魔力なしと虐げられた令嬢は孤高の騎士団総長に甘やかされる

橋本彩里(Ayari)

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騎士団総長②

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「彼女が?」

 よく通る低音。その声も力強く、鼓膜が打ち震える。
 視覚で、聴覚で、こんなにも惹きつける人がいるなんて信じられない。
 見惚れるというよりはどちらかというと驚く気持ちのほうが強く、私は騎士団総長を見るのをやめられなかった。

 実際に魔力は魔道騎士団である第二騎士団長をしのぎ、国随一で魔法に関して、そして剣の技も最強と言われている。
 公式の催しなどは滅多に出ず、口伝で美貌と武勇伝がこの広い国の全域に行きわたるほど有名な人。

 ディートハンス騎士団総長。出自は不明だが、高貴な出だということは噂されていた。
 実際、フェリクス様の会話からもそうなのだろうと推測できる。

「はい。彼女はミザリアです。まずはお試しということになりました」

 フェリクス様が私を連れてきた経緯と私に話した内容を説明し終えると、再びディートハンス総長の視線が私を捉えた。
 何を考えているのかわからない冷たい双眸が、目にかかる長めの前髪の間からじっと私を見る。

 欠点の見当たらない美しい顔に、総長という立場もある人が醸し出す雰囲気に気圧され、後退りそうになるのをぐっと耐えた。
 ただ私を見ているだけ。それだけなのに全てを見透かされているような心許ない気分になるけれど、総長の面会をクリアしないとここで働くことはできない。
 私は引きそうになる顎をわずかに上げて、総長の視線を真っ向から受け止めた。

「……気分は?」
「……? 大丈夫です」

 自分の違和感を探るけれど、場の空気に呑まれている以外の異変は感じない。
 首を傾げながら答えると、総長は視線を合わせたままゆっくりと一歩前に出たので私との距離が少し縮まる。

「「「「…………」」」」

 それを周囲が固唾を飲んで見守る気配が伝わってくる。
 こくり、と喉を鳴らしている人もいるようだ。

 自分よりも緊張しているのではと思えるそれに、煽られるようにさらに緊張し喉の渇きを覚えた。
 私は足が縫い付けられたようにその場に固まったままディートハンス総長を見た。

 ――び、美形の無表情、怖すぎるっ!

 もう少し表情を動かしてもいいんじゃないかってくらい、涼やかさを通り越して冷たい表情。
 身長も高く鍛えられた身体を前に圧を感じるし、何より無言。この無言の時間をどうしたらいいのかと何度か瞬きを繰り返したところで、総長の形のいい唇が動いた。

「何か変わったことは?」
「……? ありません」

 先ほどとあまり距離は変わらないのに似たような質問を繰り返され首を傾げると、ほっとディートハンス総長は息をついた。わずかに寄せてられていた眉間のしわも解かれる。
 眉間のしわ以外全くといっていいほど表情は変わらないけれど、そのわずかが動くだけでも同じ人間だったんだとほっとするというか、総長なりに気を配ってくれているのがわかって私は安堵した。

 ディートハンス総長は再びわずかに眉間にしわを寄せ、さらに私に近づいてきた。
 互いに見つめ合う。
 強い狼の群れの長に見定められているような気分になってくる。威圧感はあるけれど不思議と怖いとは思わなかった。
 敵か味方か、排除する者か守る者か。

「これはこれは」

 今度はブルネットの髪に茶の双眸でどっしりと落ち着いた雰囲気の騎士が声を上げた。
 外から遮断された生活を送っていた私でも彼が誰だか知っている。

 活躍するたびに新聞に載ることがある第一騎士団長、アーノルド・バルゲリー。
 総長の情報は規制がかかっているのか活躍内容以外は載らないが、第一騎士団長は表立って動くため度々新聞に取り上げられている。
 彼は数々の功績を上げ伯爵という爵位持ち。実家は侯爵家でそこの三男だったはずだ。年齢は三十代半ばだと記憶している。

 その団長も従える人物。統制された強い狼の群れのボスと対峙しているようだ。
 総長に認めてもらえなければここでやっていけない。そして、この総長を前にして虚勢を張っても仕方がない。

 どうやっても駄目なときは駄目。理不尽な暴力にさらされてきた私にとって、明確な線引きがありそれを最初に示されるのはありがたい。
 緊張のピークは通り越し、なんだか逆に安心もして私はふぅっと力を抜いた。

 『徹底的』に女性と距離をあけると聞いていたので必要以上に近寄らないようにしようと思っていたのに、まさかその総長から距離を詰められるとは思わなかった。
 といっても、五メートルはあいている。だけど、私からではなく総長からというのは悪い話ではないと思う。

 ――不快だったら近づかないよね?

 フェリクス様から事前に総長のスタンスを聞いていたおかげで、緊張はするけれど落ち着いていられる。
 私はふぅっと息をつき、むにゅむにゅと口の運動をする。

 伯爵家ではとんと笑う機会がなかったけれど、母には関係を良くしたい相手には笑顔を見せなさいと言われていた。あとは『女の武器になるのよ』とも言っていた。
 私はここで働くかもしれないので、私が笑ったところで武器になるとは思えないが敵意はないよと見せるのに笑顔はきっと大事。

 口元が解れたのを確認し、私はにこにこと笑顔を浮かべ総長を見た。
 すると、ぴく、と総長が身体をわずかに揺らし、私をさらにじぃぃっと見つめてきた。無言と無表情の圧がすごい。

 ――これはもしかして失敗?

 ぎこちなくて逆に不快を与えてしまったのかもしれない。

「何か問題が生じればフェリクスに言うように」

 どうしようと笑顔がひきつりそうになっていると、ディートハンス総長は目を眇めそれだけ言うとくるりと方向転換しその場を後にした。


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