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お誘い②
しおりを挟む「ディートハンス様は、その、照れてしまうようなことも隠さずおっしゃるのですね」
「照れるようなことではない。それに私はあまり感情が表に出ないらしいから、必要だと思う時は言葉にするようにはしているな。特にミザリアには誤解してほしくない。嫌か?」
確かに人よりは表情は動かないけれど、最近はよく笑う姿を見るし今もわずかに下がった眉が不安そうに見える。
それは私が慣れたからか、ディートハンス様が私に心を許してくれているからか。
どちらにしてもその事実に胸が弾む。
「いえ。嫌ではありません。むしろ、そわそわするような恥ずかさを感じることもありますがディートハンス様の言葉は嬉しいものばかりです」
一度言葉にすると、自分の気持ちが見えてくる。
我慢していたものが浮き上がり、もう二度と押し隠せなくなってしまった。
――私は、ディートハンス様と過ごせるのが嬉しいんだ。
今まではそれを認めてしまうのは怖くて。
こんな感情を抱くのは恐れ多くて。
だけど今は差し出される温もりを拒む理由もなく、ディートハンス様ならきっと大丈夫だと思う気持ちが強くなる。
どんなことでも心が弾む。
そう感じるほど、ここでの生活は穏やかで日々新鮮で楽しくもあった。
お世話係になってからディートハンス様のことをより知る機会が増え、さらに近くなった距離。
彼からも歩み寄ってくれているとわかるのが嬉しくて、だからこそディートハンス様の言動を拒みたくないと思うのかもしれない。
そのため今回の言動も戸惑いからの疑問であって、それはつまり理由さえ知れれば一緒に寝ることも頭を撫でられることも嫌ではないということ。
優しく大きな手も、まっすぐに見据える双眸も、不器用ともいえる素直な性格や、不慣れだと思える応酬の少ない直球な言動も、戸惑いはしてもどれもこれも好ましくて安心する。
ディートハンス様の笑顔につられるように笑うと、ディートハンス様が再び尋ねてきた。
「それで一緒に寝てくれる?」
「えっと、話があるためですね。そんなに時間がかかることでしょうか?」
「それもある」
「それも、ですか?」
意味深な言葉にドキドキする。
ディートハンス様から飛び出す言葉は、どれだけ心構えをしても心臓に悪い。
「ミザリアがそばにいてくれたあの日、今までになくとてもぐっすり眠れたんだ」
「それは呪いを解いたからでは?」
「いや。それだけではない」
「そうですか」
力強く断言され、ディートハンス様の勢いに呑まれて私は苦笑する。
本人がそう思っているのなら、私が否定したところで変わらない。お前のせいで眠れなかったと言われるよりはと、それ以上は何も言わず続く言葉を待った。
「それでだ。人肌は落ち込んだり悩みがあるときにはいい効果があると思う」
「撫でられて落ち着くようなそういったことですか?」
先ほど自分でも感じたばかりなので、言わんとしていることはわかる。
「そうだ。ミザリアにとって今日の出来事はそう簡単に処理できるものではないだろう? 疑問があれば一緒に考えるし、不安があればひとりよりは温もりを感じられるほうがきっといい。だからくっつきながら話すのがいいと思う。何より、私がミザリアをひとりにしたくないんだ」
「……ありがとうございます」
ディートハンス様のストレートな物言いに少し慣れたとしても、予想以上の直球の言葉の数々に開いた口が塞がらなかった。
かろうじて、私のことを思ってくれての提案だということを理解し礼を口にした。
――ディートハンス様って、ゼロか百なのね。
一本気があり頼もしいのだけど、一緒に寝るのはくっついてだとは思わなかった。
心臓が持つかなと心配したところで、ちっともディートハンス様の提案が嫌だとも不安だとも思っていない自分に苦笑する。
徹底的に距離をあけていたかと思えば、良かれと思えば普通は躊躇するところも行動してしまえる。
異性ということは認識していても、純粋な心配や思いのほうが強く前に出るのだろう。そういうところはディートハンス様らしく、本人も宣言していたので手を出される心配はしていない。
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