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変わったこと①
しおりを挟むあの夜から、ディートハンス総長との関係が少し変わった。気のせいではなく、物理的に距離は縮まった。
腕一本分あいていた距離がなくなり、周囲と同じように頭を撫でられるからだ。
しかも、なぜそこでと思うようなタイミングも多く、一度触ったらなんかずっと触っている。
最初こそは驚いたけれど、結構な頻度で撫でられていると慣れてくる。
今も食べ終えた食器を引こうとしたら、すっと伸びてきた腕に捕まり無言で頭を撫でられた。
そっと触れる優しい感触から、徐々に興が乗ってくるのかわしゃわしゃと指を差し入れられる力加減が気持ちいい。
正直、私はディートハンス様に撫でられるのが結構好きだった。
慣れた感触に目を細めると、ディートハンス様の横で同じように食事をしていた初見だったアーノルド団長がぶほっと噴く。
「な、何をしているんだ?」
アーノルド団長は口の中のものを出してはならないと慌てて手を当て飲み込んだのかごほごほと涙目でむせ、総長と私を交互に見る。
その慌てっぷりを眺めながら、いったいディートハンス様はどう言うのかなと聞き耳を立てた。
「撫でている」
「ああ、そうか撫でているな。じゃなくてなぜ?」
「そこにミザリアの頭があったから」
へえ、頭があるから今まで撫でられていたんだ、とはならない。
「…………」
「…………」
私は撫でられながらアーノルド団長と顔を見合わせ互いに首を傾げた。
その間もまだ撫でられている。
アーノルド団長はがしがしとブルネットの髪をかき乱し、「ああ~」とか「うう~」と唸っている。
長年付き合いのある団長でも、ディートハンス総長のこの行動の意図はわからないようだ。
わしゃわしゃと撫でられる小さな音がやけに響く。
そこで、第一騎士団副長であるレイカディオン様と第一騎士団第一隊隊長であるセルヒオ様が食堂に騎士服を着用し顔を出した。
「総長。団長。そろそろお……」
「珍しい光景だ」
赤茶色の髪のこの寮のムードメーカー的存在でもあるセルヒオ様が食堂に顔を出し、そこで口を噤んだ。それを引き取るように黒髪短髪でがたいのいいレイカディオン様が口を開いた。
二人は先に食事を終えておられたので、迎えに来られたのだろう。
基本、ディートハンス総長は第一騎士団と動く。
今日は第一騎士団と第二騎士団、討伐部隊である第五騎士団と治癒部隊である第六騎士団は朝から合同演習があるとかでもうすぐ出勤の時間だ。
食べたお皿は持ってきてくれるけれど、出勤前だとか気づける時は先に引くようにして、食後のコーヒーなど必要ないかも聞くようにしていた。
その際にこうして撫でられることになったのだけれど、見られる人数が増えると恥ずかしくなってくる。
「ディートハンス様、そろそろお時間のようですよ」
「ああ、そうだな」
いつもなら先導するはずの団長が頭を抱えて機能していなそうなので、時間を指摘してみる。それに私が言わなければいつまでも撫でていそうだ。
周囲の驚きなど気にもせず、ディートハンス様は私の頭から手を離すと立ち上がった。
「行くぞ」
いまだに混乱している団長たちを引き連れて、総長は颯爽と出て行った。
第二騎士団長であるフェリクス様は今回の合同演習には不参加らしく、のんびりと席に座って手を振り見送りながらぽつりと漏らした。
「うーん。何て言うか、超マイペース?」
それには同意するがさすがに頷くのはおこがましくて苦笑すると、フェリクス様は思考するようにぷらぷらと持っていたフォークを揺らした。
総長の斜め前の席に座っていたフェリクス様は、総長が私の頭を撫でる場面を見るのは二度目だったので、アーノルド団長ほどの驚きはなくやり過ごしたようだ。
「今まではマイペースという言葉で片付けられない超然としたところのほうが目立っていたけど、ミザリアと絡むと普通の人に近づくというか、だからマイペースって言葉出るのかな?」
疑問形で、ね、と同意を求めるようににこにこと私を見て話しかけてくる。
フェリクス様も最初は顎が外れるかというくらい口を開け、その後ディートハンス様に問い詰めて結局意味がわからんと思考を放棄していた。
どう返していいのかやはりわからず誤魔化すように笑みを浮かると、甘党なフェリクス様は食後のデザートのチョコレートケーキに揺らしていたフォークを刺して頬張ると頬を緩ませ、コーヒーに口をつけるとふぅっと息をついた。
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