魔力なしと虐げられた令嬢は孤高の騎士団総長に甘やかされる

橋本彩里(Ayari)

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伯爵家の歪み③

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「このまま死んだらどうするつもりだ?」
「これくらいで死にませんよ。以前も大丈夫だったし問題ありません」
「万が一が起こればどうする? 捕まえるために協力をしてくれた公爵に報告もせねばならないんだぞ? お前はいちいち説明しないとそんなことも考えられないのか?」

 伯爵は足をイライラと小刻みに動かし、じろりとベンジャミンを睨む。

「どうせミザリアは何もできない役立たずだ。こいつに何かあったところで困るはずはない。魔石のことだってただのタイミングで……」
「黙れ! お前も魔物に食われたいのか!?」

 意見されるのがよほど嫌なのか、伯爵はバシンッとベンジャミンの頬を叩いた。
 ベンジャミンのすぐ手が出るところは伯爵譲りだったようだ。
 グレタ夫人がベンジャミンをかばうように前に立ち、伯爵と対峙した。

「あなた、酷いです。ベンは私たちの息子よ。それにあなたはミザリアが死んでいようが追い出した時点でどうでもよかったはずです。納得できません」
「そうです! こいつは魔力を持たない役立たずだとずっと放置していたじゃないですか。何で今になって……。そもそも連れ戻すこと事態反対だったんだ」

 夫人とベンジャミンがさらに言い募るが、伯爵が顔を真っ赤にさせて声を張り上げた。

「黙れと言っている! これ以上余計な口出しをするとお前たちもただではおかないぞ」
「くっ……、わかりました」
「申し訳ありません。あなたのお好きなように」

 勢いのあったベンジャミンは悔しそうに項垂れ、夫人は申し訳なさそうにしながらも媚びるように伯爵を見た。
 それから、きっ、と私を睨みすえ、ぐっと唇を噛みしめふんとそっぽを向いた。

 改めて歪な家族だと思った。
 まったく意思疎通ができないまま押さえつけることによって統制されてもいるようで、性質が似ているためまとまりがあるようにも見えた。

 ただ、それぞれ不満を抱え苛立っているようで、それらが何がきっかけでいつ崩壊するかわからない危うさがあった。
 そしてその苛立ちの一つには、血の繋がりがあるだけの私という存在がある。

 静まりぎこちない空気が流れるなか、伯爵は執事長のネイサンへと視線を投じた。
 もう家族には興味がないのか、あれだけ激怒していたのにそこに何もなかったかのように伯爵の視線は二人を通り過ぎる。

「ネイサン。ミザリアの世話をしろ。わかっていると思うが」
「はい。魔力の検査とともに採掘を行ってもらいます」

 私は気取られないようにゆっくりとネイサンに視線を移した。それと同時に感情を見せない双眸がこちらに向く。
 びくっと身体が跳ねたが、震えていたおかげで動揺は隠せているはずだ。

 私の記憶を奪ったらしい人。
 三か月に一度、父の命令に黙々と従いやってくる執事。職務に忠実なだけで、ネイサンの考えなど気にしたことはなかった。

 私はずっと伯爵家の邪魔者だった。役立たずの面汚し。
 とにかく目をつけられないよう、酷い目に遭わないためにも身を縮めて命令されたことをこなしながら過ごすしかなく、三か月に一度の検査も定められたもので私に疑問を挟む余地はなかった。

 伯爵家を追い出され定期的に術をかけられなくなったことによって精霊の記憶を思い出したことを勘ぐってはいるだろうけど、聖力が使えるかどうかは知らないはずだ。
 術をかけられていたことを知っていることも知られてはならない。

 そのため、ここに運ばれた時点で精霊に願えば反撃はできたし、もしくはこの寒さを和らげてもらえたけれど、逃げ切れる可能性は低かったので聖魔法を使わないようにしていた。 
 言いように利用されたくない。じっと様子を窺いそのタイミングを待つ。

 ――何より、母の記憶を返してほしい。

 記憶を奪ったことの思惑や背後に誰かいるのかを暴くことも大事だけど、こうして対峙することになったのならば取り戻したい。
 そのためには使いどころを間違ってはいけない。

「それでいい。金の卵の可能性がある限りは丁重に扱え」

 伯爵の言葉を皮切りに、私の地獄の日々は始まった。


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