魔力なしと虐げられた令嬢は孤高の騎士団総長に甘やかされる

橋本彩里(Ayari)

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◆伯爵家の崩壊 絶望④

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 あ、あ、あっと反論もできずただ声を出すだけの威厳もへったくれもなく醜態を晒す姿は、それとほど遠い。
 ネイサンはチェスターの姿に満足そうに口の端を上げると、ははははっと高笑いした。

「本当、胸くその悪い時間だった。地獄でお前たちを待っている」

 そう言うと、がりっと音をがしてネイサンがビクビクと身体を痙攣させ泡を吹きながら息絶えた。

「奥歯に毒を仕込んでいたか。べらべらよく喋ると思っていたら、もとから助かるつもりはなかったようだな」

 ホレスが脈を確認し首を振ると、はぁっとアーノルドが髪を眉間にしわを寄せた。

「裁判にかけて執事長も罪を負わせたかったが、今回の規模を考えるとこいつの刑はひっそりと行われていただろうしな。すべて吐いていったってだけでもマシか」
「ああ。伯爵たちは償わせるまで死なすなよ。執事長のしたことは許せないが、ミザリアの両親や彼の娘のような被害者は他にもいるのだろう。それらもできるだけ洗って、傷つき泣いて諦めてきた者たちの心を少しでも晴らそう」

 フェリクスはそう応えると、チェスターを見下ろした。
 総長は大事にミザリアを抱え上げると、団長に任せるつもりなのかホレスとともに後ろに下がった。ミザリアを見る時以外は無表情のそれにチェスターの顔が青ざめる。
 フェリクス騎士団長は総長から何かを受け取ると、チェスターの目の前に立った。

「チェスター・ブレイクリー。このたびの反逆の騒動の一端を担った罪は重罪であり、その家族、関係者含めこれより王都へ連行する。大人しく従うように」
「私は、何も知らなかった」

 ネイサンが隠してきたもののせいで今まで隠蔽してきたことがバレるとしても、公爵の反逆については言い逃れできるはずだ。
 チェスターは魔石を供給してきただけ。自分だけが魔石を供給してきたわけでもないし、魔物のことも反逆のことも知らないと貫き通せば死刑は免れるはずだ。

「本当どこまでもクズだな。そういうと思って証拠も持参した」

 見せられたのは手のひらほどの大きな魔石。

「あっ」
「これはすでに身分を剥奪された元公爵、マイルズ・ランドマークを守っていた魔物に埋め込まれていた魔石だ。石は採れる土地によって含む成分は変わる。頭に埋め込まれた魔石は伯爵領で採れるものだと判定は出ている。お前はランドマークが魔物の実験を行っているのを知っていて魔石を供給していたな。これも王都で尋問を受けたランドマークが供述している。魔石が二つある魔物はほぼここの魔石が使われていた」

 チェスターもこれについて見覚えがあった。
 ミザリアが出て行った直後に納品したもので、この魔石があったことで大層気に入られさらに公爵に目をかけられることになったものだ。

 チェスター自身も滅多にない大きさと純度に手元に置いておきたかったが、ベンジャミンと公爵の娘との婚約をさらに推し進めるために差し出した。
 あの時の魔石がこのような形で戻ってくるとは考えもせず、確信しているフェリクスを前に声が震える。

「そんな……」

 それから次々と証拠を挙げられ、さらにネイサンの置き土産が追加されればかなり重い刑になるだろう。
 第一騎士団長のアーノルドがこれ見よがしに剣を前に突き出し、鋭い声を上げた。

「あと、騎士団寮の魔物襲撃に際してミザリアを拉致したことをどう釈明する? 物忘れが酷いようだが全ての罪をつまびらかにしたのち、裁かれることになるだろう。言い逃れも、逃げることもできない。大人しくしておけ」

 簡単に死なせないと言われたが、今よりさらに絶望を味わわせたその後は? どうにかなりそうなほど不安に押しつぶされそうで震えが止まらない。
 ネイサンの死体が横に転がっている。恐ろしい時間を過ごした後、いつか自分もあのように死ぬのだと突きつけられているようだ。誰でもいいから縋りたくなった。

「助けてくれ!」
「今まで大勢の者たちがお前にそう言ってきただろうな。ミザリアも彼女の両親も。だが、その全てをお前は無視をした。誰も助けてはくれない」

 見届けるように静かに立っていた総長の絞り出した声によって無情に一掃され、チェスターは枯れ木のように項垂れ壊れたおもちゃのようにひゅうひゅうと喉を鳴らしながら連行された。


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