魔力なしと虐げられた令嬢は孤高の騎士団総長に甘やかされる

橋本彩里(Ayari)

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切り離したはずのもの①

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 ディートハンス様と見つめ合っていると、この中で一番がたいがよく顔に傷跡がある第五騎士団シミオン・ダルトリー団長がこほんとわざとらしく咳払いをした。
 彼らのほうを見るとアーノルド団長とフェリクス様はそこで意味ありげに視線を交し、アーノルド団長がふっと息をつくと口を開く。

「察していると思うがそろそろ情報を整理したい。話を進めてもいいか?」
「はい」

 自分が思っている以上に周囲が大事に考えてくれている事を知り、何度も言葉とともに行動でも伝えられ、不安が少しだけ軽くなった気がする。
 一度目を閉じ、最後の躊躇いを捨てるようにゆっくりと瞼を開け目の前のアーノルド団長たちを視界に入れた。

 ――いつまでも不安がってばかりではダメだ。

 決意を込めて頷くと、ディートハンス様が握っていた手にゆっくりと力を込めた。
 横に視線をやると、包み込むような強さと優しさを秘めた眼差しが私を見つめていた。
 こんな時なのにその双眸に見惚れ、どんな時でもその美貌は損なわずそれでいて意思の強さと優しさに感心と安堵しかけてはっとする。

 思わず差し出された手を握り返してしまったが、私はディートハンス様と並んで手を繋いだ状態で騎士たちの前にいる。
 今更だけどこれっていいのだろうかと首を傾げると、離す気はないよとさらに手を絡められた。

「ディートハンス様……」
「嫌か?」

 視線で訴えてみたけれど、機微を見逃さないとばかりにじっと見つめられるだけだった。

「嫌、ではないですけど」

 そう聞かれればそう答えるしかない。

「ならばこのままで。温もりは安心するだろう?」

 そう信じて疑わないまっすぐな眼差し。

 確かに悪い気分ではないし、存在をよりわかりやすく感じてひとりではないと思える。
 そして、そう感じたのはディートハンス様の最近の経験からくるもので、あの日の温もりにディートハンス様自身が安心したということで、私を安心させたくての行動なのだろう。

 そっと騎士たちの様子を窺うと、微笑ましそうな笑みや呆れたような顔を浮かべている。
 総長の事情を理解し私の境遇を知った上で、私たちのやり取りを見守ってくれているのが伝わってきた。
 これはこれで恥ずかしい。

 優しさからくる行動だとはわかっているけれど、自分よりも大きな手は安心するとともに落ち着かない気分にもなる。
 だけど、これから話すことを考えるとディートハンス様の温もりは手放しがたくて私は頷いた。触れるほど近くの距離にいる事実に勇気をもらえる。

 ――これが安心というものなのだろうか……。

 もしディートハンス様までもが前方にいればさらに緊張していただろうし、横にいてくれるだけでも随分違う。
 過保護で過分な対応ではあるけれど、過去のことを話すのは不安でそばにディートハンス様がいてくれるなら心強い。

「ありがとうございます」
「ああ」

 何をと言わなくても伝わったのだろう。ディートハンス様が嬉しそうに口元を綻ばせた。
 フェリクス様とアーノルド団長がちょっと困ったように苦笑しつつ、んんっと何か喉に突っかかったような声を出しアーノルド団長が話を続ける。

「話し合うことはたくさんあるが、まずはディートハンス総長の呪いについて話しておきたい。ミザリアから左腕から胸へと黒いもやが広がっていたという話を受けて元凶を突き止めた。遠征の時に魔物に傷つけられたことが原因だろう」
「魔物が? 魔物は呪うことがあるのですか?」

 人を殺し捕食することはあっても、呪うなんて聞いたことはない。
 呪いは人が行うものという認識だ。
 悪意をもって物理的精神的に追い詰め、相手や社会に対して災厄や不幸をもたらす行為。そう本で読んだので、ただ本能で人を食い殺す魔物と呪いは結びつかない。

「それはない。呪いの媒体として使われたということだ」
「それは、――もしそうなら許されない背徳行為では」

 苛立ちのこもった眼光とともに放たれた言葉に、ゆっくりと目を見開いた。

 ディートハンス様は人の悪意に晒されたということになる。
 呪いとわかった時点で、人が介入している可能性は視野に入れていた。だけど、それは偶発的なものか、人が動いてのものだと思っていた。

 呪う時点で許しがたいことではあるが、それが魔物を媒介し、しかも人々を守る職務での場で行われたことは卑劣すぎる。
 許せない。私でさえ憤りを感じるのだから、騎士の立場の団長たちはさらに怒りを覚えていることだろう。

「そうだ。だから、このたびのことは機密事項になる。ミザリアも心しておくように」
「わかりました」

 魔物を媒介することは可能か不可能かでいうと、可能性がないわけではないだろうとは思う。
 実の父親の伯爵たちを見ていても、人はどこまでも欲深くなれるということを知っている。他者を蹴落としてでも手に入れたいものがあれば手段は選ばない。
 それに魔物が使われたということは、その手法がわからなくてもあり得ないことではない。

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