魔力なしと虐げられた令嬢は孤高の騎士団総長に甘やかされる

橋本彩里(Ayari)

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いてもいい③

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 いたかったらいてもいい。
 何度も心の中で繰り返す。

 その一言がすごく嬉しかった。多くを語らないそれはすとんと私の中に落ちてくる。
 追い出されて早々フェリクス様に出会い成り行きでここに働かせてもらって、もしここが合わなければ働き口を紹介してくれるなんて、本当にありがたいことだった。
 感謝しているし、魔力なしでも役に立てると知れて嬉しかった。

 だけど、お試しである間はずっと仮だ。もしもの時は他の職場を紹介するということは、彼らにとって私はどっちでもいいということ。
 それは当然なのに、配慮してもらっているとわかっているのに、必要以上に落ち込んでいた。
 自覚していなかったけれど、頑張らないと、認めてもらわないといけないと意気込んでいたようだ。

 自分で気づかなかったそういった感情も見透かされながら、恥ずかしいと思うこともなく大きくすくい上げてもらったような心地よさがあった。
 竦んでいた心がほっと緩むのを感じる。

 ――私、ここで頑張っていきたい! 役に立ちたい!

 前よりも強く、強く思った。

「ゆっくりでいい」
「ありがとうございます」

 整った美しい顔ではあるけど、その白い肌と黒い髪という色彩、さらにほとんど変わらない表情に加え、今みたいに真顔だとさらに冷たい印象を受ける。
 黙して語らずを貫くご尊顔に気後れしてしまうけれど、見てくれているとわかる言動は特に落ち込んでいた今は余計に胸に響いた。

 ごそごそと動き、この今までにない嬉しい気持ちをどうにか伝えたくてベンチの上に正座する。
 手の指先を揃え、今日の吸い込まれるほどの静かな夜空のように静かに月と星が輝く、恐ろしいほど深みのある瞳を見つめた。

「騎士様たち、そしてディートハンス様のために、今以上に精一杯仕えたいと思います。なので、お願いがあります。私に触ってください」

 伝え終わると、私は額をつける勢いで深々と頭を下げた。
 読んだことのある資料に書いてあった。遠い異国ではこのように座って敬意を込めて頭を下げることもあるのだとか。

 手の甲に額がつくと同時に、切ることがなく伸びた髪がはらりと落ちる。
 この髪も守ってもらったものの一つで、ここの人たちには見えるものから見えないもの、たくさんのものを守ってもらったのだなとしみじみと思う。
 動作と気持ちが完全に一致していてこうべが垂れた状態でいると、頭上で息が落ちた。

「ふっ」

 その笑ったような声にゆっくりと頭を上げると、至近距離に戸惑いとそして慈しむような優しさを乗せたアンバーの瞳があった。
 それからややして眉を寄せたディートハンス様の耳がわずかに赤くなった。

「ディートハンス様?」
「……この流れで触ってくれと言われるとは思わなかった」

 不躾すぎただろうか。
 そう不安になったけれど、深みのある低い声がどうしても優しく聞こえた。高揚感からか、私は思いのほか素直に言葉を口に出していた。

「すみません。黒狼寮で働く私の利点はディートハンス様の近くにいれることなので、ならばどこまで近づけられるか知りたいです。私はたくさん役に立てるようになりたい。どうかお願いします」
「ミザリアは潔いところがあるんだな」

 ディートハンス様はそこから考えるように黙り込んだ。
 さわさわと木々の葉がこすれる音がする。

 静寂が耳につくと私はだんだん冷静になってきて、『触ってください』なんて総長にとって二重のプレッシャーではと自分の大胆さに顔が熱くした。
 出してしまった言葉を今更なかったことにできないので、羞恥に耐えながら自分の指先を見つめていると、さわっと風で揺れたくらいの感触と気配がした。

 わずかに視線を上げると、そろりと伸ばされた手が私の頭に触れていた。
 総長が目元を緩めると私を見た。そして初めて触れられた二重の驚きに固まって見上げるだけの私に、一度離した指先を再び私の頭上に置いた。

 ――本当に触ってる!?

 自分でお願いしたのだけれど実際されてみると驚いて、今までにない感情が渦巻いてなんだか泣きそうになるほど感動した。

 まるで初めての生き物でも触るような、髪の上のほうがさわさわと触れるだけの感触に目を細めると、総長はゆっくりと髪をすくように差し入れ撫でてきた。
 ディートハンス様の上着から香る匂いに包まれ、ものすごく優しい手つきで滅多にない総長のスキンシップに私は心地よくなって目をつぶった。


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