魔力なしと虐げられた令嬢は孤高の騎士団総長に甘やかされる

橋本彩里(Ayari)

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伯爵家の歪み②

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 *

 意識がゆっくりと沈み、また浮上する。
 連れ去られる時に嗅がされた薬のせいか、もしくはそのあと魔法をかけられたのかずっとぼんやりとしていた。
 水中で声を聞いているかのようにときおり不明瞭な話し声はするが、移動していること、ときおり聞こえる単語から伯爵のもとへと運ばれていることしかわからなかった。

 ――みんな、無事だろうか……。

 これから自分がどうなるのだろうかという恐怖よりも、魔物と公爵による反乱で混乱している最中に余計な心配をかけてしまうことが気懸かりだった。
 守ろうとしてくれていたのに目の前で浚われるという失態を起こしてしまい、気に病んでいるだろうユージーン様たちも奔走しているはずだ。

 きっと必ず助けに来てくれる。
 それがわかっているからこれから自分に起こることへの不安よりも、彼らの無事を願う気持ちのほうが強い。

 ――それに、最後まで諦めないとディートハンス様と約束したから。

 ディートハンス様は全力で国を守りそしてこちらに向かってくれるはずなので、この先つらいことがあっても自分にできる最善を尽くしていきたい。
 皆がそれぞれ全力で事に当たっているのだ。ここにはひとりだけど、ひとりではない。

 あの日、心配してくれたディートハンス様が気持ちとともに状況も含め話してくれたから、一緒に過ごした時間、伝えてくれた想い、あらゆることが私の中に染み渡って勇気を与えているようで意外と冷静に状況を判断できていた。

 一度また沈み、次に、バシャン、と冷たい水をかけられ目を覚ます。

「いつまで寝ている。起きろ!」

 あまりの冷たさに一気に覚醒する。やっと自分の意思で目を開け、まず目に入ったものに眉を寄せた。
 兄のベンジャミンが侮蔑のこもった視線で私を見下ろしていた。
 もう二度と会うことはないと思っていた人物を目の当たりにし、わかっていたけど落胆する。

「……ここは?」

 久しぶりに出した声は掠れ頼りないものだった。
 あまりの寒さに身体が震えることが止められない。

「よお。性懲りもなくまた姿を見せやがって」

 忌々しいと吐き捨てたベンジャミンが、もう一つあったバケツを手に再度水をバシャリとかけた。追い打ちをかけてくるのはベンジャミンらしい。
 じわじわと冷たさが広がっていくが拭くものもなく、せめて顔に張り付いた髪をどけようとしたところでジャラジャラと音がして手首を確認した。

「手錠?」

 動かすたびにジャラジャラと音がして、足にも違和感を感じ足下を見ると足首も枷がはめ込まれそれは地面に埋め込まれた鎖と繋がっていた。

「今頃気づいたのか。父上がお前を探していると聞いた時はどうなることかと思ったが、結局はこんなところに閉じ込められてまるで奴隷だな」

 頬はこけ最後に見た時よりも荒んだ様子に、もしかしたらこのまま殺されるのではないかと最悪な考えが脳裏に過る。
 さぁっと血の気が引いていく私の様子に、ベンジャミンは嗜虐的な笑みを浮かべた。

「心配するな。すぐに殺されはしないだろう。多分な」

 くっと笑うと、ベンジャミンは部屋を出て行った。
 それから数分後、男の怒鳴る声とそれに反論するベンジャミンの声、それから伯爵夫人の金切り声が近づき、バンッと苛立ちのまま扉が開けられる。

「なぜお前が勝手に動く?」
「忙しい父上の代わりをと。俺にもこれくらいはできます」
「そうよ。ベンと私であの子の面倒を見てきたのよ。あなたが直接手をかけなくても問題ないわ」
「余計なことはするな!」

 放置された間に芯から冷えた身体はガタガタ震えが止まらないながらも、俯いたままではまた何をされるかわからないと顔を上げた。
 そこにはベンジャミン、グレタ伯爵夫人、数年ぶりに近くで見た伯爵が立っていた。そして、執事長のネイサンもいる。
 ベンジャミンをそのまま歳を取らせたような伯爵は、その辺の虫でも見るように私を見て嫌そうに眉を跳ね上げるとベンジャミンを怒鳴りつけた。

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