34 / 127
いてもいい③
しおりを挟むいたかったらいてもいい。
何度も心の中で繰り返す。
その一言がすごく嬉しかった。多くを語らないそれはすとんと私の中に落ちてくる。
追い出されて早々フェリクス様に出会い成り行きでここに働かせてもらって、もしここが合わなければ働き口を紹介してくれるなんて、本当にありがたいことだった。
感謝しているし、魔力なしでも役に立てると知れて嬉しかった。
だけど、お試しである間はずっと仮だ。もしもの時は他の職場を紹介するということは、彼らにとって私はどっちでもいいということ。
それは当然なのに、配慮してもらっているとわかっているのに、必要以上に落ち込んでいた。
自覚していなかったけれど、頑張らないと、認めてもらわないといけないと意気込んでいたようだ。
自分で気づかなかったそういった感情も見透かされながら、恥ずかしいと思うこともなく大きくすくい上げてもらったような心地よさがあった。
竦んでいた心がほっと緩むのを感じる。
――私、ここで頑張っていきたい! 役に立ちたい!
前よりも強く、強く思った。
「ゆっくりでいい」
「ありがとうございます」
整った美しい顔ではあるけど、その白い肌と黒い髪という色彩、さらにほとんど変わらない表情に加え、今みたいに真顔だとさらに冷たい印象を受ける。
黙して語らずを貫くご尊顔に気後れしてしまうけれど、見てくれているとわかる言動は特に落ち込んでいた今は余計に胸に響いた。
ごそごそと動き、この今までにない嬉しい気持ちをどうにか伝えたくてベンチの上に正座する。
手の指先を揃え、今日の吸い込まれるほどの静かな夜空のように静かに月と星が輝く、恐ろしいほど深みのある瞳を見つめた。
「騎士様たち、そしてディートハンス様のために、今以上に精一杯仕えたいと思います。なので、お願いがあります。私に触ってください」
伝え終わると、私は額をつける勢いで深々と頭を下げた。
読んだことのある資料に書いてあった。遠い異国ではこのように座って敬意を込めて頭を下げることもあるのだとか。
手の甲に額がつくと同時に、切ることがなく伸びた髪がはらりと落ちる。
この髪も守ってもらったものの一つで、ここの人たちには見えるものから見えないもの、たくさんのものを守ってもらったのだなとしみじみと思う。
動作と気持ちが完全に一致していてこうべが垂れた状態でいると、頭上で息が落ちた。
「ふっ」
その笑ったような声にゆっくりと頭を上げると、至近距離に戸惑いとそして慈しむような優しさを乗せたアンバーの瞳があった。
それからややして眉を寄せたディートハンス様の耳がわずかに赤くなった。
「ディートハンス様?」
「……この流れで触ってくれと言われるとは思わなかった」
不躾すぎただろうか。
そう不安になったけれど、深みのある低い声がどうしても優しく聞こえた。高揚感からか、私は思いのほか素直に言葉を口に出していた。
「すみません。黒狼寮で働く私の利点はディートハンス様の近くにいれることなので、ならばどこまで近づけられるか知りたいです。私はたくさん役に立てるようになりたい。どうかお願いします」
「ミザリアは潔いところがあるんだな」
ディートハンス様はそこから考えるように黙り込んだ。
さわさわと木々の葉がこすれる音がする。
静寂が耳につくと私はだんだん冷静になってきて、『触ってください』なんて総長にとって二重のプレッシャーではと自分の大胆さに顔が熱くした。
出してしまった言葉を今更なかったことにできないので、羞恥に耐えながら自分の指先を見つめていると、さわっと風で揺れたくらいの感触と気配がした。
わずかに視線を上げると、そろりと伸ばされた手が私の頭に触れていた。
総長が目元を緩めると私を見た。そして初めて触れられた二重の驚きに固まって見上げるだけの私に、一度離した指先を再び私の頭上に置いた。
――本当に触ってる!?
自分でお願いしたのだけれど実際されてみると驚いて、今までにない感情が渦巻いてなんだか泣きそうになるほど感動した。
まるで初めての生き物でも触るような、髪の上のほうがさわさわと触れるだけの感触に目を細めると、総長はゆっくりと髪をすくように差し入れ撫でてきた。
ディートハンス様の上着から香る匂いに包まれ、ものすごく優しい手つきで滅多にない総長のスキンシップに私は心地よくなって目をつぶった。
291
あなたにおすすめの小説
実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~
空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」
氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。
「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」
ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。
成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。
せっかく転生したのにモブにすらなれない……はずが溺愛ルートなんて信じられません
嘉月
恋愛
隣国の貴族令嬢である主人公は交換留学生としてやってきた学園でイケメン達と恋に落ちていく。
人気の乙女ゲーム「秘密のエルドラド」のメイン攻略キャラは王立学園の生徒会長にして王弟、氷の殿下こと、クライブ・フォン・ガウンデール。
転生したのはそのゲームの世界なのに……私はモブですらないらしい。
せめて学園の生徒1くらいにはなりたかったけど、どうしようもないので地に足つけてしっかり生きていくつもりです。
少しだけ改題しました。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。
酒飲み聖女は気だるげな騎士団長に秘密を握られています〜完璧じゃなくても愛してるって正気ですか!?〜
鳥花風星
恋愛
太陽の光に当たって透けるような銀髪、紫水晶のような美しい瞳、均整の取れた体つき、女性なら誰もが羨むような見た目でうっとりするほどの完璧な聖女。この国の聖女は、清楚で見た目も中身も美しく、誰もが羨む存在でなければいけない。聖女リリアは、ずっとみんなの理想の「聖女様」でいることに専念してきた。
そんな完璧な聖女であるリリアには誰にも知られてはいけない秘密があった。その秘密は完璧に隠し通され、絶対に誰にも知られないはずだった。だが、そんなある日、騎士団長のセルにその秘密を知られてしまう。
秘密がばれてしまったら、完璧な聖女としての立場が危うく、国民もがっかりさせてしまう。秘密をばらさないようにとセルに懇願するリリアだが、セルは秘密をばらされたくなければ婚約してほしいと言ってきた。
一途な騎士団長といつの間にか逃げられなくなっていた聖女のラブストーリー。
◇氷雨そら様主催「愛が重いヒーロー企画」参加作品です。
【書籍化決定】愛など初めからありませんが。
ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。
お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。
「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」
「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」
「……何を言っている?」
仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに?
✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。
聖女の力は「美味しいご飯」です!~追放されたお人好し令嬢、辺境でイケメン騎士団長ともふもふ達の胃袋掴み(物理)スローライフ始めます~
夏見ナイ
恋愛
侯爵令嬢リリアーナは、王太子に「地味で役立たず」と婚約破棄され、食糧難と魔物に脅かされる最果ての辺境へ追放される。しかし彼女には秘密があった。それは前世日本の記憶と、食べた者を癒し強化する【奇跡の料理】を作る力!
絶望的な状況でもお人好しなリリアーナは、得意の料理で人々を助け始める。温かいスープは病人を癒し、栄養満点のシチューは騎士を強くする。その噂は「氷の辺境伯」兼騎士団長アレクシスの耳にも届き…。
最初は警戒していた彼も、彼女の料理とひたむきな人柄に胃袋も心も掴まれ、不器用ながらも溺愛するように!? さらに、美味しい匂いに誘われたもふもふ聖獣たちも仲間入り!
追放令嬢が料理で辺境を豊かにし、冷徹騎士団長にもふもふ達にも愛され幸せを掴む、異世界クッキング&溺愛スローライフ! 王都への爽快ざまぁも?
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
そのご寵愛、理由が分かりません
秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。
幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに——
「君との婚約はなかったことに」
卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り!
え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー!
領地に帰ってスローライフしよう!
そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて——
「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」
……は???
お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!?
刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり——
気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。
でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……?
夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー!
理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。
※毎朝6時、夕方18時更新!
※他のサイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる