1 / 22

1 吸魔の姫君

しおりを挟む
 母親の顔は知らない。
 父親の顔もあまり記憶にない。

 親って、家族って、どんなものなんだろう。

 読んでいた童話の挿絵を撫でて、ファナは物思いにふけった。

 窓から差す月明かりとロウソクの炎だけでは、読書には暗すぎる。

 だが空想の翼を広げるのにはもってこいだ。

 広い家も豪華な調度品もいらない。
 ただ太陽の下で笑って話せる相手が居れば良かったのに。
 愛して欲しいとは言わない。
 ただ自分が愛を傾ける相手がいれば良かったのに。

 物心ついた時から城の地下室で、一人ぼっちで育ったファナは孤独だった。
 彼女が産まれながらにして持って居た『吸魔』の能力は、彼女の意思とは関係なく触れた人間や道具から魔力を吸い取ってしまうからだ。

 彼女を産んですぐに死んだ母親は、生きていれば庇ってくれたはずだと夢想する。

 後妻となった元側室の継母とその娘である妹が、今はこの城の実権を握っていた。

 日に何度かやって来る世話係のメイド達は、ファナと口を利くことを禁じられている。
 使用人達が、虐げられている姫君よりも自分たちの雇用を守ろうとするのは無理からぬ事だった。

 ファナの母親は、博愛と良識の王妃として死後もネモフィラ公国の国民から愛されていた。
 ――いや、国民だけではなく大公からも。

 だからこそ継母はファナにキツくあたる。
 十歳のまだ幼いファナには分からぬ事だったが。

 妹はたまに地下室にやって来ては、新しいドレスや宝石を自慢したり、ファナのみすぼらしい身なりを馬鹿にしていく。
 だがそのことすらもイベントのひとつに感じられるほどに、ファナは孤独だった。

 東の空が白み始めている。
 そろそろ地下室に戻らなければ、誰かに見つかってしまう。

 手にした本を書棚の元の場所に戻し、ファナは暖炉の前に立った。

 暖炉の中央のレンガを強く押すと、扉のように暖炉がこちら側に動いた。
 その後ろに暗い穴と、下へと伸びる階段が続いている。

 隠し通路だ。

 発見したのは五歳の頃。

 それからあちらこちらを探索して、今では隅から隅まで知り尽くしている。

 この通路を使って書庫や庭、時には城の裏手にある森へと散歩に行くのがファナの唯一の楽しみだった。
 もっとも、誰かに見つかるともう二度と出かけられなくなるから、時間は決まって深夜だったけれど。

 地下室に戻って扉を閉め、小さくて硬いベッドの前でひざまずく。

 天国の母親の幸せと、この国の繁栄を、豊穣の女神ファティマに祈るのが眠る前の彼女の日課だった。

 誰に教えられたわけでもない。全てのことは本から学んだ。

 自分の名前と似た響きのある女神に、家族と呼べる者が居ないファナは親近感を覚えているのだった。

 それから布団に潜り込み、中で丸くなる。

 目を閉じると先ほどの童話の挿絵が脳裏に浮かんだ。

 聖母がみどり児を抱いて愛おしそうに微笑んでいる場面だった。

 あんな母親が側にいてくれたらいいのにと思うのと同時に、あんな母親になりたいともファナは思った。

(あんなに優しく笑うのだもの、きっと幸せなのは赤ちゃんよりお母さんの方よね)

 と。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

愛しいあなたは竜の番

さくたろう
恋愛
 前世で無惨に処刑された記憶を持つ少女フィオナは、今世では幼い頃から番である竜族の王に保護されて塔の中で大切に育てられていた。  16歳のある日、敵国の英雄ルイが塔を襲撃しにきたが、なんとフィオナは彼に一目惚れをしてしまう。フィオナを人質にするために外へと連れ出したルイも、次第に彼女に離れがたい想いを感じ始め徐々に惹かれていく。  竜人の番として育てられた少女が、竜を憎む青年と恋に落ちる物語。 ※小説家になろう様に公開したものを一部省略して投稿する予定です。 ※全58話、一気に更新します。ご了承ください。

政略結婚のはずでしたが、黒の公爵に「君を愛するつもりしかない」と言われました。

ちよこ
恋愛
没落寸前のエーデル伯爵家の令嬢ルイーズは、この国最大の権勢を誇る黒の公爵エルハルトと政略婚を結ぶことになった。 釣り合わない縁談に社交界はざわめいたが、ルイーズは「家同士の利害が一致した取引に過ぎない」と割り切っていた。 ところが初夜、公爵は開口一番こう言った。 「私は君を愛するつもりしかない」 政略婚のつもりでいた令嬢と、最初から決めていた公爵の、少し不器用な初夜の話。​​​​​​​​​​​​​​​​

【完結】魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――

ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。 魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。 ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。 誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。

愛のない白い結婚や契約結婚を疑っていた私が、完璧な夫と「本当の意味で」結ばれるまでのお話

ぜんだ 夕里
恋愛
しがない子爵令嬢のイヴが政略結婚で嫁いだのは、誰もが憧れる完璧な大公爵アダマン様。 しかし彼は、お世継ぎはコウノトリが運んでくると本気で信じている、とてつもなく純粋な人だった!

冷遇妃ライフを満喫するはずが、皇帝陛下の溺愛ルートに捕まりました!?

由香
恋愛
冷遇妃として後宮の片隅で静かに暮らすはずだった翠鈴。 皇帝に呼ばれない日々は、むしろ自由で快適——そう思っていたのに。 ある夜、突然現れた皇帝に顎を掴まれ、深く口づけられる。 「誰が、お前を愛していないと言った」 守るための“冷遇”だったと明かされ、逃げ道を塞がれ、甘く囲われ、何度も唇を奪われて——。 これは冷遇妃のはずだった少女が、気づけば皇帝の唯一へと捕獲されてしまう甘く濃密な溺愛物語。

完結·婚約破棄された氷の令嬢は、嫁がされた枯れおじのもとで花開く

恋愛
ティリアは辺境にある伯爵の娘であり、第三王子ガフタの婚約者であった。 だが、この婚約が気に入らないガフタは学園生活でティリアを冷遇し、卒業パーティーで婚約破棄をする。 しかも、このまま実家に帰ろうとするティリアにガフタは一回り以上年上の冴えないおっさん男爵のところへ嫁ぐように命令する。 こうしてティリアは男爵の屋敷へと向かうのだが、そこにいたのは…… ※完結まで毎日投稿します ※小説家になろう、Nolaノベルにも投稿中

不憫な侯爵令嬢は、王子様に溺愛される。

猫宮乾
恋愛
 再婚した父の元、継母に幽閉じみた生活を強いられていたマリーローズ(私)は、父が没した事を契機に、結婚して出ていくように迫られる。皆よりも遅く夜会デビューし、結婚相手を探していると、第一王子のフェンネル殿下が政略結婚の話を持ちかけてくる。他に行く場所もない上、自分の未来を切り開くべく、同意したマリーローズは、その後後宮入りし、正妃になるまでは婚約者として過ごす事に。その内に、フェンネルの優しさに触れ、溺愛され、幸せを見つけていく。※pixivにも掲載しております(あちらで完結済み)。

最強の騎士団長に嫁いだ偽りの公爵令嬢は、溺愛から逃げられない

花瀬ゆらぎ
恋愛
囚われた弟を救うため、貧民育ちのリーゼは公爵令嬢になりすまし、騎士団長シルヴィオに嫁いだ。 彼女に与えられた任務は、夫を監視すること。 結婚後、新居で待っていたのは、「氷の騎士」と恐れられる無口な夫。 しかし──戦地から帰還した彼は、別人のようにリーゼを溺愛し始めて……!? 「あなたのことを考えない日は一日たりともなかった」 次第にシルヴィオに惹かれていくリーゼ。けれど彼女は知らない。この結婚には、さらなる罠が仕掛けられていることを。 守り守られ真の夫婦を目指す恋愛ファンタジー! ※ヒロインが実家で虐げられるシリアスな展開がありますが、ヒーローによる救済・溺愛へと繋がります。

処理中です...