あなた、何かお嬢様に作ってあげてくれる?」
「わかった。何があったがわからんが、とりあえず食べて落ち着くのが一番だ。まずは肉と野菜をしっかり食べような」
グレゴリーはそう言って立ち上がると、キッチンの方へ向かった。
私はスザンナと一緒にテーブルに座って、パンをかじる。
そうしているとすぐにいい匂いがしてきた。
「丘兎のホカピリ煮込みだ。まず、これ食べて温まりな」
出てきたのは、赤や黄色の野菜とお肉を煮込んだもの。トマトベースのソースで煮込まれている。私はそれをスプーンですくって口に入れた。
ソースの酸味の奥に、ピリっとした微かな辛さがあって、身体の体温が上昇した。
名前のとおり、身体も心もホカホカと温まる気がした。
「美味しいわ。酸味の奥に少しだけピリッとした辛さがあって、身体が芯から温まるわ……。お肉自体にホカホカの実とピリピリの実を一対一で漬け込んでから、野菜と煮ているのね。だからお肉にはしっかりした味が、ソース全体にはほのかに味がついて、バランスの良い味わいなのね……」
そう言うと、グレゴリーは嬉しそうに手を叩いた。
「さすがお嬢様、よくわかってくださる。そうそう、まず先に肉を香辛料に1日漬けとくのがポイントなんだ」
「本当に美味しいわ。お代わりもらってもいいかしら」
そう言って空になった器を渡すと、グレゴリーは「どんどん食べてな!」と次を注いで持ってきてくれた。
そうやって食べているうちに、私の落ち込んでいた気持ちはすっかり満たされていた。
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