魔力なしと虐げられた令嬢は孤高の騎士団総長に甘やかされる

橋本彩里(Ayari)

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騎士団寮の事情④

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 銀の髪や瞳の色に整った容姿は黙っていたら冷たく見えるタイプの美形だけれど、話し方が気さくなので構えずに話しやすい人物だ。
 総長がモテることは聞いたが、フェリクス様もとても人気がありそうだ。

 ふふっと声に出して笑っていると、フェリクス様が透明度の高い湖面のような瞳でじっと私を見据える。軽い空気を醸し出してはいても、その目は真剣で私は笑うのはやめ背筋を伸ばした。
 空気は柔らかなのに、この瞳に観察するように見つめられると緊張する。

「ちゃんと笑えるんだな」
「すみません。急に勘だと言われてちょっと気持ちが緩んでしまいました」

 自分では何度か笑っていたつもりだったのだけど、ぎこちなかったのかもしれない。

「いや、安心した。総長と俺は騎士団に入る前から長年の付き合いがある。あの方のほうが三つ下であるけれど常に理性的で俺の尊敬する人だ。それとともに長年一緒にいるからどのような人物なら受け入れるかだいたいわかる」

 口の端を引き上げ、続いて目を細めて告げるフェリクス様の表情はとても穏やかだ。
 その総長の事情で騎士団寮は苦労しているようだけど、恨んだりはしていないようだ。いい関係が築けているようで私には眩しく映る。

 ――私もそういう相手が、心から信頼できる相手がいつかできるといいな。

 生活が落ち着いたら、今までできなかったことをたくさんしてみたい。
 伯爵家では感じなかった人間関係を垣間見て、冬が明け初めて春を感じたかのように気持ちがぽかぽかとした。
 そう思わせるような表情に、大変そうな総長の実態に少し興味がわく。

「フェリクス様はおいくつなのでしょう?」
「俺は二十四だ」

 ということは総長は二十一歳。想像よりもかなり若い。

「フェリクス様の私が大丈夫であろうことは勘ということですが、私は屋敷と魔石の採掘の往復のみで外の世界を知りません。気づかぬうちに粗相することもあるかと思います。それでもと思われるのなら、私も仕事を探していたのでお誘いはありがたいので、こちらからもよろしくお願いいたします」

 そもそも家を出て次の日に仕事の斡旋までしてもらっていることが奇跡。
 総長の件は気になるけれど会ってみないことにはわからないし、フェリクス様が慕い信頼している相手ならば悪いことにはならないはずだ。
 ここまで説明され気を回され、この話を固辞する理由は私にはない。

「ありがとう。これで解放される」
「解放ですか?」
「ああ。食事の準備やら自分たちで回しているのだけど、仕事が忙しくなると身の回りのことは疎かになるし、外で食べるのはいいけど毎日だと落ち着かないし。いい加減疲れた日くらい寮でゆっくりしたい」

 誰にも気を遣わずゆっくりしたいという気持ちは痛いほどわかる。
 いつ叩き起こされるかとびくびくしながら寝る日々は疲れてしまう。いつ獣に襲われるかわからない外で寝た昨夜のほうが安心できるだなんて異常だと、それほどまでに精神的に追い詰められていたのだと、夜中に起きることもなく熟睡していた事実に私も気づいたばかりだ。

「ええっと、騎士団総長様に邪魔に思われないように頑張ります」
「さっきも言ったけれどそんなに気負わなくても大丈夫だよ。わかりにくい人だけど決して冷たい人ではないから」

 理由を聞かせてもらえたけれど今のところ憶測であるので問題が解決したわけではない。それでも、始める前からできないと決めつけるのはよくない。
 せっかく職を紹介してもらったのだ。しかも住み込みだというし、願ったり叶ったりである。

「いえ。頑張るのは役立たずだと思われながらそこに居たくないだけなので。お給金をいただくのでしたらやはり役に立つ仕事ができたほうが気持ちは落ち着くので」
「……なるほどね。俺はミザリアがずっといてくれると助かるし協力するからね。きっと他の者もミザリアを気に入るよ」

 そうか。難関の総長ばかりを気にしていたけれど、騎士は他にもいるのだ。
 彼らが私を気にくわなければ、それはそれで仕事に障りが出るだろう。ファーストコンタクトをクリアしたら仕事以外で総長とはなるべく接触しないようにすればいい。存在を押し殺すのは得意だ。

「まずはフェリクス様たちが落ち着けるよう仕事を覚えていきたいと思います」
「うんうん。帰ってミザリアがいると思うと和みそうだ。むしろ居てくれるだけでいいよ。話はついたね。このまま騎士団寮に向かってもいいかな?」
「はい。よろしくお願いします」

 家で寛ぎたいという気持ちはとてもわかる。
 せっかくなら私も自分の居場所を見つけたい。必要としてくれるのなら力になりたいし、必要だと思ってもらえるようになりたい。

 私は追い出されてすぐに頼りになる人物との出会いに感謝と期待に胸を弾ませた。


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