魔力なしと虐げられた令嬢は孤高の騎士団総長に甘やかされる

橋本彩里(Ayari)

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総長との距離①

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「ミザリア」

 徹底的に距離を置いていた相手が、感情を見せなかった相手が、明らかに心配の色を乗せて私の名を優しく呼ぶ。
 事情を話した今となっては隠す必要はないと判断したようで、表情自体は変わらないけれどその眼差しの変わりように私は狼狽えた。

「はい」
「試してみてもいいだろうか?」

 あくまで私の意向を優先しようとする気配に、駄目だと言えばすぐにでもやめるのだろう真剣な眼差しに、私は喉元までせりあがった不安を呑み込んだ。

「……はい」
「無理はしなくていい」

 孤高と呼ばれるディートハンス総長。
 泰然自若たいぜんじじゃくとした姿に憧れ近付きたいと思う者は性別年齢関係なく多く、近づけば近づくほどそのすごさに打ちのめされ、もしくは近づけずにさらに遠く感じる。

 地位も才能も美貌も桁違い。彼の周囲もまた特別な人たちばかりでさらに距離を感じ孤高さが突き抜ける。
 ゆったりとした動きは上品で、それでいて隙を見せない完璧さ。
 何ももたない私が、しかも魔力なしと世間的にも価値のない私が、安易に近付いて許されるような存在ではない。

 そう思っていたから、自分の立場をわきまえてきたから、いざ相手から歩み寄りを見せられてどうしていいのかわからなくなった。
 正直なところ、総長の魔力にはぴんときていない。

 気配に耐えられない者も出てくると言っていたけれど、逃げ出したくなるとかそういったことは今まで感じたことはない。
 近づくほど魔力の影響があるということなのだけど確かめてみないことにはわからないし、こうなれば私もどこまで大丈夫なのか知りたいと思った。

「大丈夫です」

 私の気持ちが固まったのを見て取ったのかディートハンス様は一度ゆっくりと瞬きをし、わずかに首を傾げて聞いてきた。

「近づいても?」
「はい」

 こくりと頷くと、さらにじっと見つめられる。
 相手を見透かすような双眸は少しの動揺でも見破られそうで、何もなくても不自然な動きをしてしまいそうだ。

「異変を感じたら言うように」
「わかりました」

 異変……、正直何をもって異変というのかわからないけれど、とにかくおかしいと感じた時のみに反応するのだと大きく頷くと、ディートハンス様は一歩一歩私の表情を確認しながら近づいてくる。
 三メートルあたりで、周囲の固唾を呑む気配が伝わってくる。

 なんだか、総長と私よりも周囲の反応のほうが大袈裟なような気がしてきた。それほどまでに、彼らも総長のこの事情を懸念していたのだろう。
 彼らが反応すればするほど自分の何も感じなさが不安になってくる。

「……」

 これでいいの? とよくわからず隣にいるフェリクス様を見ると、彼は嬉しそうに微笑むだけで何も言わない。
 さらに総長が先ほどよりも大きく一歩踏み出した。じっと観察するような視線は外されないままで、私は静かに見返した。

「……」
「……」

 すると、最後の一歩はゆったりとディートハンス様が手を伸ばしたら届くところまでやってきて止まった。
 至近距離で視線が交差する。

 近くで見るとさらに細かな光が散る美しい双眸に魅入られ、熱に浮かされたように視線を外すことができなかった。
 瞳は夏の太陽のように恐ろしいほど輝いていて、抗うものはすべて焼き尽くしてしまいそうなほど強さに溢れる。

 目を逸らしたいのに見ていたい、そう思わせる双眸がじっと探るように私を見ていた。
 そこには私を焼き尽くしたいというよりは、その火で燃えてしまわないだろうかと危惧しているような不安も見て取れる。

 ――ディートハンス様も不安なんだ。

 私が想像つかないほど、魔力のことでいろいろあったのだろう。
 距離をあけたいと思うほどに、もしかしたら目の前で倒れられたことなど数え切れないほどあるのかもしれない。

 動作とともに歩み寄ろうとする気配。
 私はじっと見つめてくるばかりの相手に何か伝えなければと思ったのだけど、何から話していいかわからずまごつく。

 長年話せば怒鳴られ手を上げられてきたので、コミュ力は全く育たなかった。
 話しかけられれば答えられるけれど、目的もなく自分からどうやって話せばいいかわからない。

 結局、私は大丈夫だと頷き笑みを浮かべるので精一杯だった。
 そんな私をどう思って見ているのか、ディートハンス様はまた違和感がないかを聞いてきた。

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