魔力なしと虐げられた令嬢は孤高の騎士団総長に甘やかされる

橋本彩里(Ayari)

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◆伯爵家の崩壊 焦り②

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 ベンジャミンは怒りで気が狂いそうになった。
 父であるチェスターが帰ってきたと知り腹の底から煮える思いとともに猛然と階段を駆け下り部屋に入ると、すでに母であるグレタが伯爵の前で抗議していた。

「婚約が白紙とはどういうことなんです!」
「そんなこともわからないのか?」

 感情のままなじる甲高い母の声に、父はこちらも苛立ちを隠しもしない双眸で母と、そして下りてきた自分を見た。
 はん、と鼻で笑う父は苛立ちだけではない昏さもあって、その目を見た瞬間、ベンジャミンは憤っていた気持ちが恐怖に染められるのを感じた。

 ――逆らってはいけない。

 今まで何度か父が怖いと思う瞬間があった。
 何を考えているのかわからないというよりは、血が繋がっているというだけで庇護されると自惚れていられない。
 いつ暗い穴に落とされるかわからない恐怖。何が理由で、ミザリアのように放り出されるかわからない。

 父の兄弟、そして自分と半分だけ血の繋がったミザリアに対する仕打ちを身近で見てきたベンジャミンにとって、いつ父の気分が変わるかわからないという恐怖はあった。
 使えないとわかると切り捨てる。血が繋がっていることは絶対のよりどころではない。

 それらは多少優先されはするが、父にとって周囲は道具のようなものなのだ。
 使えるか使えないかそれ次第。使えれば大きな恩恵を受けることができるが、使えなければゴミくずのように捨てられる。

 父の気持ちに応えることができなかった役立たずで邪魔者なミザリアは、自分たちが期限通りに追い出した。
 それで一度安心したはずなのに妙な胸騒ぎがする。

 ――くそっ! 追い出したのにいつまでも邪魔な奴だ!!

 いないのに、必要がないのに、思い出させるとはとことん腹が立つ存在だ。

 何も言われなかったが、父もそう望んでいるのだろうとベンジャミンたちはミザリアを徹底的に虐げてきた。
 お前は役立たずなのだと、お前はブレイクリー家の一員ではないと言い続けてきた。
 二度とここに帰ってきたいと思うような情に縋るような煩わしい気持ちを持たないよう、母とともに冷遇し壊れない程度に使い潰してきた。

 父を刺激しないよう、父の望むようにすれば、役に立ちさえすればベンジャミンの将来は明るい。
 血を継ぐ者は自分だけというのは、他の誰よりも優位で大きなことだった。

 目障りな邪魔者はいなくなり、これからのすべてが自分のためにあると思っていた。
 だけど、ここにきて揺らがない自信を覗かせていた父に焦りが出始め、上手くいかないことがあるとは考えもしなかった。

 ランドマーク公爵との蜜月は、ベンジャミンと娘が結婚することによって強化されるはずだった。
 父と自分の望みが合致し、ベンジャミンもそうなるようにここまで金も時間も使ってランドマーク公爵家の長女、ブリジット令嬢と接してきた。

 父の計画に必要な存在でいれば自分は安泰のはずだった。
 失敗さえしなければ安泰。そう信じて疑わなかったものが、先に進む父のレール自体が崩れ始めているのではと不安になる。

 母も想像以上に父が苛立っていることを感じ取ったのか、悔しげに唇を噛みしめ黙り込んだ。金も見合いも父の機嫌を損ねるとどう転ぶかわからない。
 父が怒りに任せて机を叩き、布袋をテーブルの上に置いた。

「見ろ! 魔石が小さく密度が薄くなっている。ランドマーク公爵は密度の高い魔石を所望しており、この三か月満足いくものを納められていない」
「魔石……」

 さぁっと母の顔色が青くなった。
 ベンジャミンと同じように、邪魔者が思考によぎったのだろう。

 手を出さない母に代わりベンジャミンは袋の紐を解き、中身を机の上に落とした。
 ころ、ころ、と魔石が転がる魔石の赤は薄く、確かに以前見た時よりも小さくなっていた。

「魔石が思うように採れていない。鉱石の量も減っている。取り尽くすとしても今ではないはずなんだ。なぜ、これからという時にっ!」

 鉱山に入る人数が増員されていることは知っていた。
 だけど、婚約を確実にするためにランドマーク公爵に納品する量を増やしているのだろうと考えていただけだった。

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