魔力なしと虐げられた令嬢は孤高の騎士団総長に甘やかされる

橋本彩里(Ayari)

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きっと熱のせい②

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 たくさんの人を意図せず傷つけ、暴走する魔力に振り回され、死にたいと思っても大事な人たちのために生きることを選んだ。
 だから、ディートハンス様は強くて優しいのだ。心配をかけてきたから、感情も表に出さなくなったのではないだろうか。
 伯爵家でなるべく傷つかないように人の機微を見て動いてきたから、そういうのは少しわかる気がした。

「ある程度の力の操作ができるようになると、何度も魔物の森に出向いて魔法で発散するようになって少しはマシになったが魔力が暴走する時の苦しさは変わらなかった」
「そんな時期が……」

 幼い頃から魔物の森で戦ってきた。魔力にやられるか魔物にやられるか、常に危険と隣り合わせ。
 その時のディートハンス少年を思うと言葉が出ない。
 ディートハンス様は苦笑しながら、私を励ますようにとんとんと背中を叩いた。

「ミザリアが心を痛める必要はない。さっきも話したように私には支えてくれる人たちがいた。そして、今も彼らに支えられている」
「はい」

 そう。ディートハンス様は膨大な魔力に負けなかった。強くて優しくて人を思いやれる人だから、周囲も諦めなかったのだろう。

「いつ克服できるのか、いつまでこんなに苦しいままなのか、周囲をいつまで悲しませなければならないのかと、もういっそ魔物にやられてしまえばと思っていた時期に私はある人に助けられた。暴走していた魔力がこのように抑えられ日常が過ごせているのは、周囲とその人のおかげだ」

 ちょっと困ったように口元に笑みをかたどった後、複雑に織り交ぜた感情を宿した瞳で、じ、と見つめられる。
 簡単に言葉にできない、思いや出来事があったのだろう。

「恩人なのですね」

 その視線を受け止め、私は笑みを浮かべた。
 その人がいなければ、ディートハンス様の苦しみはさらに長く、もしかしたらもっと人との距離を必要としていたかもしれないのだ。
 そしてこうして触れ合うこともできなかった。騎士団の方たちとの距離感も違っていたかもしれない。

「ああ。事情があってお礼も言えないまま離れてしまったがずっと感謝している。情報が乏しく探しても見つからなかったが、会えれば必ず礼を告げて彼女が望むことは何でもしたい。そう思っていた」

 その恩人、彼女とどのようなことがあってそんな複雑そうな表情を見せているのかはわからないけれど、心底良かったと思う。

「きっと彼女はディートハンス様が元気でいてくれたらそれでいいと言うと思いますよ」

 助けたことをずっと感謝され、このように国の英雄にまでなった最強で優しいヒーロー。
 その姿はきっと彼女には伝わっているだろう。
 今まで名乗りでないのなら、それだけで十分だと思っていそうだ。少なくとも私は助けた人がこんな素晴らしい人だと知ったらそれだけで嬉しいと思う。

「ああ。そうだといいな」

 そう告げると、かき抱くようにさらに密着させた。
 互いの熱が、鼓動が混ざり合う。

 私はそっと胸に自ら顔を寄せた。
 とくん、とくんと動く心臓の音が尊く感じる。

 ディートハンス様にとって、人と触れ合うことは生まれた瞬間から気遣うことだったから。このように生きていると感じることが新鮮なのかもしれない。
 ああ、だから初めてと強調したのかもしれない。本当に嬉しかったのだろう。

「諦めず頑張ってきてくださってありがとうございます」
「私はミザリアと出会えたことに感謝している。傷つけることが怖くてできなかった私に勇気を出して触れてくれと言ってくれたこと、そしてこのように温もりを教えてくれたこと。私はミザリアがそばにいるだけでもっと強くなれる気がする。ミザリアがいてくれるだけでいい。だから役に立つとか立たないとか気にするな。私にとってミザリアがそばにいるだけで幸せなのだから」

 頭を優しく撫でられ、ぐっと私を上へと引き上げた。
 視線と視線が交じり合うと、ふわりとディートハンス様が微笑んだ。

 ディートハンス様の表情がゆるゆるだ。

 ――これもきっと熱のせい。

 私にディートハンス様の熱がうつったのではないかと、熱くなった顔を隠すこともできず見つめ合った。


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