魔力なしと虐げられた令嬢は孤高の騎士団総長に甘やかされる

橋本彩里(Ayari)

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帰還と緊急①

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 一か月半後、遠征に行っていたディートハンス総長を含めた騎士たちが魔物の討伐や処理を終えて帰ってきた。
 ディートハンス様は現地に到着後、あっという間に劣勢だった現場の魔物を一掃し大活躍だったようだ。

 その後は勢いづいた他の騎士たちも魔物を討伐し、現場の復興などの後処理は第十三騎士団が引き続き任務に当たっているが遠征組は王都に戻ってきた。
 活躍はフェリクス様たちに聞いて知っていたけれど、ディートハンス様たちの姿を目にして思わず駆け寄った。

「おかえりなさい」

 嬉しさと安堵で飛び出すように彼らの前に現れた私を見て、騎士たちがぴたりと止まる。
 大きな彼らの視線が上から一斉に注がれて、遠征に慣れている彼らにとって過剰反応しすぎたかと徐々に不安になった。

 ――えっと……。

 彼らの前で立ち止まりぱちぱちと瞬きを繰り返し、そろそろと視線を合わせる。
 疲れてはいる様子だけど大きな怪我はないと聞いていたし全員が揃っている。その彼らが、まじまじと見つめてくる。

 嬉しくて飛び出したはいいがこれだけ注目されると、この後どうしようかと急に我に返る。
 労いと無事であることの喜びを伝えたいけれど帰ってきて早々語られても迷惑だろうかとか、それでも伝えるべき言葉であるしと、あの、その、とごもごもしていると、アーノルド団長が大きな手で私の頭をわしゃわしゃと撫でた。

「可愛い出迎えだな」
「ミザリアだぁ。帰ってきたって感じするね」
「美味しいご飯と酒が楽しみだ」
「やっぱりここが一番だな」
「落ち着くなぁ」

 一斉に声を上げ、順番に私は頭を撫でられながらそれぞれに無事の帰還の挨拶をし、彼らの温もりがじわじわと触れられるたびに広がるようだ。
 安否を気にして常に小波立つような不安がようやく凪いでいく。彼らがいる日常が戻る。

 ほうっと心の底から安堵の息が漏れた。
 彼らと一通り伝えたい言葉の掛け合いを終え、最後にディートハンス様と向かい合う。

「おかえりなさい」
「ああ。ただいま」

 ディートハンス様は目映いものでも見るかのように目を細め、私が気づいたときには間合いを詰められていた。

「えっ」
「ミザリア」
「はい」

 名を呼ばれ返事をすると、そろりと手を伸ばされてそっと頭を触られる。
 乱された髪を直すように触れる優しい手つきとともにじっと見つめられた。
 そう言えばこんな風に触れられていたと久しぶりの総長の手を甘受していると、ディートハンス様はほっと息をつきゆっくりと手を戻した。

「変わったことはなかったか?」
「はい」

 力強く頷くと、ディートハンス様が再度私の頭を撫でちょこっと口の端を上げて笑った。
 滅多に見ることのない総長の笑顔。それが自分に向けられた事実に、ぶわりと一気に身体が熱くなるような高揚感があった。

 ――は、破壊力すごすぎない!?

 この人は私をどうしたいのだろうかと、本気で一瞬考えてしまうくらいぞくぞくと血が這い上がった。
 微笑みかけられればさすがにその美しさに動揺する。

 最初から冷たかったわけでもなく気遣われていたがずっと距離があった。遠征前は表情や態度が目に見えて明らかに柔らかくなっていたけれど、久しぶりの再会は妙に緊張した。
 だけど、遠征前と変わらない、むしろ笑みまで向けられて、ここ最近ずっと胸の一番奥に居座っていた息苦しく重たい感情が随分と軽くなったように感じた。

 そして、先ほど私に触れてディートハンス様がほっと息をついたのは、彼ももしかしたら久しぶりだったので魔力反発を気にしていたのかもしれないと気づく。
 やはり優しくて慎重な総長だけど、縮まった距離を再度開けることなく相手から踏み出してくれたことが嬉しくて、私は顔が緩むのを止められなかった。

「無事、帰ってきてくださって嬉しいです」

 待っているだけだったのに何とも締まりのない顔をしているだろう私の頭に、ぽん、とディートハンス様は再び手を置いてわさわさと周囲が止めるまで撫で続けた。

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