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伯爵家の歪み①
しおりを挟む灰色の空から雪が舞う。
それらは地面にたどり着く前に消え、また落ちてもすぐに溶けてなくなった。
「ひりひりする」
窓は吐いた息で白く染まり、きゅっと手で拭き取ると歪に跡が残った。
汚してはいけないとエプロンで拭きながら薄暗い外を眺めようとし、そこにうっすら映る自分の顔があまりにも情けなく不安を隠しきれておらず眉尻を下げた。
聖力が半分ほど戻ったからか精霊たちがぴりぴりしているのが伝わり、騎士団寮も常に緊張感に包まれた状態で、騎士たちは寮に戻ってもほんの少し休息を取るだけですぐに出て行ってしまう。
被害報告や救助要請は絶えず続き、黒狼寮だけでなく全部の寮にいる人数はぐんと減っていた。
ディートハンス様とアーノルド団長率いる第一騎士団と、フェリクス様が団長を務める第二騎士団は王都を中心としてあちこちに飛び回り活躍している。
魔物が王都を目指しているという情報もあり、いつでも対処できるように一日で帰還できる範囲での討伐とかなりの強行を繰り返していた。
私を探しているという伯爵もこちらの予想を裏切りいつも通り買い物をしても仕掛けてこず、そうこうしているうちに国全体を巻き込む騒ぎになった。
いったいいつ伯爵は仕掛けてくるのか、それとも諦めたのかわからない不安はあるものの、それ以上に魔物を率いるという想定を超えた公爵の動きに、それと対する騎士たちの姿に安堵する日々。
「早く、こんな窮屈なのは終わればいいのに」
あんなに活気に溢れていた街はほとんど店が閉められた状態で、常に葬儀の後のように人々の顔は暗く、何をするのもどこにいるのも、常に不安が付きまとう日々は心が荒んでしまう。
陰鬱な気分を吐き出すようにふぅっと息をつき窓の外に広がる空を見上げたタイミングで、ズドーンと地響きとともにガラガラと建物が崩れたような大きな物音がし、私は慌てて寮の外に出た。
「何だ。こいつら。急に湧いてきたぞ」
「お前はあっちだ。こっちは俺たちがやる」
「こいつ火を噴くぞ」
「任せろ」
三体の大きな魔物と戦う騎士たち。先ほどの衝撃で一部崩れた建物が目に入る。
「今、連絡が入った。公爵が王都に侵攻を開始したそうだ」
「ふん。ならこの魔物も公爵の仕業ということだな。王城のほうは? 無事か?」
「王城はオースティン様がいらっしゃるから大丈夫だ。まずはこっちを片付けないと。反乱軍相手には負けないが、魔物までとなると厄介だぞ」
公爵の反乱と魔物のことは騎士団も準備していたため比較的スムーズに対応できているようだが、魔物による騎士団寮の襲撃までは想定外だった。
それでも取り乱すことなく騎士たちは魔物をまず一体倒す。さすがの対応力に頼もしさを感じながらしばらく様子を見ていると、慌てたように名を呼ばれる。
「ミザリア、ここは危ない。こんな手薄な状態でここが襲われることは考えていなかったが俺たちのそばにいて」
「総長はいまは不在だし、団長クラスも出払っているがひとりになるわけにはいかない」
たまたま戻ってきていたユージーン様とフィランダー様に言われ大きく頷こうとしたが、私たちを隔てるように火柱が上がった。
「そうはいかない」
頭上から声がしたかと思うと、ばさっと突風に煽られ背後から襲われた。
火柱がさらにユージーン様たちのほうへと向かい、さらに距離があく。
「きゃっ」
「お前がミザリアだな。一緒に来てもらおう」
「やめ……、うっ」
乱暴に口を布で押さえられ、抵抗しその腕を引っ掻いてみるがびくともしない。
完全に油断していた。
驚愕で見開いた双眸の先には見たことのない翼の生えた魔物がいる。そこには馬に乗るようにマントを羽織った人物が魔物に乗っていた。
「ミザリア!」
すぐに私の様子に気づいたユージーン様とフィランダー様がこちらに駆けてこようとしたが、新たに翼の生えた魔物が降り立ち二人の行く手を阻んだ。
――騎士団寮まで狙ってくるなんて!
人が乗っても問題ないということは、魔物の制御の方法を編み出したということだ。
そして、伯爵は私を諦めておらず、魔物の襲撃と同時に人を送り込んだということは自分の件も公爵が絡んでいると捉えてもいい。
捕まるものかと精一杯暴れるが、相手はちっと舌打ちしさらにぐいっと手で押さえつけてくる。
精霊の力を借りるにも口を押さえられ隙がなく、じわりと広がる鉄の味に自分の歯が当たり唇が切れた。
布に薬品を染み込ませていたのか、ユージーン様たちが私の名を叫びながら戦っている姿を最後にブラックアウトした。
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