74 / 127
あやふやな向こう側①
しおりを挟むその日の夜、食事を終え一通り片付けが済んだところでフェリクス様に声をかけられた。
「ミザリア。話があるのだけどいいかな?」
最後に洗い終えた皿を置いて、エプロンで手を拭き振り返る。
笑みを浮かべてはいるけれどいつにも増して真剣なフェリクス様の眼差しに、私は深い息を吸った。
「――はい」
緊張でぎゅっとエプロンを握る。
フェリクス様に肩を叩かれ顔を上げると、透き通る湖面のような水色の瞳の奥底に今まで見たことのないような光が浮かび上がるのが見えた。
その光の本質を理解する前に、さっと消したフェリクス様は安心させるように穏やかに笑みを浮かべる。
「ミザリア。君の悪いようにはしない」
「はい」
「緊張しているね? だけど、俺たちは君の味方だから。それだけはわかってほしい」
「ありがとうございます」
掴んでいたエプロンを取り外し椅子にかけると、私はフェリクス様の後に続いた。
話というのは、ディートハンス様と私に起こったことの続きだ。彼らも思うことはあるだろうけれど、肝心の私に記憶がないということで一度話し合いは保留になっていた。
――うまく話せるかな?
フェリクス様の背中まである銀の髪を見つめながら、自分が本来あるべき魔力がなくなっていたことや精霊に関する記憶が抜けていたことを思い返す。
何度も何度も伯爵家での生活を思い出し、何か不自然なことがないか、何が欠けているのかを考えた。
だけど、世間を知らない私はどれが普通で何がおかしいのかの判断材料が乏しくてわからない。
できることは、質問に答えられるように少しでも多くのことを思い出しておくことだけだった。そのため夢にまで見て寝不足になり、そのことに気づかれ心配までされてしまった。
ディートハンス様の不調の原因を取り除いたことについてはフェリクス様たちにも話してあったし、その過程で自分に起きたことも共有してある。
隠しておけることでもないし、ディートハンス様の身に生じていた原因を追究するためにも何が起こったのかを明確にする必要があった。
「といってもいろいろ考えてしまうだろうけど」
「はい。聖力が使えることを忘れていたことは重く考えています」
ディートハンス様には、今後のためにもここの騎士たちに包み隠さず話しておくべきだと言われた。
結果的に魔法を虚偽した形になってしまったので、事情がある場合それを証明し味方をする人物が多ければ多いほどいい。自分たちが守るからと。信じてくれと。
決意を込めたような静かな眼差しに押されるように承諾した。
自分だけで判断ができない内容であったこともだけど、ディートハンス様なら悪いようにはしないと信じられる。
そして、フェリクス様や他の騎士たちのこれまでの接し方でそれは嘘や慰めではないことはすでに身を持って実感している。
あれから変わらずというよりは、彼らは一層私に優しくて紳士的に気遣いを見せてくれていた。
「確かに聖力は珍しく貴重だ。だけど、そういうことじゃないってミザリアもわかっているだろう?」
「……はい」
だから、私もフェリクス様の問いに頷いた。
ディートハンス様、そして騎士たちの反応で、ディートハンス様が倒れたことや私が『聖力』が使えることがかなり重く受け止められたことを理解している。
私だから。
自惚れでもなく私個人を見たうえで、聖力が使えたことで起こる問題も信じて守ろうとしてくれている。
何よりそれによってディートハンス様が回復したことはフェリクス様たちにとって喜ばしいことで、これに関しては悪いことではない。
そういった経緯であの日の晩にあったことをフェリクス様たちにも隠さず話し、ディートハンス様の回復にみんなで喜び、それと同時に真剣な顔で感謝とともに守ると告げられた。
それでも『呪い』のことも含めてわからないことが多すぎて、私自身も記憶があやふやなこともあっため、時間を置くほうが気持ちの整理や思い出すこともあるだろうとのことだった。
特殊なことなので、フェリクス様たち側も整理する必要があるとも言っていた。
だから、時間を置いての話し合いがこれから行われる。
「俺はミザリアがいてくれて嬉しい。そして、連れてきた責任も感じている。巻き込んでしまったのではないかといった気持ちもある。だけど、ディース様が安心した笑顔を見るたびに嬉しい気持ちが抑えられない。それと同時にミザリアも笑っていてほしい。私はディース様、そして騎士団も大事だけど、ミザリアのことも大事に思っているよ」
「ありがとうございます」
扉に手をかけたフェリクス様はそこで振り返ると、穏やかな笑みを浮かべた。
257
あなたにおすすめの小説
実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~
空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」
氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。
「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」
ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。
成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。
【完結】偽物聖女は冷血騎士団長様と白い結婚をしたはずでした。
雨宮羽那
恋愛
聖女補佐官であるレティノアは、補佐官であるにも関わらず、祈りをささげる日々を送っていた。
というのも、本来聖女であるはずの妹が、役目を放棄して遊び歩いていたからだ。
そんなある日、妹が「真実の愛に気づいたの」と言って恋人と駆け落ちしてしまう。
残されたのは、聖女の役目と――王命によって決められた聖騎士団長様との婚姻!?
レティノアは、妹の代わりとして聖女の立場と聖騎士団長との結婚を押し付けられることに。
相手のクラウスは、「血も涙もない冷血な悪魔」と噂される聖騎士団長。クラウスから「俺はあなたに触れるつもりはない」と言い放たれたレティノアは、「これは白い結婚なのだ」と理解する。
しかし、クラウスの態度は噂とは異なり、レティノアを愛しているようにしか思えなくて……?
これは、今まで妹の代わりの「偽物」として扱われてきた令嬢が「本物」として幸せをつかむ物語。
◇◇◇◇
お気に入り登録、♡、感想などいただければ、作者が大変喜びます!
モチベになるので良ければ応援していただければ嬉しいです♪
※いつも通りざまぁ要素は中盤以降。
※完結まで執筆済み
※表紙はAIイラストです
※アルファポリス先行投稿(他投稿サイトにも掲載予定です)
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
ブサイク令嬢は、眼鏡を外せば国一番の美女でして。
みこと。
恋愛
伯爵家のひとり娘、アルドンサ・リブレは"人の死期"がわかる。
死が近づいた人間の体が、色あせて見えるからだ。
母に気味悪がれた彼女は、「眼鏡をかけていれば見えない」と主張し、大きな眼鏡を外さなくなった。
無骨な眼鏡で"ブサ令嬢"と蔑まれるアルドンサだが、そんな彼女にも憧れの人がいた。
王女の婚約者、公爵家次男のファビアン公子である。彼に助けられて以降、想いを密かに閉じ込めて、ただ姿が見れるだけで満足していたある日、ファビアンの全身が薄く見え?
「ファビアン様に死期が迫ってる!」
王女に新しい恋人が出来たため、ファビアンとの仲が危ぶまれる昨今。まさか王女に断罪される? それとも失恋を嘆いて命を絶つ?
慌てるアルドンサだったが、さらに彼女の目は、とんでもないものをとらえてしまう──。
不思議な力に悩まされてきた令嬢が、初恋相手と結ばれるハッピーエンドな物語。
幸せな結末を、ぜひご確認ください!!
(※本編はヒロイン視点、全5話完結)
(※番外編は第6話から、他のキャラ視点でお届けします)
※この作品は「小説家になろう」様でも掲載しています。第6~12話は「なろう」様では『浅はかな王女の末路』、第13~15話『「わたくしは身勝手な第一王女なの」〜ざまぁ後王女の見た景色〜』、第16~17話『氷砂糖の王女様』というタイトルです。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
酒飲み聖女は気だるげな騎士団長に秘密を握られています〜完璧じゃなくても愛してるって正気ですか!?〜
鳥花風星
恋愛
太陽の光に当たって透けるような銀髪、紫水晶のような美しい瞳、均整の取れた体つき、女性なら誰もが羨むような見た目でうっとりするほどの完璧な聖女。この国の聖女は、清楚で見た目も中身も美しく、誰もが羨む存在でなければいけない。聖女リリアは、ずっとみんなの理想の「聖女様」でいることに専念してきた。
そんな完璧な聖女であるリリアには誰にも知られてはいけない秘密があった。その秘密は完璧に隠し通され、絶対に誰にも知られないはずだった。だが、そんなある日、騎士団長のセルにその秘密を知られてしまう。
秘密がばれてしまったら、完璧な聖女としての立場が危うく、国民もがっかりさせてしまう。秘密をばらさないようにとセルに懇願するリリアだが、セルは秘密をばらされたくなければ婚約してほしいと言ってきた。
一途な騎士団長といつの間にか逃げられなくなっていた聖女のラブストーリー。
◇氷雨そら様主催「愛が重いヒーロー企画」参加作品です。
【完結】人生2回目の少女は、年上騎士団長から逃げられない
櫻野くるみ
恋愛
伯爵家の長女、エミリアは前世の記憶を持つ転生者だった。
手のかからない赤ちゃんとして可愛がられたが、前世の記憶を活かし類稀なる才能を見せ、まわりを驚かせていた。
大人びた子供だと思われていた5歳の時、18歳の騎士ダニエルと出会う。
成り行きで、父の死を悔やんでいる彼を慰めてみたら、うっかり気に入られてしまったようで?
歳の差13歳、未来の騎士団長候補は執着と溺愛が凄かった!
出世するたびにアプローチを繰り返す一途なダニエルと、年齢差を理由に断り続けながらも離れられないエミリア。
騎士団副団長になり、団長までもう少しのところで訪れる愛の試練。乗り越えたダニエルは、いよいよエミリアと結ばれる?
5歳で出会ってからエミリアが年頃になり、逃げられないまま騎士団長のお嫁さんになるお話。
ハッピーエンドです。
完結しています。
小説家になろう様にも投稿していて、そちらでは少し修正しています。
【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った
五色ひわ
恋愛
辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。アメリアは真実を確かめるため、3年ぶりに王都へと旅立った。
※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる