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あやふやな向こう側②
しおりを挟むフェリクス様だけでなくここの人たちはたまに本心を隠してしまうような、嘘は言わないけれど隠されているものがあるのは感じていた。
過ごしてきた時間の違いや職業上それは当然のことであったし、それについて気にならないと言えば嘘になるけれど特別何かを思うことはなかった。
常に親切であろうとしてくれたのは本当のことだ。
だけど今の言葉はすべてが偽りのない本音のような気がして、私は目元を緩めた。
私の反応に頷くとフェリクス様は扉を開け、それだけで伝わってくる気配に緊張した。
落ち着かない気持ちに何度も何度も現状に至るまでの理由を頭の中で並べたて、深呼吸を繰り返す。
三階の執務室に通され、いつもはお茶出しする側なのに座るように言われる。セルヒオ様が代わりにお茶出しをするため部屋の隅へと向かった。
ちらっと前方を確認する。
この黒狼寮に住む騎士たちを含め、何度か言葉を交したことのある騎士たちが立っている。ずらりと並ぶ騎士服を着た騎士たちはものすごく迫力があった。
「ミザリア、座って」
「はい」
圧巻の光景に案内されたままソファの前に立っていたが、ディートハンス様が私の横に来て私の手を握り一緒に座るように促す。
それを合図に立っていた団長、副団長クラスの騎士たちがソファに座ると、私の前方に座ったアーノルド団長が一番に口を開いた。
「改めて、ディートハンス様を助けてくれて感謝する」
「いえ。ディートハンス様が無事回復されてよかったです」
それに尽きると小さく笑みを浮かべると、アーノルド団長ががばりと勢いよく頭を下げた。
「ミザリアは我々の恩人だ。感謝してもしきれない」
さらに深く頭を下げたアーノルド団長に習うように他の騎士たちも一斉に追随したので、私は息を呑みそして慌てた。
「――えっ、ちょっと、頭を上げてください。私はただよくなるようにと祈っただけで、意図して聖魔法が使えたわけではないので。それにお礼は十分言っていただきましたし」
この国の最高峰の騎士たちに深々と頭を下げられ、ディートハンス様の横に並ぶ私まで偉い人になったような構図は心臓に悪い。
わたわたと自由なほうの手を前にしてやめるように言うが、一向にアーノルド団長たちは頭を下げたまま上げようとしない。
「それでもだ。ミザリアがいなければどうなっていたかわからない。それだけ騎士団にとってミザリアがしたことは素晴らしく誰にでもできることではない」
「そうだ。『呪い』は『聖魔法』でしか解けない。しかも最上級の聖魔法となると使える者は限られている」
「私たちも手は尽くしていたがどれも効果が薄かったからな。大事になる前にディートハンス様が回復した事実はミザリアがいてこそだ」
「たまたまでも、我らの総長のために力を使ってくれたことには変わりない。私たちはミザリアに恩がある。このような場ではあるが、これは騎士団代表として、第一騎士団長として、そしてディートハンス様の友人として感謝せずにはいられないことをどうか理解してほしい」
十分に感謝の言葉をもらっていたけれど、正式に騎士として礼をしないと気が済まないようだ。
大雑把に見えて筋はしっかり通そうとするのはアーノルド団長らしい。
私は確認するようにちらりとディートハンス様のほうへと視線をやると、彼はゆっくりと頷いた。
騎士団の総意としての礼を受け取らなければ話が進まない雰囲気だ。
「わかりました。何よりディートハンス様が回復されたことは嬉しいので、この力があってよかったと思います。お役に立ててよかったです」
私がそう告げると、ようやくアーノルド団長たちがやっと頭を上げた。
なぜか誰もが安堵したような顔をしていたので、これ以上頑なに固辞しなくてよかったとほっとする。
「そうだ。今回は功績となる仕事をしたんだ。誇っていいから」
「ミザリアはずっとよくやってくれている」
「ミザリアとの出会いは俺たちにとっても恵まれたものだよ。あの時口説き落としてよかった」
最後はフェリクス様。場を和ませるような柔らかな口調で微笑んだけれど、その瞳はどこまでも真剣だった。
騎士服を着ていることもあり、普段過ごしている黒狼寮であるのだけれど公の場であるような錯覚を起こすくらいの緊張感が部屋に立ちこめる。
こくりと息を呑むと、ディートハンス様がもう一方の手を伸ばし両手で私の手を包み込んだ。
「ここの騎士はミザリアを認めている。だから、今後何かあっても我々は全力でミザリアを守ると誓う」
「……」
騎士の誓い。
剣をかざす正式なものではなくても、軽々しく口にするものではないことくらい私でもわかる。
戸惑っていると、繋いでいた手にきゅっと力を込められる。
「ミザリアが認めていなくても、ミザリアは私にとって、我々にとって大事にしたい、代わりが利かない人物だということを理解してほしい」
恭しく掴んでいた私の手を上げると、手の甲に軽く口づけをする。
姫を守る騎士が誓いの口づけをするように、ディートハンス様は私の瞳をじっと捉えたまま動かない。
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