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お誘い①
しおりを挟む「ミザリア、一緒に寝てくれないか?」
話し合いを終え自分にあてがわれた部屋の扉に手をかけたところで、ここまで送ってくれたディートハンス様に背後から声をかけられ振り返る。
空耳かと疑ってしまう内容に思わず凝視していると、視線を一度下げたディートハンス様が真剣な顔で言い直した。
「今夜、一緒に寝てほしい」
まっすぐに私を見る眼差しは冗談ではないことを物語っている。
そもそもディートハンス様はそういったことを言うタイプではなく、二度とも同じ内容だったので聞き違いではないようだ。
さらに混乱した私は、部屋のほうとディートハンス様を何度も交互に見た。
挙動不審となった私に、ディートハンス様は一歩距離を詰めるとふわりと微笑む。
「誓って手は出さない。ただ、二人きりでもう少し話がしたい」
話だけなら別に一緒に寝なくてもといいのではと考えていると、ディートハンス様はくしゃくしゃと私の頭を撫でた。
「どうしても一緒にいたいんだ」
よしよしと慰めるように頭を撫でられながらじっと見つめられ、もたらされるそれらはとても心地よい。
だけど展開についていけなくて、私はディートハンス様をただ見返した。
行動の一貫性がないとういか、前振りがないからなぜ急に一緒に寝たいとなったのかも、頭を撫でられているのかもわからない。
「私は……」
どう答えればいいのかと口ごもっていると、ディートハンス様が軽く首を傾げた。
その顔は至って真面目で、純粋に私の言葉を聞こうと待っているだけに見える。
現状や発言に対して全く疑問に思っていないような態度に、ディートハンス様の中では感情と思考が繋がった行動なのだと理解する。
ならばと、まずはすぐに解決できそうな行動について私は尋ねた。
「その、どうして頭を撫でているのでしょうか?」
「触れていたいから。ミザリアの頭は小さくて手に馴染むし、髪の柔らかさも癖になるくらい気持ちいい。あと……」
「あと?」
意味ありげに区切られて思わず続きを促すと、ディートハンス様は目を細めた。
「よく頑張っているなって思うから撫でたくなる」
どの言葉も、私の中にすとんと降ってくるようだった。
まるで厳しい寒さに長い間震えていたところに、春の訪れを示す花が蕾をつけるかのように暖かな光という希望が降り注ぐかのように。
視線とともにくすぐったい。
騎士団総長としてのディートハンス様は別なのだろうけれど、ディートハンス様個人としては回りくどいことをせずどこまでもまっすぐな人だ。
言葉も、行動も。その眼差しも。
「ありがとうございます。褒められているようで嬉しいです」
「そうか。これからも遠慮なく撫でていいということだな」
ディートハンス様は私の返答に嬉しそうに微笑むと、さらにくしゃくしゃと手を動かした。
あのディートハンス様がと思うと、親しみを感じさせる躊躇いのない接触は感慨深く、じんと胸が熱くなる。
「……はい。少し恥ずかしくはありますが」
「ありがとう」
「いえ」
自分に向けられるディートハンス様の態度や言葉は常に心に響く。
先程まで不安と意気込みで重く波打っていた感情が、今はふわふわと軽く優しい気持ちになって揺れる。
ディートハンス様のまっすぐさに感化されてか、今の正直な気持ちを伝えたくなった。
「ディートハンス様に触れられると、落ち着く気がします」
「私も落ち着くと同時に明るい気分になる。一緒だな」
ディートハンス様はさらに笑みを深くした。
その嬉しそうな表情を見ていると、私も自然と頬が緩む。
ディートハンス様の前ではあれこれ考えずに、自然体でいられるような気がした。
虚勢も余計な思考も、無駄とは言わないけれど風化してしまうほどの影響力があり、力強くて、春の日差しのように温かく包み込む大らかさに委ねてしまいたくなる。
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