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きっと熱のせい①
しおりを挟むとくとくとくと規則正しい心音を聞きながら、ディートハンス様が続ける。
「私はこのように人と触れ合うことは初めてだ」
事情からその可能性は高いとは思っていたけれど、面と向かって言われどのような反応をすればいいのか。
結局、話は聞いていると頷くとそっと私の頬を撫でるように触れてきた。その手つきはとても優しくて、私を見つめる眼差しがずっと甘い。
その眼差しに耐えきれず視線をうろうろさせると、ディートハンス様は慈しむような笑みを浮かべた。
「こんなに温くて愛おしいものなのだな」
耳に残る低い低音が、伝わる体温が心をくすぐる。
――あっ、これ耐えられる気がしない。
私は眩しくてくすぐったくて思わず目をつぶった。
どうしてこんなにストレートなのか。
ディートハンス様は初めての温もりに感動しているだけ、それだけだと自分に言い聞かせないと、まるで自分を愛しているかのような言葉と眼差しに勘違いしてしまいそうだ。
ふぅぅっと息をつき、火照る熱を逃しながら私もと口を開いた。
「私も母以外では初めてです」
どちらも魔力に問題があった者同士。
魔力というだけで内容や境遇は違うけれど、私自身もディートハンス様の温もりは落ち着くものを感じていたので、きっとそういった共感が気分を互いに高めているのだろう。
そう思わないと、この状況は心臓に悪すぎてコミュ力の低い私にはどうしていいのかわからない。
ますます離してくれと言いにくい状況におずおずとディートハンス様を窺うと、「そうか」と嬉しそうに微笑まれてしまった。
今朝のディートハンス様はよく笑う。
向けられる笑顔は嬉しいのに、慣れなくて激する心臓の音が密着した身体から伝わってしまわないかと心配になってしまう。
「私の初めてはミザリアだ」
「初めて……」
「ああ。初めてだ」
なぜかにっこり笑顔で嬉しそうに告げるディートハンス様。
言い方~! とは思うけれど、まずその内容が気になった。以前、ご家族は問題ないと聞いており家族仲も悪い印象を受けなかった。
ストレートな表現に困っているのに対しては気にしないのに、聡いディートハンス様は私が感じる疑問は見通すようで説明してくれる。
「私は生まれてすぐ魔力過多症を患い、最初のころは高位の魔法を使える者しか近づくことはできなかった。治療薬も効かず幼い頃は家族を含め周囲を傷つけ迷惑ばかりかけていた」
「それはディートハンス様のせいではありません」
生まれ持ったもの。魔力過多は本人が選んだものではない。
今でこそ治療薬ができ生存率は上がったが昔は生存率五パーセントと言われるほど、幼き子の器で膨大な魔力は毒となる。
責めないでほしいと否定すると、ディートハンス様は寂しげに遠くを見つめ、私を抱きしめている腕にきゅっと力を入れた。
――うっ、ますます離れられない。
当然のように抱きしめられ、疑問にも思っていない姿にこっそりと息をつく。密着する場所が、力が変わるたびに心臓が高鳴る。
だけど、さすがにこんな深刻な状況で離してくださいなんて言えない。
ましてや昨夜はくっついていると苦しさが和らぐと伝えられており、現在の話の内容的に言い出しにくい。
私自身も母以外にこんなに近くで人肌を感じたことはなく、体温にドキドキするけれど落ち着く気持ちもわかるので、どうすれば正解なのかもわからずただ腕に閉じ込められたまま話を聞いた。
「ああ。周囲はそう言いながらずっと私を励ましてくれた。抱きしめられなくとも両親たちの愛情は伝わってきた。少しずつ距離を縮め触れることや時期など手探りで歩み寄ってくれた」
「いいご家族なのですね」
「そうだな。彼らがいたから私はこうしていられる」
吐息のようにそう告げると、すっと窓の外を眺めるディートハンス様。
その先には何が見えているのだろうか。
「それでも魔力過多でコントロールできず、周期的にやってくる魔力暴走の波に息ができないほど苦しくて、いっそのこと死んでしまいたいと思うことは何度もあった。その度に家族やフェリクスたちに止められ怪我を負わせてきたし、随分と悲しませた」
悔恨を滲ませるように目を伏せたが、ゆっくりと開かれた双眸には芯を失わない強さが滲む。
さまざまな苦しさや悔しさを乗り越えた者の強み。ただ、魔力が多くて武術が優れているというだけではない、人としての真の強さがそこにはあった。
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