魔力なしと虐げられた令嬢は孤高の騎士団総長に甘やかされる

橋本彩里(Ayari)

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路銀を確保しよう①

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 いつもよりさらに暗闇が広がる新月の夜。
 私は伯爵家の大きな門をくぐる前で一度立ち止まった。

 屋敷を眺めると、一つの窓に伯爵夫人と兄の姿が見える。私がちゃんと出て行くのか確認しているのだろう。父である伯爵の姿はどこにも見えない。
 私は大きく息を吐き出した。

 成人とともに追放すると宣告されてから、最後まで伯爵は姿を見せなかった。わかっていたことだけど本当にいらない子だったのだなと落ち込む。
 血が繋がっているので、もしかしたら温情の言葉があるかもと心のどこかで少し期待していたみたいだ。

「わかっていたことじゃない」

 母が亡くなってからこの十年間、どれだけつらい境遇に落とされても伯爵は私に何もしなかった。それが答えだ。
 ミザリア・ブレイクリーからただのミザリアになった。もともと姓はあってないようなものだったけれど、今日が新たな一歩だ。

「母様、ごめんなさい。私、行くね」

 母が眠るこの地を離れることは心残りであるけれど、私の力ではどうにもできない。
 どんな時でも笑顔を浮かべていた母なら、気にするなと送り出してくれるような気がする。

 母にまつわるものを何一つ持ち出せなかったことは非常に悔やまれるが、伯爵夫人にすべて処分されてしまっているので諦めるしかない。もしかしたら伯爵が何か持っているかもしれないけれど、どうしようもないだろう。
 母が亡くなってから家族には何一つ良い思い出はないけれど、この土地には愛着があった。

 この時間の門番は外され、一切合切関わるなと通達されているのか誰もいない。もちろん出て行くところは確認されているのだろうけれど、お前は見送りする価値もない伯爵家と無関係の者だととことん知らしめたいのだろう。
 そんなことをしなくても十分わかっているのにねと、これが最後になるとゆっくりと門扉を押す。

「もうここには二度と戻らないわ。さようなら」

 自分の気持ちの整理と決意のためにも口に出して言葉にする。
 亡き母にため込むのは良くないとたまには言葉にして思いを吐き出すといいと言われていた。
 母もたまにそうやっていた。可憐な印象を持つ母だったけれど、吐き出すときは口が悪くこそこそと二人で言い合い最後には笑い合ったのは思い出だ。

 そうすることで鬱屈したものや、ちょっとしたわだかまりが一時的にだけど出ていく。
 そうしているうちに落ち込む気持ちが前向きになっていくので、なんとか母が亡くなってから気持ちが潰れず十年間やってこれた。

 十六歳で追放されることがわかっていて、これまで私は何もしなかったわけではない。
 少しでも外の知識を仕入れようと、魔石採掘の仕事中に周囲の様子を観察し話に聞き耳を立ててきた。

 手を踏まれ頬を叩かれたが、三日分ほどの食料とぼろぼろの衣服などの持ち出しは許された。
 成果はしっかり得ている。

「とりあえず、採掘場の近くに寄って夜を明かそう」

 幸い夏も近く夜中に放り出されてもなんとかなるだろうけれど、獣の心配はある。慣れた場所ならどんな獣がいるかわかるし、今からは宿探しもできないしまず路銀がない。
 お金が欲しいなんて言えば食料までも取り上げられそうだったので、伯爵家で使えなくなり部屋に置いてあったくず魔石を持っていくことを願い許された。

 なんとも心許ないが、これが私の全財産。
 ないものを嘆いても仕方がないので、今あるもので先を考えていくしかない。

 すり切れた靴でしばらく歩いていると、ふわりと私の視界に柔らかな光が灯った。
 しばらくすると、私の周りをいくつかの丸い光がふわふわと浮かび上がる。

「案内してくれるの?」

 昔からこの光は見えていて、小さい頃はもっとはっきり見えていたらしいけれど魔力喪失とともにたまに淡い光が見えるだけになった。
 らしい、というのは五歳以前のことはうまく思い出せないからだ。

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