魔力なしと虐げられた令嬢は孤高の騎士団総長に甘やかされる

橋本彩里(Ayari)

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二人の魔力①

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 ユージーン様の指摘通り、総長との距離は五メートル以上必ずあった。
 他の騎士たちが気安く声をかけてくれる分、ディートハンス総長がやけに遠く感じるけれど、そういうものなのだなと少し慣れた。

 徹底的に距離をおくと聞かされていたし、同じ部屋にいることもあったので疎外感だとか拒絶といったものは感じられなかった。
 ただ、五メートル以内は近づいてこない。近づかせない。絶対的な距離。

 オーラでも纏ったような美貌を目にするたびに圧倒されるけれど、見惚れすぎて仕事が手につかないといった症状を起こすことはなく、お近づきになりたいと思うようなこともなかった。
 望まれていないのに自分から近づくとか考えられない。
 少なくとも同じ部屋にいることを厭っているわけではないようなので、こんなものかとは思うようにはしているけれど、何せ存在感がある方なので常に気にはなっていた。

 ときおりじっと観察されているような気もするけれど、向こうから話しかけられなければ私から話しかけることもない。
 総長に関わる仕事は、他の騎士たちを通せば成り立つので不便ということもなかった。

 これもユージーン様が指摘するように、どことなく周囲がそんな私たちに気を遣っているなと感じることはあったけれど、私は雇われている身なので私からそれを変えようとか思ったこともなかった。
 なのに、今それらが急に変えられようとしている。

「いいですね?」

 戸惑う私の肩を押したフェリクス様が、ディートハンス総長へと笑みを浮かべ軽い口調で尋ねる。
 笑みを浮かべる水色の瞳の奥は、その笑みに反してやけに真剣で振り返って見てしまったことを私は後悔した。

 ――これ、口を挟めないやつ。

 明るく振る舞えば振る舞うほど、これからの儀式がフェリクス様にとって、ここの騎士にとって、彼らが大事に思うディートハンス総長にとって非常に重要なことなのだと知らされ肝が冷える。

「フェリクス様」

 私が知ってしまって本当にいいのだろうか?
 今ならまだ引き返せるのでは?

 それに関わってしまっていいのか私自身では判断がつかず、私は縋るようにフェリクス様を呼び、それからディートハンス総長を見た。

 ウルフアイとも呼ばれ中心の黒の周りに黄色が強い瞳とぶつかる。
 密かに揺らいで細まるのを見て息を呑むと、ディートハンス総長はさらに目を細めた。

 諦めたのか決意したのか、どことなくいつもより和らいだ空気にぎゅっと胸が詰まる。
 何かが確実に変わる気配に、足下が急激におぼつかなくなる。

「何かあればそこでやめる」
「わかっています。では二人とも、とりあえず五メートルの位置にどうぞ」

 ディートハンス総長がそう判断したのなら、私は受け止めるだけ。
 不安で視線を揺らす私の肩を、フェリクス様が励ますようにぽんと叩いた。

「ミザリアなら大丈夫だ。俺の勘がそう言っている」

 フェリクス様の勘とやらがまた出た。

「……はい」

 だけど、今回は笑えない。
 極度に緊張した私に、フェリクス様が表情を柔らげ私の味方でもあるのだとわからせるように優しく私の頭を撫でた。

「ミザリアは結果を受け止めるだけで、それがどういう結果であろうと君を責めるものではないと誓おう。と言っても不安だよね? 先に初めて出会った時に話せなかった事情を話したい。ディース様いいですか?」
「……ああ」

 総長はじっと私を見下ろし、ゆっくりと頷いた。
 気にはなっていたけれど、暴いてまで知りたいと思ったことはない。
 知ってしまっていいのだろうかと、緊張で神経が研ぎ澄まされていく。

「ミザリア。緊張しなくても大丈夫。話を聞いてからどうするか判断してくれていいからまず聞いて」
「わかりました」

 こくりと頷くと、フェリクス様が目元を緩めた。張り詰めていた周囲の空気もわずかに和む。

「ここで働く人が長続きしないと以前話していた理由の他に、この寮にいるには一定の魔力量があって総長の膨大な魔力の影響を受けないか、もしくは……」

 そこでフェリクス様が言いにくそうに言葉を切った。

「魔力がないかですか?」

 私が先に切り出すと、ふっと物憂げな溜め息をついてフェリクス様は苦笑した。

「そう。反発するほどの魔力がなければいけるかもと思ったんだ。今までは貴族やいいところのご令嬢ばかりで魔力がある人ばかりだったからね。もちろん、少しでも気分が悪くなるならすぐに引き離すつもりではいたんだけど。ごめん」
「謝らないでください」

 私の反応を気にしながら告げるフェリクス様の言葉に、妙に納得した私は見えないのに自分のお腹の辺りを見た。

「ミザリアの魔力が少ないということは出会った時にはわかったが、俺はユージーンほど見極めができるわけではない。彼の見立てではミザリアの器が大きいということだったけど、それに心当たりは?」
「器のことまで考えたこともなく指摘されたこともなかったのですが、ユージーン様が言われるのならその可能性もあるかもしれません。生まれた時はかなり魔力があったと聞いているのでそれででしょうか?」
「そうか。魔力が多かったのか。だから伯爵はミザリアたちを伯爵家に入れたんだな」
「そうだと思います」
「魔力検査でなしと判断されたのは聞いたけれど、その魔力がなくなったのは具体的にいつ頃かわかる? その状態はそれからずっとかな?」

 真剣な面持ちで問われ、急に不安になった。
 私にとってこれが常だったので、他の人とどう違うとか考えたこともなかった。ただ、魔力なしと言われ、圧倒的に魔力がないと知っているだけ。

「以前話したように五歳の時には魔力なしと判定されました。なので、それから十年以上同じような状態で魔力が増えたと感じることもなかったです。あの、よく動けているなというのは?」

 枯渇状態とも言われ、その後の周囲の反応もあってそれはどういう状態なのか気になる。

「ああ。普通、魔力は使用し一時的に減少するか、器が縮小したり傷ついたりして減ることはあるけれど、器の大きさはそのままで魔力だけがずっと少ないというのはありえない。まるで枯渇状態のようなそれが、数日ならまだしも何年もというのは聞いたことがない。さっきも聞いたけど何か心当たりはない?」
「ありません」

 思い当たるところもなく首を振ると、フェリクス様は断りを入れて私の腕の脈や額に手を当ててきた。
 労るような手つきにされるがままでいると、最後に瞳の奥をのぞきこんできた。

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