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いてもいい②
しおりを挟む「夏とはいえ夜は冷える。薄着でこんなところにいると風邪を引く」
その声に私は慌てて姿勢を正すと、ふわりと優しい香りが広がり肩に上着をかけられる。大きな上着は動くとすぐにずり落ちそうになったので慌てて襟元を掴んだ。
影になりよく顔は見えないが、声は間違いようがない。
「ディートハンス様」
「眠れないのか?」
柑橘系のほんのり甘く爽やかな総長の香りに包まれ、圧倒的な存在感にさっきまで感じたあらゆる気持ちが吹っ飛ぶ。
「はい。王都の街を散策して興奮したみたいです」
センチメンタルになっていたのを誤魔化すようにへへっと笑うと、総長は無言で少し離れて同じベンチに腰を落とした。
二人でぼんやりと目の前の整備された道と広場を眺める。緊急時にここから馬でかけられるよう、寮内の道幅は広く取られ整備されて街頭までもがあり街の一部のようだ。
だけど今は夜の影が伸び、ぽつぽつと灯す街灯があるだけで何も目新しいものはない。
「…………」
「…………」
そして無言。
寡黙な総長とコミュ力なしの私では会話が続かない。
――でも、今はそれが落ち着く。
話すわけではないけれど、そばに誰かがいるというのはそれだけでさっきまで落ち込んでいたことから浮上する。
人一倍存在感はあるのにうるさくないというか。いや、目の前に立たれたら気にせずにいられないけれど、そばにいることに無理な肩の力が入ることがない。
不思議な人だなと思う。
「仕事は慣れたか?」
「はい」
せっかく話しかけられたのにまた会話が終わってしまう。
私は何か話題、話題と頭をフル回転させた。そして、共通の話題というか、伝わるというか、伝えたいことは感謝なのだなと思い口を開いた。
「あの、私はここに来ることができて、皆様にお会いできて本当に良かったです」
意気込みすぎて思ったよりも大きな声が出た。
うわっ、恥ずかしいと総長の上着を引き上げ顔を隠そうとあたふたしていると、ぽつりと柔らかな美声が落ちる。
「そうか」
真摯に受け止めてくれたとわかる声音に、そわっと身体の奥が震えた。
ディートハンス様からすれば唐突な宣言であっても、決してたくさん話してくれるわけではないけれど、静かに受け止められたことが嬉しい。
――そっか。そうだったんだ。
私は唐突に己の心情を納得した。
自分で思考しているつもりでも、本当の気持ちは自分でもわからないものだ。
何も欲求が湧かないと落ち込んでいたけれど、私はすでに欲しいものがあったからなんだ。
彼らに認めてもらいたい。黒狼寮の一員になりたい。大それた目標だけれど、少し受け入れてもらったことでそれは私の中に確実に芽吹いた望みだった。
すぅっと息を吸い込むと、彼の甘く優しい匂いが広がる。
どしっとした安定感が心地よくて、この匂いを嗅いでいると自分の気持ちも大きくなっていくようだ。
「ここにずっといたいです」
自分を認めてくれる場所。
魔力なしの役立たずでも、役に立つのだと言葉や態度でたくさん気にかけてくれる優しい人たちの力に少しでもなりたい。
たくさんの優しさの分、私も力になりたい。そのためにもここにいたい。
物が増えるよりも、外で遊ぶよりも、彼らのために働いているほうが、少しでも力になれるように動けることのほうが嬉しい。
「いればいい」
「本当ですか?」
お試しにといって働きだしたのでそのお試しの期限はいつまでなのか聞かされていなかったし、手伝ってもらうことの多い身では聞くのがはばかられていた。
それなのにあっさりと一言。
――いてもいい? これからも?
一気に気持ちが膨れ上がる。こんなに私は望んでいたのかと、気にしていたのかと今気づいた。
「とっくに皆は認めていると思うが?」
目を見張りディートハンス様を振り仰ぐと、真剣な顔で言葉を続けた。
「悪い。私の魔力の件を話した時点で理解しているものだと。もちろん私も認めている。だから、いたかったらいればいい」
「はい!」
胸の奥がじんわりと熱くなる。
また大きな声を上げてしまったのに気づいて慌てて総長の様子を窺うと、ふっと彼が笑ったがすぐに口元を隠すように手を当てた。
――あれっ、気のせい?
一瞬すぎて核心が持てない。
今はいつもの無表情なのでやはり気のせいなのかもしれないけれど、言われたことは心に残った。
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