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こぼれ落ちた記憶②
しおりを挟む「ユージーン様?」
躊躇いがちに声をかけ首を傾げると、ユージーン様はひょいっと右手を上げた。
「んん~。君のそれはわざとかな? それとも気づいていない?」
その先にユージーン様の周囲にある丸い光がふわりと上に浮かび無意識のうちに視線で追いかけていたのか、ユージーン様の瞳が獲物を見つけたかのように細まった。
「ふ~ん。まあ、いいか。君は五歳の時には魔力がなくなっていたんだよね?」
「はい。そのように判定されました」
その時から私の環境は一変したのだから間違いはない。
ブレイクリー伯爵の苛立ちと嫌悪した顔は今でも鮮明に思い出せる。あとベンジャミンや伯爵夫人の顔も……。
そういう記憶だけはやけに鮮明だ。
「あれから何か思い出したこととかないかな? ああ、これは聞き方が悪いか。それ以前はどのように過ごしていた?」
「どのようにとは?」
「例えば、魔法はどのように使えていたのか。魔力があるとわかって迎え入れたのにブレイクリー伯爵が君に訓練を受けさせていないのはおかしなことだ」
そう言われ私ははっとしユージーン様を見た。
確かにそうだ。魔石と魔力にこだわる伯爵が何もせず私をそばに置いておくはずがない。必ず使い物になるように育てようとしたはずだ。
妙な胸騒ぎに、とくんと鼓動が音をたてた。
核心を突いたはずのユージーン様は、深淵から覗くかのごとくただ私を見ている。
彼の横に置かれたプラムの甘い香りがゆっくりと部屋を満たし、放置して腐っていくように濁って沈んでいく。まるで私の途切れた記憶のように、どうしようもないと褪せながら存在を主張する。
「確かに伯爵ならそうしていた可能性はあると思います。でも、やはり思い出せません。それは幼かったこともあるのか、私の記憶力の問題か、思い出すほどのことが何もなかったのか。魔法や魔力に関することはありません」
「なるほどね」
途切れたように思い出せないことがあるということは敢えて話してはいない。
それらは自分の記憶力の問題かもしれないし、熱を出してあやふやになってしまったのかもしれないし、言葉にすると言い訳のように思えて幼かったからで終わらせていた。
だけど、魔法を主軸に考えると幼かったからで済ますにはおかしいように思えた。
私には魔道具を使うことしか魔力を使った記憶がない。指摘されるまで、そのことに気づきもしなかった。
不安になり懸命に記憶を思い出そうとするけれど、やはり何も思い出せない。
そんな私の様子を厳しい顔で見ていたユージーン様は、横に置いていたプラムの一つを指でころころと転がした。
「……やはり思い出せません。これって、おかしなことでしょうか?」
「んん~。まだわからないな。わからないけれど気安くこじ開けていいものでもない気がする。気持ち悪いな」
「気持ち悪い……」
魔力の流れがよくわかるというユージーン様の言葉に、私は眉を寄せた。
器だけが大きくて魔力はうっすらと残っていて、そして気持ち悪い。並べ立てると魔力に関して全くいいところがない。
「まあ、体調に異変がないのなら焦る必要はない。もしかしたら何かあるかもくらいに気に止めておく程度でいいだろう」
「はい」
「あとこれも」
一番上に乗っていたプラムを親指と人差し指で一つ取ると、ずいっと私の目の前に見せつけるように腕を伸ばした。
「えっと」
「一つあげよう」
「ありがとうございます」
緩急をつけて話すというよりは、言いたいことしたいことをするユージーン様の言葉を咀嚼できないまま私は言われるがまま手を差し出した。
それから、これからコンポートを作るのだとユージーン様は鼻歌を歌いながら席を立ち、私は甘酸っぱい匂いだけが残る部屋にひとり残された。
雲の後ろから満月一歩手前の月が見え隠れする。
深夜、ベッドに寝転びながらふわりと浮かぶ二つの光が彷徨うのを眺めていた。
そっと手を伸ばすと、じゃれるように近づきまたふわふわと不規則に漂った。
「もしかして、ユージーン様も見えている?」
もちろん記憶のことも気になるけれど、その前の試すような動作は考えれば考えるほどそう思えた。
あの時、尋ねられて言おうと思えば言えた。だけど、私は迷って知らない振りをした。
母からは光が見えることは簡単に人には言ってはいけないと言われていたこともある。
それはまだ私が分別がつかない年齢であったことや、伯爵家の中でとつくことなのかもしれず警戒するほどのことではないかもしれない。
そういった思いもあったが、正直に話した後のユージーン様の行動に見当がつかないからでもあった。
だけど、それだけではない。
人に話すより前に、まず何かしなければならないという焦燥感みたいなものがあった。
「記憶と関係ある、とか?」
わからない。
焦らないでいいと言われたけれど、何もないとは断言されなかった。むしろ何かあるだろうと思ってかけられた言葉のように思える。
魔力消失について質問されるよりも、記憶について質問されるほうがひどく不安になるのはなぜだろうか。
――五歳まで魔力をどう使っていたか、か。
自分のこと、今遠征に行っているディートハンス総長たちのこと、心配しても何も変わらないのにあちこちと思考が飛び落ち着かない。
ころりと横を向いて体勢を変えた視線の先には、明日食べようと机の上に置いた熟れたプラムがやけに赤く存在を主張していた。
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