15 / 127
騎士団総長①
しおりを挟む数日かけて王都にある騎士団寮に到着した。
私が住んでいるグリテニア王国は大陸で五本の指に入る大きな国だ。国をぐるりと囲む山脈から溢れ出る魔物を討伐してきた一族が王家の成り立ちとされている。
王家を中心とした人々が狼を連れ一丸となって魔物と戦ってきたため仲間意識も強く、周囲の侵攻を試みる敵国も鍛えられた隊で蹴散らし領地を削ることなく今の形になったとされていた。
王国騎士団の紋章が狼なのはそれゆえである。
現王は健在で次期国王となる王太子殿下も非常に優秀な方だと言われている。
弟殿下は病弱で伏せっておられて表舞台からは遠ざかっているが兄弟仲は悪くないらしい。成人された姫君もおられるが、なんでも想いを寄せる相手がいるとかでまだご結婚されていない。
外交が盛んになった今では、騎士団のように魔法と力に優れた者が魔物からも周囲の国の脅威からも守ってくれている。
そんな国の要となる騎士たちの王都にある騎士団寮は五つの寮に分けられている。
門をくぐると訓練場などがある大きな敷地が見え、その奥に伯爵家の屋敷よりも大きく立派な四つの建物があり、さらにその奥にフェリクス様が住んでいる建物があった。
他の建物より小さいけれど造りがしっかりしたその黒い外構の寮に、フェリクス様と総長、他に八人が住んでいると説明を受ける。道中一緒だったアーロン様とザッカリー様は入って二つ目の寮に住んでいるらしい。
騎士服が黒をベースとしていることそして狼の紋章から、総長も住まうこの寮は黒狼寮と呼ばれ、この寮だけは住み込みで働いている人はおらず合格すれば騎士以外では私だけになるらしい。
「ようこそ。騎士団寮へ」
必要最低限の装飾の建物は、広々として無駄を省いたような内装ではあるものの赤と金の文様のカーペットなど貴族の屋敷と変わらない。
何人収容ができるのか想像もつかない大きなホールを前に、私の緊張はマックスになった。
現在は皆出払っていると、フェリクス様は私の荷物を持ちまず私の部屋となる場所へと案内してくれた。それから配置とともに主な業務を教えてくれる。
洗濯物は回収し専門の担当者に渡すだけでよく、食料も必要なものを言いつけたら届けてくれるらしい。
私の仕事は基本そういったものの回収や目につくところの掃除、そして食事の準備をするだけらしい。
食事も他の寮と同じく煮込み料理やサラダなど出来上がったものや料理人によって下ごしらえをしたものが定期的に届き、それらをそれぞれの隊員の勤務や好みに合わせて出す。
一から作るものばかりではないことはとても助かるが、勤務は不規則であるし、隊によって動きも違うし個人の好みもあるのでそこを合わせるのが大変そうである。
あとは状況を見てできる仕事をしていく。つまり、騎士様が居心地がよいと思ってもらえる動きをするのが私の仕事だ。
実際、洗濯ものを洗ったり買い出しをしたりとなると、時間があってもひとりで回せるか不安に思っていたのでこれはありがたい。
食事や洗濯など気を遣わなければならない大部分の形ができているのは、騎士のペースを崩す心配もなさそうであるし助かる。
「最初から気負おうとせずに、わからないことがあればその都度聞いてくれたら。俺たちも完璧な仕事を求めているわけではないから」
「わかりました」
少しでも寮で安らげればいい、そういうことなのだろう。
任務で疲れているにもかかわらず、私に気を配ってくれるフェリクス様。総長の件をクリアすれば、彼のためにも居心地のよい環境を作れるようにしたいと思った。
伯爵家は生きるために能動的であったけれど、今は自発的に頑張りたい気持ちでいっぱいだ。
説明を受けながら質問をしたり仕事の流れを確認していると日が沈みだし、ぱっと明かりが自動的に灯るとそこで入り口あたりが騒がしくなった。
それと同時にがらりと寮の空気が変わるのがわかる。姿が見えないのに建物全体の空気が濃くなったのを感じた。
思わずフェリクス様を見ると、彼はゆっくりと頷いた。
「第一騎士団の彼らが帰ってきた。総長もいるようだ。彼らにはミザリアがいることの連絡を先に入れてあるから心配しないで」
「はい」
再び緊張してきた。
認めてもらえるだろうか。フェリクス様の期待に応えられるだろうか。何度も気負わないようにと彼に声をかけられたけれど、やはり身体に力が入る。
ふぅっと深く深呼吸をし、力を抜くことを試みる。緊張で表情が硬くなっているのが自分でもわかる。
気配のほうに視線を向け緊張と戦っていると、そう時間もかからず騎士服を着た四人の男性が現れた。
黒い騎士服に襟元などは白色の第一騎士団の騎士が三人、そして彼らとはデザインも変わった騎士服に左肩に金の紐で結ばれた白のペリース、さらに全十五騎士団の色の入った装飾の騎士服を着た男性がひとり。
第一騎士団の三人を従えるように、男らしくそれでいて不思議な魅力を持った長身の美形が立っていた。
圧巻だった。
ほうっ、と知らずに感嘆の息が漏れる。
――次元が違うってこういうことなのね。
道中の話だけ聞いて膨らんでいた総長に抱いた感想と想像、フェリクス様が慕っている空気から感じていたイメージとともに急速に一つにまとまる。
とにかく、会えばわかるというのがわかった。この美貌とともに放つ空気感は独特すぎる。
兄であるベンジャミンも美形と言われモテていたようだけど、伯爵領を出てからフェリクス様と出会い、兄を圧倒的に上回る体格からして素晴らしいそれぞれタイプの違った美形を次々と目にしてあっさりと上塗りされた美形基準がまた跳ね上がる。
その集大成とも言える美貌と存在感。
艶やかな黒髪に野性味の強い切れ長のアンバーアイ。ウルフアイとも呼ばれ中心の黒の周りに黄色が強い双眸は見る者を畏敬の念を抱かせる。
多くの者は彼を見て、教会のステンドグラスに描かれているこの国で神格化したフェンリルのような孤高さと美しさにどうしても焦がれてしまうのだろう。
その双眸がゆっくりと私を映すと、わずかに細められた。
それから何事もなかったかのように視線を外し、フェリクス様に話しかける。
271
あなたにおすすめの小説
【完結】偽物聖女は冷血騎士団長様と白い結婚をしたはずでした。
雨宮羽那
恋愛
聖女補佐官であるレティノアは、補佐官であるにも関わらず、祈りをささげる日々を送っていた。
というのも、本来聖女であるはずの妹が、役目を放棄して遊び歩いていたからだ。
そんなある日、妹が「真実の愛に気づいたの」と言って恋人と駆け落ちしてしまう。
残されたのは、聖女の役目と――王命によって決められた聖騎士団長様との婚姻!?
レティノアは、妹の代わりとして聖女の立場と聖騎士団長との結婚を押し付けられることに。
相手のクラウスは、「血も涙もない冷血な悪魔」と噂される聖騎士団長。クラウスから「俺はあなたに触れるつもりはない」と言い放たれたレティノアは、「これは白い結婚なのだ」と理解する。
しかし、クラウスの態度は噂とは異なり、レティノアを愛しているようにしか思えなくて……?
これは、今まで妹の代わりの「偽物」として扱われてきた令嬢が「本物」として幸せをつかむ物語。
◇◇◇◇
お気に入り登録、♡、感想などいただければ、作者が大変喜びます!
モチベになるので良ければ応援していただければ嬉しいです♪
※いつも通りざまぁ要素は中盤以降。
※完結まで執筆済み
※表紙はAIイラストです
※アルファポリス先行投稿(他投稿サイトにも掲載予定です)
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
酒飲み聖女は気だるげな騎士団長に秘密を握られています〜完璧じゃなくても愛してるって正気ですか!?〜
鳥花風星
恋愛
太陽の光に当たって透けるような銀髪、紫水晶のような美しい瞳、均整の取れた体つき、女性なら誰もが羨むような見た目でうっとりするほどの完璧な聖女。この国の聖女は、清楚で見た目も中身も美しく、誰もが羨む存在でなければいけない。聖女リリアは、ずっとみんなの理想の「聖女様」でいることに専念してきた。
そんな完璧な聖女であるリリアには誰にも知られてはいけない秘密があった。その秘密は完璧に隠し通され、絶対に誰にも知られないはずだった。だが、そんなある日、騎士団長のセルにその秘密を知られてしまう。
秘密がばれてしまったら、完璧な聖女としての立場が危うく、国民もがっかりさせてしまう。秘密をばらさないようにとセルに懇願するリリアだが、セルは秘密をばらされたくなければ婚約してほしいと言ってきた。
一途な騎士団長といつの間にか逃げられなくなっていた聖女のラブストーリー。
◇氷雨そら様主催「愛が重いヒーロー企画」参加作品です。
実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~
空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」
氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。
「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」
ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。
成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。
好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が
和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」
エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。
けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。
「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」
「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」
──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い
腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。
お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。
当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。
彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる