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魔力なしはいらない③
しおりを挟むそれから地獄の日々が始まった。
伯爵は一度引き取ったためか貴族の体裁を気にし、十六歳の成人までは屋敷に住まわせることを許した。
その決定後、どうせ出て行く子なら教育も必要ないと伯爵夫人に屋敷の隅に追いやられた。
その間は使用人のような仕事やブレイクリー伯爵領の名産である魔石の採掘作業など、無給で使える労働力として扱われてきた。
「あと少し」
屋敷の外に出る不安はある。私は自分が力ない者だと認識しているつもりだ。現にこの屋敷では役立たずで何もできなかった。
外の世界をろくに知らない世間知らずの小娘が、いきなり外に出て何ができるか想像なんてつかない。
けれど、幸いこの家でこき使われ身についた家事スキルがあるし、魔石を見つけるのは人より得意ではあったので、職を選ばなければなんとかなるだろうとも思った。とういか、なんとかするしかないという気持ちが強い。
少なくともこの家にいるよりはマシであるはずだ。
ブレイクリー伯爵家のミザリアではなくただのミザリアになる。
それはやっと新鮮な空気を吸えるような清々しい気分でもあった。
ぐっと背筋を伸ばし、外を眺める。
木々が風に吹かれさわさわと揺れ、その合間からはこの場所を囲む壁が見える。その向こう側にはまだ見ぬ知らない世界が広がっているのだ。
ゆっくりと目をつぶり、大きく深呼吸を繰り返す。
踏まれた手と叩かれた頬の痛みを誤魔化すように何度か撫でると、これ以上怒られないようにと私はいつもの仕事に取りかかった。
誕生日を迎える夜。
突如、私に使うことを許された物置部屋に伯爵夫人とベンジャミン、そしてロマンスグレーの髪をピタリと後ろになでつけた執事長のネイサンが押しかけてきた。
執事長は伯爵の代わりに定期的に私の状態を確認しにくる人物で、今夜のこともきっと伯爵の耳に入るのだろう。
使用人にやらせず自分たちで確認し行うという徹底したやり方に、彼らにとってよほど自分の存在が目障りなのだと思い知る。
夫人はベッドに座っていた私を見て嫌そうに眉を跳ね上げた。
ネイサンの名を呼ぶと、執事は抱えていた袋をさっと私の前に置いた。
適当に詰め込まれたのか硬いバケットや水が袋の外にはみ出しており、置いた拍子にばらばらと中身が溢れ出た。
味気のないものばかりだけれど、カビなど傷んでいないようなのが見てとれほっと息をつく。
――これで数日は大丈夫ね。
兄は伯爵夫人に話を通してくれたのだ。
あの様子だと実行されるとは思っていたけれど、気分屋なのでいつ撤回されるか気が気でなかった。伯爵夫人が了承するかもわからなかった。
出た中身を入れ直していると、伯爵夫人の侮蔑のこもった声が落ちる。
「施しはこれで最後です。感謝なさい」
「ありがとうございます」
これまで伯爵夫人は私たち親子が憎いとばかりに、少しの休憩も許さないとあらゆる仕事をふっかけてきた。
施しを受けるのだから働いて当然。魔力なしだから。役立たずだから。どれだけつらくても、私は私を管理する伯爵夫人に言われた通りやらなければ生きていけなかった。
「最初から最後まであなたたち親子は本当に迷惑で役に立たずだったわね。今後一切家名を名乗ることは許しません。どれだけ困っても助けを求めないことね」
「わかりました」
パチリと扇子を閉じると、伯爵夫人は私を見るのも忌々しいと早々に部屋を後にした。
この部屋は窓もなく常に薄暗くほこりっぽいので長い時間居たくないのだろう。ベンジャミンも睨むだけで、すぐに夫人の後を追いかけ執事もその後に続く。
「――無事、やり過ごせた……」
母との思い出のものは全て処分された。この部屋にあるものは、くたびれた日用品ばかり。
ベンジャミンがこの部屋のものと言ったのは、ろくなものが置いていないことがわかっているからだ。
ただ、ひとつだけ。彼らに見つかれば取り上げられてしまうだろうものがあった。
それは見たこともない宝石のかけら。透明度が高く、そこに見える色は日によって変わる不思議な石だった。
私はぎゅっと不思議な石を握りしめ、ふうっと息をついた。
出て行くまであと数時間。少しでも体力を温存しようとぺたんこのベッドの上に身体を丸めた。
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