26 / 127
総長との距離①
しおりを挟む「ミザリア」
徹底的に距離を置いていた相手が、感情を見せなかった相手が、明らかに心配の色を乗せて私の名を優しく呼ぶ。
事情を話した今となっては隠す必要はないと判断したようで、表情自体は変わらないけれどその眼差しの変わりように私は狼狽えた。
「はい」
「試してみてもいいだろうか?」
あくまで私の意向を優先しようとする気配に、駄目だと言えばすぐにでもやめるのだろう真剣な眼差しに、私は喉元までせりあがった不安を呑み込んだ。
「……はい」
「無理はしなくていい」
孤高と呼ばれるディートハンス総長。
泰然自若とした姿に憧れ近付きたいと思う者は性別年齢関係なく多く、近づけば近づくほどそのすごさに打ちのめされ、もしくは近づけずにさらに遠く感じる。
地位も才能も美貌も桁違い。彼の周囲もまた特別な人たちばかりでさらに距離を感じ孤高さが突き抜ける。
ゆったりとした動きは上品で、それでいて隙を見せない完璧さ。
何ももたない私が、しかも魔力なしと世間的にも価値のない私が、安易に近付いて許されるような存在ではない。
そう思っていたから、自分の立場をわきまえてきたから、いざ相手から歩み寄りを見せられてどうしていいのかわからなくなった。
正直なところ、総長の魔力にはぴんときていない。
気配に耐えられない者も出てくると言っていたけれど、逃げ出したくなるとかそういったことは今まで感じたことはない。
近づくほど魔力の影響があるということなのだけど確かめてみないことにはわからないし、こうなれば私もどこまで大丈夫なのか知りたいと思った。
「大丈夫です」
私の気持ちが固まったのを見て取ったのかディートハンス様は一度ゆっくりと瞬きをし、わずかに首を傾げて聞いてきた。
「近づいても?」
「はい」
こくりと頷くと、さらにじっと見つめられる。
相手を見透かすような双眸は少しの動揺でも見破られそうで、何もなくても不自然な動きをしてしまいそうだ。
「異変を感じたら言うように」
「わかりました」
異変……、正直何をもって異変というのかわからないけれど、とにかくおかしいと感じた時のみに反応するのだと大きく頷くと、ディートハンス様は一歩一歩私の表情を確認しながら近づいてくる。
三メートルあたりで、周囲の固唾を呑む気配が伝わってくる。
なんだか、総長と私よりも周囲の反応のほうが大袈裟なような気がしてきた。それほどまでに、彼らも総長のこの事情を懸念していたのだろう。
彼らが反応すればするほど自分の何も感じなさが不安になってくる。
「……」
これでいいの? とよくわからず隣にいるフェリクス様を見ると、彼は嬉しそうに微笑むだけで何も言わない。
さらに総長が先ほどよりも大きく一歩踏み出した。じっと観察するような視線は外されないままで、私は静かに見返した。
「……」
「……」
すると、最後の一歩はゆったりとディートハンス様が手を伸ばしたら届くところまでやってきて止まった。
至近距離で視線が交差する。
近くで見るとさらに細かな光が散る美しい双眸に魅入られ、熱に浮かされたように視線を外すことができなかった。
瞳は夏の太陽のように恐ろしいほど輝いていて、抗うものはすべて焼き尽くしてしまいそうなほど強さに溢れる。
目を逸らしたいのに見ていたい、そう思わせる双眸がじっと探るように私を見ていた。
そこには私を焼き尽くしたいというよりは、その火で燃えてしまわないだろうかと危惧しているような不安も見て取れる。
――ディートハンス様も不安なんだ。
私が想像つかないほど、魔力のことでいろいろあったのだろう。
距離をあけたいと思うほどに、もしかしたら目の前で倒れられたことなど数え切れないほどあるのかもしれない。
動作とともに歩み寄ろうとする気配。
私はじっと見つめてくるばかりの相手に何か伝えなければと思ったのだけど、何から話していいかわからずまごつく。
長年話せば怒鳴られ手を上げられてきたので、コミュ力は全く育たなかった。
話しかけられれば答えられるけれど、目的もなく自分からどうやって話せばいいかわからない。
結局、私は大丈夫だと頷き笑みを浮かべるので精一杯だった。
そんな私をどう思って見ているのか、ディートハンス様はまた違和感がないかを聞いてきた。
293
あなたにおすすめの小説
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます
鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────
私、この子と生きていきますっ!!
シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。
幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。
時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。
やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。
それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。
けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────
生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。
※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。
※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。
【完結】転生したら悪役継母でした
入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。
その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。
しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。
絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。
記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。
夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。
◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆
*旧題:転生したら悪妻でした
次期騎士団長の秘密を知ってしまったら、迫られ捕まってしまいました
Karamimi
恋愛
侯爵令嬢で貴族学院2年のルミナスは、元騎士団長だった父親を8歳の時に魔物討伐で亡くした。一家の大黒柱だった父を亡くしたことで、次期騎士団長と期待されていた兄は騎士団を辞め、12歳という若さで侯爵を継いだ。
そんな兄を支えていたルミナスは、ある日貴族学院3年、公爵令息カルロスの意外な姿を見てしまった。学院卒院後は騎士団長になる事も決まっているうえ、容姿端麗で勉学、武術も優れているまさに完璧公爵令息の彼とはあまりにも違う姿に、笑いが止まらない。
お兄様の夢だった騎士団長の座を奪ったと、一方的にカルロスを嫌っていたルミナスだが、さすがにこの秘密は墓場まで持って行こう。そう決めていたのだが、翌日カルロスに捕まり、鼻息荒く迫って来る姿にドン引きのルミナス。
挙句の果てに“ルミタン”だなんて呼ぶ始末。もうあの男に関わるのはやめよう、そう思っていたのに…
意地っ張りで素直になれない令嬢、ルミナスと、ちょっと気持ち悪いがルミナスを誰よりも愛している次期騎士団長、カルロスが幸せになるまでのお話しです。
よろしくお願いしますm(__)m
実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~
空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」
氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。
「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」
ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。
成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。
前世の記憶を取り戻した元クズ令嬢は毎日が楽しくてたまりません
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のソフィーナは、非常に我が儘で傲慢で、どしうようもないクズ令嬢だった。そんなソフィーナだったが、事故の影響で前世の記憶をとり戻す。
前世では体が弱く、やりたい事も何もできずに短い生涯を終えた彼女は、過去の自分の行いを恥、真面目に生きるとともに前世でできなかったと事を目いっぱい楽しもうと、新たな人生を歩み始めた。
外を出て美味しい空気を吸う、綺麗な花々を見る、些細な事でも幸せを感じるソフィーナは、険悪だった兄との関係もあっという間に改善させた。
もちろん、本人にはそんな自覚はない。ただ、今までの行いを詫びただけだ。そう、なぜか彼女には、人を魅了させる力を持っていたのだ。
そんな中、この国の王太子でもあるファラオ殿下の15歳のお誕生日パーティに参加する事になったソフィーナは…
どうしようもないクズだった令嬢が、前世の記憶を取り戻し、次々と周りを虜にしながら本当の幸せを掴むまでのお話しです。
カクヨムでも同時連載してます。
よろしくお願いします。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる