魔力なしと虐げられた令嬢は孤高の騎士団総長に甘やかされる

橋本彩里(Ayari)

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◆伯爵家の崩壊 足音③

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  ***

 ブレイクリー伯爵家に勤めて十八年。チェスターは本館にあてがわれた自室にいた。

 ミザリアが死んだ証拠を探すほうに店主の発言を聞くまでは重点を置いていたが、騎士団に匿われている可能性までは考えなかった。
 だが、甘い汁を吸うことに貪欲な伯爵の意見は今回ばかりは冴えていた。
 生きている可能性にかけた者の視点と、死んでいる可能性に比重を置いていた者の違い。

「そういうところはさすがですね」

 独特の薬品の匂いが漂う室内。
 棚には古びた書籍が几帳面に並べられ、引き出しには全て鍵がかけられている。何も持ちだすことを許さないとばかりに、鍵の向きも同じで誰かが触れればチェスターにはすぐにわかるようになっていた。

 そのうちのひとつをじっと見つめ手を伸ばしたところで、ノックの音とともに伯爵夫人のグレタが声をかけてきた。

「ネイサン。今いいかしら?」

 ぴくりと眉を跳ね上げゆっくりと手を戻すと、扉のほうに向かった。

「奥様、どうされましたか?」
「ここを開けてちょうだい。話があるの」
「お待ちください」

 一度部屋の様子を確認してからドアノブに手をかけると、廊下には派手なドレスを着たグレタが立っておりネイサンと視線が合うと顔の前に当てていた扇子をぱちりと閉じた。
 悪巧みをしている顔を隠しもせずにぃっと笑みを浮かべ、とんと閉じた扇子でネイサンの肩を叩いた。

 それから声を出さずに『ど』『く』と口を動かすと、ネイサンを押しのけて部屋の中に入っていった。

「私の言いたいことはわかるかしら?」
「はい」

 ネイサンは周囲に人がいないのを確認し扉を閉めると、勝手に椅子に座ったグレタの前にお茶を出した。

「それでネイサン。あの子は見つかったのかしら?」
「まだ見つかっておりません」

 グレタはカップに口をつけると、ふふっと楽しげに笑い足を組んだ。

「渡したものは効かなかったのかしら?」
「……口をつけなかった可能性も考えられます」

 ネイサンの顔色が失せていく。
 それでも表情は変えずにいつものように淡々と答えた。

「本当に運のいい子ね。それで今日はどんな報告をしたの?」
「ですが……」
「本当のことを隠さず言いなさい。あの人の機嫌がよかったのは知っているのよ。何か進展があったからなのね」

 ネイサンは小さく息をついた。

「……王都の騎士団に保護されている可能性が上がりました」
「騎士団に? なぜ?」
「それはわかりません。ですが、お嬢様は王都にいる可能性が高いと思っています」

 王都、しかも騎士団に保護されている可能性は厄介だ。
 だが、生きているのなら必ずここに連れてこなければならない。

「やはり死んでなかったのね」
「そのようです」
「そう。それで? あの子を見つけたらどうなるのかしら?」

 グレタの目つきが鋭くなる。
 ネイサンは彼女の望む答えを口にした。

「チェスター様は生け贄にと考えられているようです」
「まあ。使い道があったのね。生け贄ねぇ。家を出てすぐ死んでいたほうがよかったと思うのだけど、あの子も可哀想に」

 言葉とは反対に愉快だと笑みを刻み、満足したようにグレタは頬を紅潮させた。

「奥様は伯爵家の未来が心配ではないのですか?」

 実際に本日も夫人付きの侍女が辞めている。

「何が? 出て行きたい者は勝手に出て行ったらいいわ。忠義もない者をいつまでもそばに置いていても何も生み出しはしない」
「そうですね」
「それにこの現状も一時的でしょ? あの子が帰ってきたら片がつくと伯爵が考えているのならそうなのでしょう。ベンジャミンの破談に腹を据えかねていましたが、あの子が尻拭いすると思えば胸がすくわ。婚約者ならまた見繕えばいいもの」

 ね、とグレタがネイサンを見つめた。
 ネイサンは一度視線を下げ、ゆるりと唇をつり上げる。

「ええ。そうですね」
「あなたがいれば頼もしいわ。これからもこの私たちのためによろしくね」

 その視線は獲物を見つけた女狐のようにぎらりと光り、これからも見張っているわとにっこりと笑うと、言いたいことを言い終えてすっきりした顔で出って行った。

「何が頼もしいだ。何もわかっていない無価値の者の戯れ言は耳が腐る」

 ガラス玉のような何も感情が見えない瞳で、ネイサンはぽつりと言葉を落とした。



✽.。.:*·゚ ✽.。.:*·゚ ✽.。.:*·゚ ✽.。.:*·゚ ✽.

ここで第三章が終わりです。
ようやく、やっと、の回でした。
お付き合い、お気に入り、エール、感想といつも励みをいただいています。ありがとうございます (人∀≦+))♪
終盤に向け拾い忘れがないよう進めていけたらと思いますので、またしばらく見守っていただけたら幸いです。

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