魔力なしと虐げられた令嬢は孤高の騎士団総長に甘やかされる

橋本彩里(Ayari)

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◆伯爵家の崩壊 絶望②

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 ホレスはミザリアの瞳孔などや胸に手を当てて魔法で確認し、それから小瓶を拾い検分し、ふむふむと頷いた。

「どうなんだ?」
「嬢ちゃんは大丈夫だ。精霊が守っている。この瓶の中身を飲まされたようだが、効力は弱まっている。その血は毒を吐いたのだろう。治癒をかけておいたから直に目を覚ますだろう。ただ、衰弱しているからしばらく安静だがな」

 ホレスの言葉を聞いた騎士たちがそこでほっと息を吐き出した。

「それはよかった。思わずここで殺してしまいそうなところだったからな。いい加減に黙れ!」

 第一騎士団長のアーノルドがぶつぶつうるさいベンジャミンの前に剣を下ろした。
 刃はベンジャミンの顔すれすれを通り、パサリと前髪が落ちる。

「ひぃぃっ」
「親子揃って汚いな。お前、ミザリアに暴力振るっていただろう? これくらいでビビってどうする? ああ、前髪だけがないのは格好がつかないな。左右も切ってやろう。動くなよ」
「やめて!」

 下半身を濡らしたベンジャミンと息子の危機に声を上げたグレタにアーノルドが侮蔑の眼差しを向けると、右肩めがけてまっすぐに振り落とし肩に触れる寸でのところで止まる。
 宣言通りぱらりと右の髪が落ち、そのまま同じように左側にも剣を振った。
 続けざま行われる愛する息子の扱いにグレタは泡を吹いて失神し、ベンジャミンも恐怖に耐えきれずそのまま昏倒した。

「もう気を失ったのか。ミザリアに長年してきたことをこんなもので許されると思うなよ」
「アーノルド。それくらいにしておけ」

 ぺちぺちと剣で頬を打ちながらベンジャミンたちを見下ろす騎士団長は、どこかの盗賊の頭のようであった。
 殺意を込めた視線で射殺してしまえるほどの鋭い眼光を向けていたが、総長の一声にふぅっと深く息を吐き出すとその殺気を引っ込めた。

「どうせここを出たら俺たちは直接手を下せないのですから、これくらい脅しておいてもいいんじゃないですか。こういうやつは人のせいばかりにして自分の責任なんてとれない。逆らうと怖いと思わせるほうが早い」

 自分たちに向けられた剣先に隙はないまま、口調は軽快なものへと変わる。

「俺もその意見には同意だけど、一般人には理屈がわからないその剣技はただただ恐ろしいだけだろうね。彼らは十分植え付けられたと思うな。確かにこんな簡単に倒れられても困るけど、直接手を下せないというだけで王都でもやりようはいろいろある。足りないと感じたら手を回せばいい」

 第二騎士団の服、銀の髪、フェリクス騎士団長がそこで声を上げた。
 肩を竦め、チェスターに視線を向けると続ける。

「それにディース様もミザリアが止めてなかったらあのまま伯爵を殺ってましたよね? むしろ、よくあそこで止めたなと感心します」
「…………」
「まあ、気持ちはわかります。だけど、そう簡単に楽にさせない。何の償いも後悔もしないまま死んで終わりなんて楽すぎる。そうでしょう?」

 フェリクスがすっと目を眇めうっすらと笑みを浮かべた。
 そこにはこれ以上ないほどの侮蔑が含まれており、チェスターはぶるりと肩を揺らす。

 どう足掻いても敵わないとチェスターに絶望を与えた総長も、一つ間違えば耳や鼻を切ってしまうほどギリギリに髪を切ったアーノルドも、何をしかけてくるかわからない魔法に長けたフェリクスも、ミザリアのためなら国の騎士ではなく個人としてチェスターたちを手にかけることを厭わないと告げている。
 総長が愛おしそうにミザリアの頬や頭を撫でた。

「ああ。そうだな。ミザリアはここまで神経をすり減らしながら最後まで頑張った。諦めず私たちを信じて戦っていた。有耶無耶に終わることは許されない。後は俺たちが始末をつける」
「そうですね」

 全員の冷たい視線がチェスターと、横にいるネイサンへと向く。
 そこでようやくチェスターはネイサンの存在を思い出し、視線を投じた。

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