【完結】宇宙とネズミと薬用石鹸【短編】

馳倉ななみ/でこぽん

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宇宙とネズミと薬用石鹸

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「こんにちは!
 僕、宇宙から来たんですけど!」
「間に合ってます」

 ばたむっ!

 アパートの部屋の前。ドアを開けたらそこにいた男の言葉に、わたしは、勢い良く扉を閉めました。

 まったく。
 暑さで頭をやられたのでしょうか。
 アブナイ。アブナイ。

 しかし、わたしもいけなかったのです。
 なんせ、今年の3月まで住んでいた実家は、玄関の鍵は掛けても、縁側は開けっぱなしな《NO警戒・NOセコム》な、田舎だったのですから。
 やはり、東京に来たからには、アレですね。
あの、ドアの『覗き窓』とかいうもので、きちんと確認してから、開けないといけないのですね。
 うんうん。
 勉強になりました。

 頷きつつ、わたしは玄関のすぐ横の、キッチンへと向き直りました。
 流しの下の収納扉。
 しゃがみ込み。さらに、その下。床とのわずかな接地面、そこに空いた、小さな穴を覗き込みました。
 大きさは、人差し指と親指で作った、丸くらい。
 暗いです。
 ……何も見えません。

 が。耳を澄ますとカサコソと、小さな音がします。

 ここには、わたしの共同生活者が住んでいるのです。
 とは言っても、黒い悪魔じゃありませんよ。
 灰色の、ふわふわネズミさんなのです。
 不衛生と言うなかれ。
 うちの実家じゃ、フライパンの底に、カマキリが付いてたこともあったですよ。
(もちろん、調理前に捕まえて、庭に放してやりましたが)
 ネズミくんなんて、かわいいものです。

 さてと。
 わたしは立ち上がり、冷蔵庫を物色します。
 昨日、上納したハムのカケラは、気に入っていただけたようですし、今日はなにを――……、

 と。
 その時です!

 ばたーんっ!

 閉めた扉が、また開かれました!
 なんと、立っているのは、あの宇宙人です!

 しまった!鍵を掛けていませんでした!
 だって、しょうがないじゃないですか!
 うちの田舎は、
《NO警戒・NOセコム》
 なんですよ!?

 宇宙人が言いました。
「危ない!」
 いえ!
 アブナイのは、あなたです!

「離れてくださいっ!」
 むしろあなたが離れてください!
 遥か彼方!
 宇宙の果てまで!

 しかし、わたしの口から出てきた言葉は、
「ほわわにゃにゃ!!」
 ……意味不明の単語でした。

 し、仕方ないじゃないですか!
 うちの田舎は(以下略)

 後退り、身構えるわたしを、ビシっと指して、彼は言いました。
「大人しく、武器を捨てて、投降しなさい!」
 ぶき?
 武器って何でしょう?
 女の武器ですか?
 涙ですか?
メガネでモッサリぎみのわたしでも、武器として通用しますでしょうか?
 ……いかん。
 混乱しておるです。

「観念しなさい!
 この、殺人鬼!」
 いえ。
 あいにくわたし、人を殺した経験は、まだ無いのですが……。

 ところが、
「くそっ!
 どうしてここがバレちまったんだ!」
 返事が。
 妙に甲高い声が。
 わたしの後ろから、いえ。足元から聞こえてくるではありませんか。

「……ぇ?」
 掠れた声が、喉から出ます。
 恐る恐る、振り向けば、そこには――……。
 後ろ足2本で立つ、ふわふわネズミさん!
 エヘンと腰に手を当てています!
 なんか、かわいいですよ!?

 「ひえひゃわぇええ!?」
 ……かわいかったのですが、わたしの口からは、やっぱり意味不明な悲鳴がでました。
「早く逃げて!」
 わたしの悲鳴を聞いて、宇宙人さんが、玄関の方を指差し叫びます。

 しかし、逃げたのは、
 ダッ!
 ネズミさんの方でした。

「ああっ!しまったっ!
 待てっ!」
 宇宙人さんが、部屋の中に駆け込んできます。
 土足です。
 お前が待てよ、という感じです。

 もちろんネズミさんは、待つ訳もなく、開け放たれていた部屋の窓から、外に飛び出して行きました。
 展開についていけなくなったわたしは、その場にへたりこみました。
 口から、ポロリと言葉がこぼれ出ます。
「……スゴイです。東京のネズミさんは、喋るのですね……」
「いや。ちがうし」
 宇宙人さんが、真顔でツッコんできました。


       ☆


「……ですから僕は、M(メシエ)31星雲所属の捜査官なんです」
 6畳一間のせまい部屋。
 折りたたみ式の、小さな机を挟み、わたしと宇宙人さんは向かい合って座っていました。

「ヤツを追ってここまできましたが、まさか原住民の方と生活を共にしていたなんて……」
 と、わたしが出した麦茶をクンクン嗅いでます。
 ……ビミョーに、失礼な感じです。

「ヤツがどんな甘言を弄したか知りませんが、アレは冷酷非情な殺人鬼です。
 ……彼のことは、お忘れなさい……」
 いえ、そんな。
 恋人みたいに言われても。

 わたしが麦茶をゴクゴク飲み干すと、宇宙人さんは安心したように、自分の分に手をつけました。

「……え~っと、それで、ネズミさんは、なにをしでかしたんですか?」
 一応、聞いてみます。
 なんだかイメージとしては、
『チーズを食べちゃった』とか。
『青いネコ形ロボットの耳を食べちゃった』とか。
『トムという名のネコにイタズラしちゃった』
 とかいった程度しか、思いつかないんですが。

 しかし彼は、真剣な表情のまま言いました。
「――テロです」
「――へ?」
 想像とはあまりにもかけ離れた言葉に、耳を疑います。

 彼は続けます。
「テロです。テロリズムです。
 ヤツ――というか、ヤツの一族は、主に自爆テロというかたちで、僕の国の人達を苦しめました」
「て、てろ…」
《NO警戒・NOセコム》な田舎出身のわたしには、縁遠い単語です。

「そうです。
 ――例えば、鍋の中に投身自殺をはかり、知らずにスープを飲んだ人を腹痛にする、とか」
「………………は?」
 再び、想像とは違う言葉が聞こえてきましたよ……。

 「例えば、自身の体の中でウィルスを媒介し、町中にばら撒くとか!」
「……えーと……それは……てろ?」
「テロです!」
 わたしの疑問に、宇宙人さんは即答しました。

 続けて言います。
「ヤツがいた、ということは、この街も――いえ!この国も、危険です!
 すぐに、しかるべき国家機関に連絡を!」
「――あー……、ありますよ。『しかるべき国家機関』」
 そう。『保健所』という名の。
「というか、多分大丈夫です。対策、とってます。特にこの国は。」
 衛生・殺菌・除菌・ダイスキー、な国民性ですもんね…。

 なんだかとっても疲れた頭の中で、わたしはぼんやりとそんなことを考えました。

 しかし、宇宙人さんは、何故かキラキラした目でこちらを見ています。
「すっ、素晴らしいですね! さぞかし優秀なGフォースでも、いらっしゃるのでしょうね」
 そうですね。
 主に彼らは『薬用石鹸』と呼ばれていますね。

「時間があれば、ぜひともそのお仕事ぶりを拝見したいものです!」
 たしかに。
 保健所にでも行って手の洗い方でも学んだ方が、少なくとも、こんな所でネズミを追い回しているよりもずっと、彼の星にとって有意義な情報を得られるでしょう。

「……で。ネズミさんは出て行ってしまいましたが」
 なんだかもう、早く宇宙人さんに出て行って欲しくて(今だに靴は履いたままですし)わたしは窓の外を指差しました。

 しかし、彼はふるふると首を横に振ったのです。
「いえ!
 ヤツはきっとこの家に戻ってきます!」
「え……?」
 なんですと?
「ヤツは危険な存在ですが、外の世界もヤツにとっては、危険がいっぱいなのです」
 主にネコとかですか?
 顔を引きつらせる、わたし。

 しかし、宇宙人さんは、それを恐怖のためだと思ったようです。
「ご安心を!
 罠を仕掛け、必ずヤツを捕まえて見せますから!」
 そう言って、にっこり。
 ポケットの中から、何やら手の平サイズの板を取り出しました。
「これは、ここにヤツの好むエサなどをつけ――……、」
 と、板から突き出た針金を指し、
「そこにヤツが食いついたところを、こちらの針金でバーン!と挟むという、ハイテク機器です」
 この上なく、最上級に原始的です。
 すでにアンティークのレベルに達しているです。

「あの~。
 ためしに、この国のネズミ捕りを使ってみませんか?」
 なんだか目の前の宇宙人さんが哀れになってきて、わたしはついつい言ってしまいました。
「わたし、ちょっと買ってきますので」
「え?あの、では、僕も一緒に――……、」
「いえ! 宇宙人さんは、ここでネズミさんが帰ってこないかどうか、見張っていてください!」
 話しがややこしくなるのを避けるため、かぶせ気味にそう言って、わたしはお財布だけを持つと、近所のドラッグストアまで走り出しました。


       ☆


「……た、ただいまです……」
 息を切らせ、ドラッグストアのロゴが入った黄色のビニール袋を片手に、アパートに戻ると、
「あっ!
 お帰りなさい!」
 この暑さにもかかわらず、汗一つかかずに、宇宙人さんは畳みの上にちょこんと座って待っていました。

 テーブルの上にビニール袋を置いて、取りあえず麦茶を一気飲み。 
  息を整えると、買ってきた物の説明をします。

「これが、この国のネズミ捕りです」
 と、紙でできた三角柱の形の、ミニチュアの家のような物を指差します。
 早い話しが、でっかいゴキブリ・ホイホイです。
 ……形がちょっと、このアパートに似ています……。

「そして、こちらが殺鼠剤です。
 どちらを使いましょうか?」
「……こっちにします」
 わずかな間はあったものの、宇宙人さんは、すぐに巨大ゴキブリ・ホイホイを選びました。
「ヤツは非情なテロリスト……。
 とは言え、我が星では、どんな犯人にも、裁判を受ける権利が保証されているのです」
 ……ネズミさんが、裁判を受ける……。
 の、図。
 を、想像して、わたしはちょっと、ほんわかした気分になりました。

 宇宙人さんとわたしは、部屋のあちこちに
ネズミ捕りを仕掛けてまわりました。
 ――そうして。
 数時間後。
 部屋が夕日に紅く染まるころ。
 紙製ネズミ捕りを、更に白い鳥篭のなかに入れて。
 宇宙人さんは、ほくほく顔で、玄関で、わたしに向かって敬礼しました。
 ……彼は、一度も靴を脱ぎませんでした。

 鳥篭の中からは、何やらキーキーわめきごえが聞こえます。
 が、そんなことを気にする人は誰もいません。

「ご協力、感謝します!」
 そう言うと、宇宙人さんは、来た時と同じように。
 ぱたん。
 突然、扉を閉めて。
 去って行きました。
「あ――……!」
 何か言い忘れた気がして。
 わたしは、直ぐさま追いかけ、戸を開けました。
 ――ですが。
 アパートの廊下にも。
 階段にも。
 駐車場にも。
 どこにも、彼の姿は無かったのです。


     ☆


 ――――これが。
 今わたしが飼っているハムスターの名が、
『宇宙人』
 な、理由です。
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感想 1

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みんなの感想(1件)

penpen
2021.02.04 penpen

ツッコミどころ満載なストーリーでした|ω•。 ))
チュー?
ㅤㅤㅤ⠀/ ̄\
   |  |
   _L_ / ̄\
  /・  ・ヽ  |
 /    |__/
ミ●ミ  ノ
  > < (⌒
  (ノ  L)_)
  n」  Ln
   ̄ ̄ ̄ ̄ 三

2021.02.05 馳倉ななみ/でこぽん

penpen様
感想ありがとうございます!

ツッコミ入れつつ楽しんで頂けたのでしたら幸いですw

解除

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