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◇記憶と真実③sideディートハンス
しおりを挟む母親の名を口にしたきり思考に耽るミザリアを、ディートハンスは横からじっと見ていた。
――もどかしい。
苦しめられている姿や悩む姿を見るのが、自分のこと以上にこんなにも苦しいものだとは思わなかった。
何も悩まされることなく、危険に晒されることのない場所に閉じ込めておければどれだけいいだろうとふと考えてしまうほど、ミザリアに危険が迫っているとわかっているのにそのすべてを取り除けないことが歯痒い。
唇を噛みしめたミザリアは目を伏せ短く息を吸うと、意を決したようにユージーンを見た。
「もしそうならどうやったら解けるのでしょうか?」
「まず一番はかけた術者が解除すること。それができなければ影響下から逃れて効力を弱める。その上で専門の者に解除してもらう、もしくは本人が『記憶に問題がある』とはっきりと自覚し、どの部分に問題があるのかみつけること。今のミザリアの状態は三番目になる」
ユージーンが指を立てながら、三本目の指を掴んだ。
その指をじっと見つめ、ミザリアは「自覚……」と噛みしめるようにぽつりと復唱した。
あれだけ震えていたのに、ミザリアにとってよくない情報を知っても比較的落ち着いて見えた。
だからこそディートハンスは不安を覚える。
「ここからは推測なのだけど、仮に何者かがミザリアの記憶を消すように魔法をかけていたとしよう」
「はい」
「ミザリアの周囲にはずっと精霊がいたし、精霊の存在や聖魔法のことを情報として得る可能性もあり定期的にそいつはミザリアに接触し術をかけていたはずだ。実に十年以上、気持ち悪いくらいの執念だね」
ユージーンは金茶の瞳を眇め、本気で嫌そうに溜め息をつき続けた。
「今はそいつの思惑は置いておいて。ミザリアが伯爵家から出て半年。術をかけるのに定めた期間が過ぎて暗示が解け始めたと考えるのが妥当だろう」
「綻びが出始めていたから、あの日、魔法が使えるようになったということでしょうか?」
「効力が弱まり精霊も力が貸せる状態になっていたところに、ミザリアが力を欲したため精霊も応えたのだろう」
「今回のことはタイミングもあったんですね。それと忘却の魔法ですが、かけるには直接対面する必要があるのでしょうか?」
繋げた手に力がこもっていることも気づかないほど、ミザリアは集中し小さな頭をフル回転させている。
精霊のこともだが、先ほど口にした母親のことにも関わるのでこの件に関しては積極的だ。
「対象者を前にするのが一番だ。媒介すればするほど精度は落ちるし、何よりミザリアの記憶がきちんと操作できているかを確認するためにもそうしていただろう。心当たりは?」
ミザリアは瞑目し、一瞬悲しそうな顔をした。
ここに来るまでのつらい記憶を思い出しまた傷ついたのかと思うと、初めて出会った時にどうして連れ帰れなかったのかと後悔の念が押し寄せる。
あの時の自分の状態ではそれが無理だったことはわかっているが、どうしてもそう思わずにはいられない。
「使用人や採掘場の人たちは会ってはいましたが、多くの会話は禁じられていましたし相手も嫌がって話しかけてこなかったので思いつくのは三人しかいません。グレタ伯爵夫人、兄のベンジャミン、そして執事長のネイサンです」
「十年前からだとすれば兄は除外。これらの術を七歳そこらでできるとは思えない。伯爵夫人か執事長と二人きりで定期的に同じようなことをすることはなかった?」
その二人のどちらかが、もしくは両方か、ミザリアの記憶を長年操作し十一年前には魔物の森に置き去りにし、伯爵家を出る時には毒で害そうとまでした。
具体的に名前が挙がることで殺意が増し、ディートハンスのこめかみにびしっと青筋が浮く。
「その条件なら、執事長のネイサンです。伯爵夫人は母に似ているらしい私の顔が好きではないので長時間二人きりになることを厭っていました。執事長は父の使いとして三か月に一度部屋で会っていました。魔力が戻らないか検査だといってあれこれ質問や手をとって調べられることも……」
「なるほど。伯爵の使いとしての名分もあり単独犯だったとしても誰も疑うことはない。術者は執事長と見て間違いない」
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